【短編小説】サプリメント社会

くもり空の下で配給の列に2時間並んでいる。みんな表情は暗く、肌艶が悪く、見るからに不健康そうな体つきをしている。
食べ物を見なくなってから数年経つ。
俺たち貧乏人にはサプリメントのみが支給され、超富裕層のみが食事をしている。2022年以降貧困格差は想像を絶するほど進み続け、今や99.999%の超貧困層と神のごとし超富裕層とに分かれている。俺たちの年収ほどのステーキや寿司を奴らは毎日食ってるわけだ。
もうこの地球は力尽きようとしているのだろう。俺のこの身体のように痩せ細った地球は、超富裕層たちにしゃぶり尽くされ、それでもなお搾り採られ続けている。

加速する食料問題と医療の進歩による高齢化で地球のキャパシティはとっくの昔に限界を超えていた。超富裕層のお情けで俺たちは住まわせてもらってるようなものだ。食料問題の解決策として開発されたのが特別なサプリメントだ。かつては栄養補助食品と呼ばれていたが、今はこれが俺らの主食でこれしか食事じゃない。
最低限の栄養をもらう代わりに労働力を提供する。給料は微々たるもので、自分の幸せのために金をつかうことなんかほぼ無い。俺たちは寿司を食うために何年も貯金をしなければならないんだ。それよりもなんとか生きるための生活費にほとんどが消えていく。
 
ここ何年も晴れ間が見えることはなく、雨が続くこともない、ずっと灰色のままだ。なかなか列が進まないのはみんなの足取りが重いせいもあるだろう。
 
支給され始めた頃は自殺者数増加が社会問題となった。動物としての本能なのか、肉を噛み、香りを嗅ぎ、生命に感謝し飲み込む行為は、生きる上で欠かせない儀式だったということだ。多くが生気を失い、うつ病になる奴も爆発的に増えた。
しかし神たる超富裕層はそれにも抗った。サプリメントに特殊な成分を組み込んだのだ。食べた頃の記憶がよみがえる成分を。
新サプリメントは嗅覚と味覚、そして噛む時の筋肉に関連する脳の運動野に信号が送られる。
そうすることでまるで食事しているかのような錯覚を味わえるのだ。成分の一部に実際の料理が使われていることもあり、食べた頃のいろんな記憶を思い出すことができ、大幅に自殺者数を減らした。
開発した科学者はノーベル平和賞を受賞したが、今の時代ノーベル賞なんてなんの価値も無い。この世界が平和になったのか?
でも新サプリメントのおかげで食事の時間が楽しくなったのは間違いないので、開発者には感謝している。難点は本物の料理を食べたことが無い奴にはまったく意味が無いということだ。呼び起こす記憶自体が無いので、ステーキ味だろうが寿司味だろうが若い奴らには無味無臭でしかない。それはほんとうにかわいそうだ。
新サプリメントは納豆ご飯味が人気だ。他にもトースト味と目玉焼き味を組み合わせて摂取する奴もいる。
 
今日並んでいるのは新しいサプリメントが支給されるからだ。今回のサプリメントは無味無臭だが腹が膨れるらしい。もう何年も腹いっぱいになることなんて無かった。今日は取っておいたステーキ味とラーメン味のサプリメントと一緒に満腹感を味わおうかと思っている。
 
ようやく新サプリメントと味付きサプリメントを受け取り家に着いた。
そして新サプリメントを口に入れた瞬間すべてがわかった。
忘れもしない。これは冬山で遭難した時の山小屋だ。冷たくなってしまった登山仲間の吉岡。吐き気が止まらなかったが容赦無くあの時の歯応えと匂いと涙と鼻水の記憶が、ずっと俺を責め続けた。
政府はいよいよ人口問題を一気に解決する方法に出たのだ。

いいなと思ったら応援しよう!