旅する本。
2019年もあとわずか。一昨日、ようやく仕事納めを迎え、待ちに待った冬休みがやって来た!!
実家へ帰省しようかとも思ったが、毎年恒例の年末年始『 新幹線指定席争奪戦 』における初動を完全にミスった為( ̄ー ̄) ← その現場に長年いたにも関わらずw
ひとまず帰省は延期することに。
自宅の部屋の片隅には、積みに積まれた「 積読( つんどく ) 」がどんどんと高さを増し、あれだけ隙間の時間を見つけては本を開いていたのに、この1年はその時間さえも捻出できないくらい時間に追われて動き回り、心も思考も随分と疲弊。ここらで1度集中して読破することにした。
本が読める時間=学びと可能性の広がる時間
本は、読めるときに読んでおかなければ!!と痛感する今日この頃。
さっそく1、2冊目とペース良く読み終わり、さぁ3冊目というところでその本を手に取ると、見開きページにほんの小さな紙片が貼り付けられていた。
わたしは、基本的に新刊を購入するタイプなのだが、ここ数年は状態さえ良ければ古本も購入するようにしている。そのきっかけは、明らか忘れ物であろう、ステキなしおりや、走り書きのメモ、ページのちょっとした折り目だったり、古本の前の持ち主の痕跡が感じられたときだった。そんな前の持ち主の感性に触れた時には、何とも言えないあたたかい気持ちになる。
ただ今回は、ちょっと訳が違った。その本は、拘置所内の人に差し入れられた本だった。
拘置所内にいる人は、判決が確定していない「 未決拘禁者( 被告人 ) 」と実刑が決まった「 既決拘禁者( 受刑者 ) 」、そして「 死刑囚 」の3種類の拘禁者に別れるのだが、本のタイトルからして、おそらく差し入れをした人は、拘置所内の人の更生を心から願ってきっと選んだはず。
差し入れは、拘置所内にいる人たちの唯一の心の救いとなると聞いたことがある。
この一冊の本によって、その人がその後、どんな人生を歩んだかなど知る術もないが、今こうしてわたしの手元にあるという事は、非常に感慨深いものがある。
獄中の中。いったいどんな気持ちで1枚1枚ページをめくったのだろう。古本屋を経由してるという事は、刑が確定し、刑務を終えてからの生活の中のいずれかのタイミングで手放したのだろう。想像をすればキリが無いが、本は何も語らず無言のまま持ち主を変えながら旅を続け、わたしの手元へやってきた。
また、むかし手放した本がめぐりめぐって元の持ち主の手元に戻る。そんな奇跡みたいな話もあるという。
本にもまるで命が宿り、人生があるかの様なじつに壮大な旅だ。
時に、たった一冊の本が、その人の人生を豊かに変えることがある。言葉のチカラ。だからこそ、わたしは大切な人に必ず本を贈るようにしている。
また、本は実に健気だ。どんな時もただ黙って、誰かの手に取られることを待っている。また誰かが新しく、深く読んでくれることを。