フットボールのダイヤモンド・オフェンスにおける攻撃サポートの構造化22 2.3 他のチームスポーツにおけるダイヤモンド・オフェンス ~バスケットボール2〜

2.3.4 ダイヤモンド・オフェンスはフリーランスオフェンス

マイケル・S. ガザニガ(2014)は、責任感と自由は、社会的相互作用から生まれると説明している:

責任感は人間が発揮する特質のひとつだが、それは社会的なやりとりから生まれる。脳がひとつだけでは社会的なやりとりはできない。最低でも二つ以上の脳が関わると、そこに予測のつかないことが起こりはじめ、それまで存在しなかった新しい規則が定まっていく。この規則にしたがって獲得された性質が、責任感であり自由なのである。

2人以上の人間の交流があってはじめて責任感と自由が存在するのだ。もし、地球上に1人の人間しか存在しなければ、そこに責任感と自由は存在しない。二つ以上の脳が参加することにより予測できないことが起こり始め、新しいルールが決定される。そのように考えると、フットボールのプレーは2人以上の人間が参加し、相互作用する即興プレーであり、それはフリーランスオフェンスで行われていると考えるべきではないだろうか。

※フリーランスオフェンス:決められた配置や動きのパターンがなく、プレイヤー独自の判断で自由にプレイを展開するオフェンス。

フリーランスオフェンス:

テックス・ウインターは(1962)は「フリーランスオフェンス」についてこのように説明している:


型にはまりすぎたゾーン攻略にならないことが重要である。それはつまり、個々のプレーヤーがそれぞれ状況判断をしてプレーをおこなうことが重要だということである。ゾーンのウィークポイントを見つけたプレーヤーはそこへカットする。それによって、ディフェンスはカットしてきたプレーヤーをカバーしなければならなくなり、ディフェンスがヘルプにまわることによって、さらなるウィークポイントが生じる。(省略)フリーランスの攻めでは、パスやカッティングによってできたオープンエリアに動くことになる。そのように攻めれば、ディフェンスにとってパスを防いだりすることが困難になる。

※カット:オフェンスプレイヤーによるディフェンスエリアを切り込むプレイ。移動する軌跡や移動の方向を示す言葉を伴って、Vカット、カットインなどと呼ばれる。

テックス・ウインターが言うように、フリーランスオフェンスは相手のゾーンディフェンスの弱点に攻撃側のプレーヤーが移動することを攻撃のベースにし、攻撃開始のきっかけとしている。相手ディフェンスがその弱点であるスペースをカバーした場合、そのカバーをするために移動した相手ディフェンスがいたスペースが空くことになる。今度は、そのスペースが弱点となる。これは、攻撃側のプレーヤーが使用したいスペースから相手ディフェンスを排除することができることを意味していると考える。

例えば、相手の強力なCBをバイタルエリアから排除したい場合、その強力なCBにマークされていたCFWはグラウンド外側に移動し、相手の強力なCBを自身に引きつける。もし、相手の強力なCBがグラウンド外側に引きつけることができれば、バイタルエリアにオープンスペースができる。仮にもし、相手の強力なCBが外側のスペースに誘導することができなかった場合は、グラウンド外側のゾーンでオーバーロードの数的優位な状況ができるので、その外側のゾーンから相手ディフェンスを攻略することも可能であろう。


さらにブルーノ・アニゴーニはフリーランスオフェンスについてこのように説明している:

フリーランスオフェンスは攻撃側のすべてのプレーヤーが関与し、相手ディフェンスに大きな問題を創り出して、攻撃を助けます。プレーの継続性について心配する必要はありません。なぜなら、相手ディフェンスは絶え間ないプレッシャーを受けているので相手ディフェンスが組織を再構築する時間はありません。

ブルーノ・アニゴーニが説明した、フリーランスオフェンスはすべての攻撃側プレーヤーが関与する攻撃メソッドであるが、副目的(サブテーマ)としてフランシスコ・セイルーロが提案する社会的感情構造(Estructura Socio-Afectiva)の2つのコンセプト、相互扶助(Ayuda mutua) と協力(Cooperación)がある。

これは前の章、社会的感情構造で詳しく説明したが、相互扶助(Ayuda mutua)は、ボール保持者の近くにいるプレーヤーのことであり、直接プレーに関与している。協力(Cooperación)は、ボール保持者から遠く離れたプレーヤーのことであり、間接的にプレーに関与している。

ブルーノ・アニゴーニが言うようなに、フットボールというスポーツは様々なプレー状況において、すべてのプレーヤーが直接的、間接的にプレーに関与し、相互作用しているのだ。


萩原(2013)は、フリーランスオフェンスについてこのように述べている:


「最初の入りだけは決めておいて、そこからどう相手が崩れるかを見ながら連続させていくっていう感じ」「落とし所が決まっていて、何手も先を見てやっているっていうのはほぼないかな。せいぜい読んで2〜3手先ですね」

