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【ミステリーレビュー】海のある奈良に死す/有栖川有栖(1995)

海のある奈良に死す/有栖川有栖

"作家アリス"シリーズにおける長編第三弾。


あらすじ


東京の珀友社に新作長編「セイレーンの沈黙」の見本を受け取りにやってきた推理作家・有栖川有栖は、同業者の赤星学と久しぶりに再会し、雑談に花を咲かせる。
「行ってくる。『海のある奈良』へ」と言い残して会議室を出た赤星は、翌日、福井の小浜で死体で発見された。
最後に会話をした関係者として、彼の同業者の友人として、有栖は友人の臨床犯罪学者・火村英生と共に調査を開始する。



概要/感想(ネタバレなし)


東京と関西を行ったり来たり、小浜をはじめとして伝承や観光地を紹介する場面も多く、これまでにないトラベルミステリー的な雰囲気が押し出された印象。
やや伝承の解説にページを割きすぎな感はあるが、予想がつかないトリックと、鮮やかなロジックで導き出されるフーダニットは、変わることない著者の真骨頂である。

人間関係としては、出版関係者や同業者が中心となるため、これまで以上に作家としての一面が強調されているのも特徴だろう。
登場人物が著者と同名ということもあって、事件さえ起こらなければ、そのままエッセイとなり得たのでは、なんて思ってしまう。
90年代当時の作家と編集者の関係性や、自著の発売が迫った作家の行動様式、思考回路が目に浮かぶのである。

メインテーマは"海のある奈良"というキーワードをめぐる解釈となるのだろうが、実は、もう1件の事件に仕組まれたトリックも味わい深い。
抜群にインパクトが大きいわけではないが、400頁に届かないコンパクトな文量で、ミステリーを読んだぞ、という気にさせる1冊である。



総評(ネタバレ注意)


奈良と小浜の奇妙な関係性をページを割いて伝えながら、八百比丘尼にまつわる人魚伝説も絡めて、と舞台設定はばっちり。
ただし、因習や儀式といった方向にトリックを求めるのではなく、あくまで赤星が残した「海のある奈良」とはどこを指すのか、というシンプルな謎に落とし込んでアリバイトリックとして仕立て上げているのが上手い。

一方で、この作品がいまいち名作として紹介にくいのは、VHSのレンタルという現代では廃れてしまった文化がトリックの肝になっているため、若者世代には馴染みがないだろう、ということ。
発売から四半世紀経っているので、仕方ない部分はあるのだが、古典よろしく相当な注釈がないと楽しめなくなっている世代も、ミステリーの読者層に多分に入ってきており、もっと普遍的な作品もたくさんあるだけに、あえてこれ、とは薦めにくいのである。

なお、"作家アリス"は"学生アリス"シリーズをを書いている、という設定があり、本作中でも「孤島パズル」を示唆する記述がある。
とすると、11作目となるらしい「セイレーンの沈黙」が、現実世界で日の目を見る機会もあるのだろうか。
公言されている5部作+短編集2冊の先に、最低4冊の続編があるとなると、ファンとしては嬉しい限りではあるのだが。

#読書感想文







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