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【ミステリーレビュー】新装版 8の殺人/我孫子武丸(2008)

8の殺人/我孫子武丸

1989年に我孫子武丸のデビュー作として発表された長編ミステリーの新装版。


あらすじ


建物の内部にある中庭が渡り廊下で結ばれた、通称“8の字屋敷”。
そこで、ボウガンによって副社長が殺された。
想定される狙撃ポイントには鍵がかかっていて、犯行可能だったのは部屋の中で寝ていた使用人の息子のみ。
速水警部補は、ミステリーマニアの弟、妹とともにその難解な謎に挑戦するが、二人目の犠牲者が、密室の中で発見される。



概要/感想(ネタバレなし)


速水三兄妹シリーズの第一弾。
刑事である恭三を視点人物として、カフェを営む弟の慎二、妹のいちおの推理によって解決していく、ユーモアタッチが強い作風である。
家族とはいえ、捜査内容をガンガン漏洩する恭三に、好きが高じて事件現場に侵入までしてしまう慎二、いちお。
部下の木下とのやり取りは、現代においてはヤバめのパワハラ案件も含まれていて、設定として無理がある気がしてしまうが、1889年~1990年に発表されているシリーズでもあり、そこはエンタメとして割り切るところだろう。

本作の魅力は、なんといってもキャラクターなのかと。
狂言回しの恭三を中心に、登場人物がイメージしやすく描かれている。
著者は、キャリアの長さに対して、あまり継続的なシリーズものを書いていないのだが、それがもったいないぐらいに個性化がうまい。
探偵役のひとり、慎二については、いざ謎解きをはじめるまで読み切れないが、常識人っぽい顔をして、火がついたら止まらないミステリーマニア、というのも逆に良かった気がする。
物語をまわすだけなら、いちおを置く意味がなかったのでは、と思わないでもないが、そこは続編などを視野に入れてかもしれないので、ここでは保留としておこう。

連続殺人、かつどちらの殺人にも不可解な状況が。
ユーモア重視とはいえ、フィクションならではの建物設計は館モノの要素もあって、本格要素もしっかり織り込まれていたのもポイント。
重苦しい動機や複雑な人間関係は排除して、純粋に謎解きとしての面白さを追求したとも言い換えられ、好みはあるかと思うが、ライトにサクサク読みたいときにはちょうど良いかもしれない。
ただし、後半は少し海外の古典ミステリーのネタバレを含む衒学的な部分もあるので、潔癖性の高い読者層は要注意。



総評(ネタバレ注意)


大ネタについては、現代ミステリーとして読むとなると、少し陳腐化している部分はあるかもしれない。
特に、「金田一少年の事件簿」を漫画で読むなりドラマで見るなりしていた層は、感覚的にわかってしまったのでは。
当然、こちらが先ではあるものの、あっちもあっちでインパクトが大きかっただけに、順番が逆になると陳腐化してしまうという。
リアルタイムでは、相応に衝撃を与えていたと思われるだけに、新古典という立場の難しいところか。

もっとも、それはあくまでわかっていいトリック。
犯人はこれが解かれることを見越して……ということではあるので、見抜かれることを前提としているのだが、そこの描き方があまり洗練されていなかった印象かな。
トリックが使われなかった根拠が、犯人として指摘した人物の本棚にミステリー小説がなかった、ではさすがに消化不良。
もちろん、ほかにもロジカルな理由は出てくるのだけれど、あのタイミングで結局意外性のない犯人が残る、というのは盛り上げに欠けるうえ、どんでん返しとして上手く機能していなかったような。

兎にも角にも、ドタバタ展開でギャグっぽく終わればそれで良し、なのかもしれない。
あれだけ冗長に密室講義をしておいてまで指摘した犯人が間違ってました、をやりたかっただけな気もしてきた。
真犯人が、プロローグで"これは芸術だ"とまで言っていただけに、もうひとひねり先があっても良かったというか、なんだか急に畳んだ印象。
慎二の推理ミスを踏まえて、いちおが最後に閃く、という展開でもあれば三兄妹も活きたのに、と思ってしまうが。

#読書感想文

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