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ダイヤモンドオフェンス(削除した章) 〜即興プレーの構造〜Vol.1

書籍「ダイヤモンドオフェンス 〜サッカーの新常識 ポジショナルプレー実践法」には、ページ数の都合上、入れることができなかった章がある。ここでは、本に入れることができなかった章「即興プレーの構造」について書きたいと思う。



試合中、選手の脳内で何が行われ、その結果どのようにして即興プレーが現れるのか。

サッカーの試合中、選手はほとんどの時間、即興でプレーをしている。なぜなら、試合中は考える時間がないからだ。

即興プレーとはどのようにして生まれるのだろうか。


即興プレーは創発の結果


著名人の言葉:
実行された一連の行動は意志的な選択のように見えるが、実は相互に作用する複雑な環境がそのとき選んだ、創発的な精神状態の結果なのだ。
マイケル・S・ガザニガ(心理学者)


サッカーは非常に複雑なスポーツである。そのような複雑な状況の中でプレーをする選手は即興でプレーをし、試合中の行動のほとんどが無意識である。

人間は頭で考えてから意識的に行動しているように見えて、実際は、その置かれている環境やチームメートと相互作用することで、選手の脳内で自己組織化が行われた結果、創発が現れ、それが即興的な行動となる。脳の仕事のほとんどは無意識的に行われ、本人が意志決定をする前に決定されている。


※「創発とはミクロレベルの複雑系において、平衡から程遠い状態(無作為の事象が増幅される)で、自己組織化(創造的かつ自然発生的な順応志向の振る舞い)が行われた結果、それまで存在しなかった新しい性質を持つ構造が出現し、マクロレベルで新しい秩序が形成されることだ。」
マイケル・S・ガザニガ 心理学者
※ 創発とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される。
ウィキペディア


人間はある状況で、ある傾向が生じるとき、それが意識にのぼる10秒前から脳内で無意識的に活動が始まっている。脳には様々な「生きた記憶」がコード化されて保存され、その状況に類似した成功した記憶から、無意識的にプレーを選択している。

「生きた記憶」とは「エピソード記憶」とも呼ばれている。これは個人が経験した出来事に関する記憶である。周囲の環境、時間的、空間的文脈、もしくはそのときの自己の身体的、心理的な状態などと共に記憶される。

例えば、クラックと呼ばれる超一流選手は、コード化された多種多様な「生きた記憶(エピソード記憶)」から、その状況に適したプレーオプションを瞬時に無意識的に選択している。

そのように考えると、この本の「ダイヤモンドオフェンス のトレーニング方法」の章でも語られるが、サッカーのトレーニングは試合の状況に限りなく近い状況を設定する必要があることが理解できる。日々、試合の状況を設定したトレーニングを実践することによって、試合中、選手はその状況に類似した「生きた記憶(エピソード記憶)」の中から最適なものを瞬時に無意識的に選択するようになる。



プレーイメージに名前をつける

監督やコーチ、選手間でプレーイメージを共有するために、プレーや動き方、ポジショニング等に名前をつけるとチーム内でプレーイメージが共有しやすくなる。いわゆるコードネームをつけて記憶すると、チーム内の指導者と選手間でプレーイメージの共有ができ、プレーオプションがチーム内で定着するのを促進する。

例えば、「ライン間」という言葉一つで、チーム内で相手のDFラインとMFラインの間のスペースにポジションを取ることが共有できる。

このように選手がイメージしやすいコードネームをつけることで、チーム内のプレーイメージの共有が容易になる。相手に悟られないようにするために、全くプレーとは関係のない名前をつけたり、プレーに番号を付けるなどチームで工夫する。

試合において、相手の弱点が分かっている場合などに、どのプレーをするか、あらかじめ、ある程度決めておくことも必要だ。試合中、選手はその状況に適したプレーを、ある程度決めておいたプレーオプションの中から選択するだけで、プレーイメージを選手間で共有しやすくなる。

矛盾するようであるが、選手は試合中、プレーオプションのことを忘れなければならない。選手は試合に集中することで、無意識的にそのプレー状況に適したプレーを瞬時に「生きた記憶(エピソード記憶)」の中から直感的に選ぶことができる。

直感的にプレーを選択するには、多種多様なプレーオプションをチーム内でも、個人でも持っている必要がある。そのために選手は多くの良い試合を観る、定期的に試合に出場する、試合の状況を設定したトレーニングを実践することによって、プレーオプションが「生きた記憶(エピソード記憶)」として脳内にコード化され保存される。

仮に試合で今まで経験したことのない状況に遭遇した場合は、チーム内で共有している基本的なプレーオプションを組み合わせる。それはダイヤモンド・オフェンス の基本的なプレーオプションに立ち返ることを意味する。



無意識的な行動を促す指導

サッカーの試合は非常に複雑であり、選手は試合中、無意識的にチームメートと相互作用する。それが結果として創発という精神状態を生じさせ、即興プレーの形として現れる。例えば、ピアノの演奏やダンスステップの習得と同じように、それらを一度習得すると、自身の指や脚が無意識的に動くようになる。

優秀なコーチ(教師)は、ピアノを弾いている生徒が演奏中に間違ったとしても、そのまま演奏を続けるように指導するそうだ。なぜなら、生徒のオートマティックな動き(演奏)を妨げないようにするためだ。

一度、習得したことでも、苦手な部分がある場合、その苦手な部分をコーチが指摘して、演奏を止めて、苦手な部分だけを何回も繰り返しトレーニングをしたとしても、それは、生徒の無意識なオートマティックな動き(演奏)を妨害し、生徒に苦手な部分を意識させてしまうことにつながるのだ。そうなると俗にいう苦手意識が生まれてしまい、何回も同じところで間違うようになってしまう。

サッカーのトレーニングに置き換えると、ボールコントロールが苦手な選手に、ボールコントロールすることのみをトレーニングしても改善されない。それはボールコントロールすることを選手に意識させてしまうからだ。一度意識してしまうとそれが苦手意識になる。

それよりもパスを受けてゴールにシュートするようなトレーニングをする。トレーニングの目的を「低いシュートをゴールに決める」ことにすると、選手の意識がボールコントロールから低いシュートを決めることに置き換えられる。このようにして選手は無意識的にボールコントロールが上達するようになるのだ。ボールコントロールの目的は次のプレー、シュート、パスやドリブルをするためにあるからだ。


次回に続く

書籍「ダイヤモンドオフェンス 〜サッカーの新常識 ポジショナルプレー実践法」と一緒に読むことで、さらに即興プレーの構造やダイヤモンドオフェンス 、ポジショナルプレーについての理解が深まると思います。

参考文献

坂本 圭. ダイヤモンドオフェンス 〜サッカーの新常識 ポジショナルプレー実践法. 日本文芸社(2021)


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坂本 圭  フットボール進化研究所
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