【ミステリーレビュー】元彼の遺言状/新川帆立(2021)
元彼の遺言状/新川帆立
第19回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した、新川帆立のデビュー作。
あらすじ
敏腕弁護士の剣持麗子の元交際相手であり、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」との遺言を残して死んだ。
死因はインフルエンザであったが、麗子は、大学の先輩で栄治の友人でもある篠田から、自分が栄治にインフルエンザを感染させた可能性があることをもって、犯人となれないかと相談を受ける。
成功報酬は目算で150億。
お金に何よりも執着する麗子は、篠田の代理人として、森川家主催の犯人選考会に出席することになった。
概要/感想(ネタバレなし)
4月から実写ドラマ化されるということで、ネタバレを踏む前に読んでおこうかと。
著者は、元プロ雀士で、執筆当時は現役弁護士という異色の経歴を持っているとのこと。
敏腕弁護士の剣持麗子を主人公に、探偵として、というよりも弁護士として事件に関わっていく姿に漂う妙なリアリティは、この経歴に裏付けられたものなのだろう。
あくまで、作風はエンターテインメントに特化したミステリー。
弁護士を主人公とする既存の法廷モノとは一線を画しており、証拠や証言で戦うのではなく、自らが事件に巻き込まれた中で弁護士としてどう振る舞うか、というスタイルで物語を展開していくのが新鮮だった。
設定だけでも読者を引き込む要素は十分にあり、インパクトが大きいのだが、遺言状の原本が金庫ごと盗難にあい、顧問弁護士が毒殺され、と次々と変化する状況に、栄治の死に対する見え方が少しずつ変わっていくのが実に面白い。
遺言なかりせば、なんとも地味な事件ではあるのだが、ひとつの不思議を織り交ぜることで、こうもワクワクする伏線になるのかと膝を打った。
また、本作の魅力は、麗子のキャラクターによる部分も大きい。
欲望に正直、という側面が強調されたこともあり、率直に言って、第一印象は最悪である。
絶対に好きにはなれない主人公だと確信したし、これは買って失敗だとすら思ったぐらいなのだが、本音と建て前、自信と動揺、怒りと喪失感といった相反する心の動きの描写が実に丁寧で、読んでいるうちに彼女に対する共感が先に立っているのだ。
麗子が個性的なのは間違いないが、シリーズものの探偵役として意図的に誇張して作ったキャラクターの強さではなく、物凄く精緻に、人間味のある剣持麗子という人物像を描いていたと言えるだろう。
総評(ネタバレ強め)
殺人事件も発生するため、犯人当ての要素もあるにはあるが、遺言の意図は何だったのかを探るのがメインテーマとして据えられている。
法務知識から、それを推測していく......と考えると、やや難しく構えてしまいそうになるが、出てくる用語は一般的なビジネス用語レベル。
さすがにノーヒントで辿り着くには難易度は高いが、解説を読んでもちんぷんかんぷんとはならないのが、絶妙なバランスであった。
プランニングや交渉術、メンタリティの持ちようなど、細かい部分にリアルな弁護士スキルも垣間見え、なんだか自己啓発にも役立ちそうだ。
もっとも、本作の最大の面白さは、麗子の成長にあるのだと思う。
村山弁護士の死に少なからずの動揺を見せた麗子であったが、それ以上の感情の混乱が描写されているのが、篠田から代理人を解任されるシーン。
挫折を知った彼女が、どのように人間として立ち直るのか。
冒頭のシーンを読んでいる段階では、泥臭く犯人を追い詰める麗子を想像することなど出来なかったはずで、まさか、ミステリーを読んで、ヒューマンドラマ的なアプローチで心を動かされるとは思ってもいなかった。
文字サイズが大きいうえに、そんなに厚くもないので、非常にコンパクト。
テンポも良いので、あっという間に読み切ってしまう。
印象に残るのが、奇想天外なトリックや意外な犯人によるどんでん返しといった王道的なギミック以外の部分にあるので、なんとも言語化しにくいのが悔やまれるのだが、エンタメに振り切った現代ミステリーの中にあって、新感覚というのは嘘ではなく、話題作になるのは必然といったところだ。