萩原が述べたように、「最初の入りだけは決めておいて」というのは、パスの優先順位だったり、特定のプレーヤーがボールを保持した瞬間である。例えば、縦パスを入れることが最優先、もし、縦パスができない場合は斜め前方へのパス(グラウンド内側、グラウンド外側)、そのパスもできない場合は、バックパスや横パス、サイドチェンジ等。特定のプレーヤーがボールを保持した瞬間とは、例えば、FCバルセロナであればメッシがファイナルゾーンでボール保持した瞬間に他のプレーヤーがどのように動くのか。メッシの近くいるプレーヤー(直接プレーに関与する)、遠くにいるプレーヤー(間接的にプレーに関与する)が瞬時にパスコースを提供する、オープンスペースへ動き出す、相手を排除するために動くこと等であると考える。

テックス・ウインターが提案したように、オフェンスプレーヤーはオーバーロードを発生させるために動き、相手ディフェンスがどのように反応するかによって次のプレーが決まるのだ。特に、ボール保持者の近くにいるプレーヤーは常に2〜3手先のプレーを読んで、予測してプレーをしなければならない。ボール保持者から遠いプレーヤーも、ボール保持者の近くにいるプレーヤーの動きによってできたオープンスペースを埋め、次に起こりうるプレーを予測し、いつでもプレーに参加する準備をすることが大切であるだろう。


私は、坂井と鈴木(2013)が提唱する「フリーランスオフェンスにおいて即興的かつ効果的にプレイするためのルールの設定法」を「フリーランスオフェンスの5つの原則」としてまとめた:

フリーランスオフェンスの5つの原則:

1. 個々のプレイヤーの動きにルールを設定することで個人戦術を効果的に連続させる。
2. チームを2対2や3対3の部分集団に分けて階層的に認識し個々のプレイヤーの個性を生かすグループと戦術を素材にプレイ展開の予測を共有するタイプ。
3. 戦術を素材にプレイ展開の予測を共有するタイプは、プレイヤー間でプレイの意図や優先順位に関するコミュニケーションを相当量とることが重要。
4. 攻撃の開始方法はポイントガードのプレイに他のプレイヤーが連続する方法と、ポイントガード以外のプレイヤーがグループ戦術を先に仕掛けてシュートチャンスを作り出す方法。
5. 困った時には指定したプレイヤーの個人戦術を起点にするパターン・オフェンスを用いることによって局面を打開。

フリーランスオフェンスは一見どのようにプレーしても良いルールなしのプレースタイルのように考えがちだが、人間が2人以上関係していれば、そこに社会的相互作用が起こり、個々のプレーヤーに責任感と自由が生まれる。そのように考えると、プレーヤーにはプレーをするルールが必要であることが理解できる。

チームを2対2や3対3の部分集団に分ける方法は、例えば、ボール保持者の近くにいるプレーヤー3人(ボール保持者含む)とボール保持者から遠いプレーヤー2人と考えることもできる。ボール保持者の近くにいる3人はグループ戦術を素材として相手のプレーを読み、プレー展開の予測を共有してプレーをする。ボール保持者から遠いプレーヤー2人は、個人能力が高く、個々のプレーヤーの個性を生かすグループでプレーをする。

特に、グループ戦術でプレーをするにはグループ間でのコミュニケーションが非常に大切になってくる。非言語による指示(アイコンタクト、ジェスチャー等)や、口頭での指示が大事で、特に非言語による指示が非常に有効であると考える。

ファイナルゾーンでフリーランスオフェンスを開始するにあたり、攻撃を開始するプレーヤーを決めておくと攻撃が始めやすい。 その特定のプレーヤーにボールが入った瞬間にその他のプレーヤーは動き出すことができるからだ。

だが、特定のプレーヤーからの攻撃開始だけだと、相手ディフェンスに攻撃を読まれることもある。その時のために、任意で他のプレーヤーから、グループ戦術を仕掛けることも有効になる。

攻撃が停滞し、困った状況になった時には、ある指定したプレーヤーから攻撃を開始する方法が有効だ。例えば、FCバルセロナであれば、困った時はメッシにボールを渡し、メッシがボールを保持してファイナルゾーンで前を向いたら、メッシの個人戦術を起点として、その個人戦術に適応するパターンオフェンスを仕掛ける方法もあるだろう。

「5つのフリーランスオフェンス の原則」を示したが、フリーランスオフェンス は自分勝手にプレーをするオフェンスメソッドではない。人間が2人以上関われば、そこに社会的相互作用が起こり、責任感と自由が発生するのだ。当然にそこにはルールや原則が必要になると考える。

相手のプレーを読み、動き、相手ディフェンスの反応からグループによる即興プレーを行なうフットボールのダイヤモンド・オフェンス は、まさしくフリーランスオフェンス の特徴を備えていると言えるだろう。


引用・参考文献:

マイケル・S. ガザニガ (2014),”〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義”: 紀伊国屋書店. 170.

ウインター・テックス. バスケットボール:トライアングル・オフェンス. 監訳:笈田欣治. 訳者:村上佳司, 森山恭行. 大修館. (2007). 2. 82.

バスケットボール用語辞典. 監修:小野秀二、小谷究. 廣済堂出版. (2017). 39. 166.

Sakai, Kazuaki; Suzuki, Jun. Qualitative study on improvisational freelance offense in basketball: based on the narratives of player who excelled at the international level. (2013). 40-41.

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坂本 圭  フットボール進化研究所
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