【ミステリーレビュー】魔剣天翔/森博嗣(2000)
魔剣天翔/森博嗣
森博嗣によるVシリーズ第五弾。
あらすじ
小鳥遊練無の先輩である関根杏奈の誘いで、小型飛行機によるエアロバティックスのイベントに行くことになった阿漕荘の住人たち。
同じころ、保呂草潤平は各務亜樹良から、スカイ・ボルト、あるいはエンジェル・マヌーヴァと呼ばれる宝剣を見つけ出すよう依頼を受けていた。
奇しくも、宝剣の場所は、杏奈のチームのリーダーである西崎と結びつくのだが、アクロバット飛行中の航空機内で、西崎は銃殺されてしまう。
犯行が可能だったのは同乗の女性のみであるが、保呂草の手引きで逃亡してしまい……
空中の密室で起こった殺人事件に、瀬在丸紅子はどういう解を突き付けるのか。
概要/感想(ネタバレなし)
サブタイトルは"Cockpit on Knife Edge"。
著者の飛行機愛が至るところに滲み出ているのだが、蘊蓄だけでなく哲学まで充実していると思うのは僕だけだろうか。
今までは暗躍といった印象が強かった保呂草だが、本作では彼の行動や心情も詳細に書き込まれていて、深掘りできた印象。
もっとも、やっていることは引き続き暗躍なのだが、警察から疑われるレベルまで直接的に関わり、逃亡劇を繰り広げるというのは新鮮だったのでは。
それ以外の阿漕荘の面々は、相変わらずと言えば相変わらず。
杏奈の登場により、紫子の心境に微妙な変化が見られた節はあるが、勝手に巻き込まれにいく練無に、積極的に関わらないまでも本質を見抜く紅子と、役割分担は大きく変わらない。
とはいえ、練無や紫子の影の部分が垣間見えたのも事実であり、シリーズの折り返しとなり、ようやく群像劇としての設定が複雑化してきたと言えるのかもしれない。
林をめぐる女ふたりの関係性については、やはり未だに理解が追い付かないのだけれど。
捻った話が続いていたシリーズだけに、正統派なミステリーといった本作は、読みやすさを感じる。
一方で、ひとつの事象に解が出せても、まだまだ謎めいた事象が残されている、という立体的な構造になっていて、奥深い。
密室トリックの鮮やかさに留まらず、魔剣のありかに、脅迫状の正体など、そうだよ、これも解決しなきゃいけないんだよ、という"もやもや"と"すっきり"の波が途切れずに訪れる終盤は圧巻。
高いテンションのまま最後まで読んでしまえるのだが、最後の余韻は少し切ないときて、本当にズルい。
こんなの印象に残らないわけないじゃない。
総評(ネタバレ注意)
今後もストーリーに噛み込んでくるらしい各務亜樹良が初登場。
すっかり裏の顔が板に着いた保呂草のビジネスパートナーとして使い勝手は良さそうである。
語り部を飛び越して、主人公然としている本作の保呂草だが、やはり今回も仕掛けあり。
シリーズ作品だけに、信頼できない語り部であることは所与のものであるはずなのに、騙されてしまうのだから、彼らの活躍は必然だったのだろう。
関根画伯が存在していないことは、頑なに登場しないことから推測は出来たか。
ただし、魔剣のありかについてはノーチャンス。
誰かの持ち物とかでさらりと描写されている中に紛れ込ませているのだろうと思っていたが、的外れもいいところだった。
ダイイングメッセージは思いのほか王道。
そこに気付ければ、第二の殺人の真相にも辿り着きやすかっただけに、注目すべきはこちらだったな。
保呂草にしてはフェアな書き方で、絶対にこちらがブラフだと思ってしまった。
エピローグは、練無の心情をオーバーラップさせて読んでしまうため、感傷的にならざるを得ない。
警察がマークしていただろう背景を想像すれば強引というか無理がある部分は否めないものの、散りゆく覚悟の美しさというのは、どうしても記憶に残りやすい。
そのうち時代遅れの考えになるのかもしれないが、古典になる前に読んでおけて良かったと思うことにする。