【ミステリーレビュー】死体を買う男/歌野晶午(1991)
死体を買う男/歌野晶午
探偵小説家・江戸川乱歩と詩人・萩原朔太郎を主人公に据えた作中作「白骨鬼」をめぐって二重三重と展開していく歌野晶午による本格ミステリー。
あらすじ
雑誌に掲載された小説「白骨鬼」は、その文体や設定から、江戸川乱歩の未発表作ではないかと反響を呼んだ。
南紀・白浜で女装した学生が、首吊り自殺を遂げる事件が発生。
しかし、警察が到着すると、死体は強風に煽られ、崖から海に飛ばされた後である。
死んだ学生に命を助けられた乱歩と、自殺の見立てに自身の詩が使われたことに憤慨しつつも興味を持った萩原朔太郎は、この奇妙な事件の調査に乗り出し、そして巻き込まれてしまうのだった。
物語は、作中作である「白骨鬼」と、それを読んだ隠居中の推理作家・細見辰時を視点にした出来事とを並行しながら展開していく。
概要/感想(ネタバレなし)
ページ数としては350頁にも満たないほどなのだが、その構造故に、とても重厚な印象を受ける。
基本的には、作中作である「白骨鬼」に描かれた奇怪な事件を軸に進行され、古式ゆかしい探偵小説を読みたいのであれば、その部分だけ読んでも相応の充実度は得られるであろう。
江戸川乱歩と萩原朔太郎がキャラクターとして躍動するストーリーも然ることながら、文体もしっかり乱歩に寄せていて、十分にこれだけでも話題になりそうなクオリティである。
しかし、それに上乗せする形で、現代劇として、その作品を目にした細見辰時の物語が上乗せされることで、構造が多重化。
「白骨鬼」の成り立ちや背景を浮き彫りにすることで、内容に厚みを加えている。
いくら乱歩が主人公然としていようと、それは作中作の話であり、視点人物はあくまで彼。
興味が執着に変わっていく姿には人間の浅ましさを見るような気持ちにもなるが、最後まで読むと景色が変わって見える歌野ワールド。
読了してすぐ、序文を読み直してしまったのは、僕だけではあるまい。
「白骨鬼」パートは、乱歩に寄せるという大義名分があり、あえて古い文体で書かれているので、古典ミステリーに慣れていないと読みにくさは感じるのかもしれない。
原文での乱歩はあまり読んではいないので、元ネタを拾えていない部分がそこかしろにあるのだろうな、と悔しい気持ちもあったりする。
ただし、このギミックが面白さのポイントになっているのは間違いないし、文体の違いだけでタイムスリップを経験できるのが小説の醍醐味。
場面転換のスイッチの一端を担っていて、読書体験を奥深いものにする工夫でのひとつであろう。
全方位的にアイディアが散りばめられていて、なんとも贅沢な一冊。
なぜか、歌野晶午ではなく、江戸川乱歩の作品を読みたくなってしまうのはご愛敬であるが。
総評(ネタバレ注意)
単体でも面白い、と書いたものの、「白骨鬼」のトリックについては、大方想像がつくのではなかろうか。
死んでいたのは双子の兄、自殺時は奇抜な変装をしていて、死体は海に落ちて見つからない。
入れ替えをしていますよ、というアピールばかりである。
新本格以降の作品であることを踏まえれば、それだとあまりにベタすぎて、入れ替えたと思わせて実は入れ替わっていない、までがセットと言ってもいいだろう。
もちろん、そこでの見せ方はさすがといったところで、入れ替わるタイミングが、自殺偽装の遥か前というのは予想外であったし、共犯者まで騙していたことで二転三転する結末はドキドキさせられる。
何より、乱歩と朔太郎のやりとりが痛快。
決して、ベタだから面白くないというわけではないのだが、とはいえ、これだけだったら物足りなかったのも事実だろう。
オマージュ色が強いからといって、トリックまでプリミティブな古典ミステリーにまで時計の針を戻す必要はないのである。
その意味では、やはり細見辰時が物語の外で動き回って多重構造を実現したことが、作品の質を上げていると言える。
伏線が繋がったときのカタルシスは、「白骨鬼」の比ではない。
個人的に、もっとも頭を悩ませたのは最後の1行。
もったいぶった書き方をしているだけに、何か意味があるはず、と考えてみたのだが、内容と関係ないと思っていたタイトルはここに繋がっていたのか!というスカッと感は得られなかった。
一応の正解とされているアナグラム説が有力なのだろうけれど、なんていうか、並び替えた後のワーディングも微妙に内容とすれ違っている気がするとか、だったらもっと内容と絡めた上手いタイトルにも出来たんじゃないかとか、ちょっとしっくりこない感じがあるのだよな。
実はこれまでタイトルで避けていただけに、この点だけがもったいない、と思ってしまった。