スタートレック世界のSF設定

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 2002年、『SFマガジン』に書いたもの。確か、「スター・トレック エンタープライズ」の放送開始に合わせての特集だったような。
 前に載せた「SFとしてのスタートレック」は、スタトレのエピソードの中から特にSFらしいひねりの効いたものを選んで紹介した原稿だったけど、こっちはモロにスタトレのSF的な設定について科学的な考証を行おうとしてるもの。
 ちなみに、前々から一人でずっと主張してますが、「科学考証」と「SF設定」はまったく違うものであって、「SF考証」などというものはありえない、というのが私の立場なのです。まったく誰も聞いちゃくれてませんけど(苦笑)。

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「ワープ航法は果たして実現可能なのか
   ~スタートレック世界のSF設定~」

 スタートレックは、いわゆる〈ハードSF〉、すなわち厳密な科学的正確さの上に構築されているSFではない。その中に出てくる超科学技術の数々も、徹底的なシミュレーションの結果による未来予測などではなく、物語上やプロダクション上の必要性から生み出されたものだ。
 例えばワープ航法は、通常の物理法則に従えばいかなる物質も光速を突破することは不可能なため、それを回避するために生み出された超光速理論だし、転送装置は宇宙船の離着陸の特撮を行う予算がなかったための方便として編み出されたものだ。
 では、このように便宜上採用されたSF設定の数々には、実現性はまるでないのだろうか。本稿では、エンタープライズに装備されているいくつかの技術について、主にワープ航法の理論的根拠を軸とし、その科学的な妥当性を(かなり強引に)検討してみることとする。

【光速の壁】
 スタートレックの世界を成立させている最大の功労者といえば、やはりワープ航法だろう。熱烈なトレッキーは百も承知だとは思うが、まずは野暮を承知で光速の話を整理してみよう。
 アインシュタインの相対性理論によれば、移動速度が光速(秒速30万キロメートル)に近づけば近づくほど、その物質の質量は増大していき、光速においてはついに無限大となる。すなわち、光速を越えることは通常の物質には事実上不可能なのである。ところが、その一方で、宇宙はあまりにも広大だ。太陽に最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリですら4.1光年の彼方、銀河系の直径はなんと約10万光年という大きさなのである。スタートレックの世界で、エンタープライズが活躍している宇宙連邦の宙域は、銀河系のおよそ4分の1弱程度の区域となる。スタトレのことなら何でも載ってる"The Star Trek Encyclopedia"によれば、この宙域の直径はだいたい1万光年くらい。つまり、光でも移動するのに1万年かかってしまう距離なのだが、この本によれば、エンタープライズDがワープを使って光速を突破し、最高速度を出せば6年で移動してしまうことができるらしい。当然、一ヶ月もあれば100光年やそこらはお茶の子さいさいで飛んでいけるわけで、だからこそカークもピカードも、毎週毎週別の太陽系へと出向くことができるのだ。
 さて、ワープ、リープ、マンシェンドライブ、DESドライブにコラプサージャンプ、さらにはサブイーサドライブ等々、この手の超光速航法(FTL(Faster Than Light)航法とも言う)はSFにはそれこそ星の数ほど出てくるが、現実の宇宙旅行にこのような抜け道はあるのだろうか? 結論から書けば、現代の物理学者たちの中には〈ワームホール〉がその解決法となるかも知れないと考えている人たちがいるようだ。

【ワームホールとブラックホール】
 詳しいことはキップ・ソーンの『ブラックホールと時空の歪み』(林一、塚原周信訳、白揚社)のような科学解説書を読んでいただきたいが、要は湾曲した時空同士をつないだワームホールが作り出せれば、そこを通って遠く離れた空間まで瞬時に到達することができるという、まさに昔『宇宙戦艦ヤマト』で真田さんが説明してくれたとおりのことが、理論上では可能だというのである。
 ところが問題は、ワームホールを使えばいいといっても、それをどうやって作ればいいかが今のところ皆目見当がつかないところにある。例えば、これがブラックホールなら話は簡単だ。ブラックホールとは、星自体の高重力によって時空が湾曲し、光を含むあらゆる物質がその中へ落ち込んでいってしまう無限に深い重力井戸と化したものをいう。これは、星の寿命の最後に起こる現象の一つであり、その生成過程も実態もかなり解明されてきている。また、湾曲した時空を形成しているところなど、ワームホールとの共通点も多い。
 しかし、ブラックホールにはワームホールと違う致命的な欠点がある。ブラックホールに落ち込んでいく物質は、その高重力や、特異点周辺の真空の揺らぎによって、バラバラに引き裂かれてしまうのだ。
 とはいえ、時空を湾曲させる方法として、ブラックホールのように重力を用いる以外に、これといった代案もない。つまり、重力を制御することが超光速航法を実現するための必要条件となる可能性は非常に高いと言える。
 また、もしワームホールを作り出すことができたとしても、そのままでは不安定なためあっというまに崩壊してしまうだろうという問題も存在する。したがって、安定した状態のワームホールを作るには、なんらかの物質で、ワームホールの内部を満たす必要がある。この未知の物質は、「エキゾチックな物質」と呼ばれているが、それが具体的にはどんなものなのかは、まだ明確にはなっていない。
 ちなみにスタートレックの世界でも、自然現象としてのワームホールは不安定なものとして描かれている。映画『スタートレック』では、改装なったエンタープライズが、ワープ中にワームホールに落ち込んでしまい、遭難しそうになるし、『新スタートレック』では、ワームホールを安定化する実験中に殺人事件が起こるエピソードがある。また、『スタートレック ディープ・スペース・ナイン』では、この設定を逆手にとって、すぐそばに安定したワームホールが出現したため、それまでは辺境の一惑星にすぎなかったベイジョーが、未知の世界とのコンタクトの最前線となってしまい、次から次へと事件が起こる……という具合に、うまく舞台設定として生かされている。

【様々な応用が効く重力制御技術】
 先に超光速航法には重力を制御する必要がある可能性が高いと書いたが、この重力制御という技術を基本に考えれば、ワープのみならず、エンタープライズが搭載している超科学技術のいくつかが説明できるという余録もある。
 まず、加速と関係なく艦内の重力が床方向に1Gかかるように調節している人工重力、いや正確には慣性制御技術というべきか。これは前述の"The Star Trek Encyclopedia"には"inertial dumper"、すなわち「慣性中和機」として記載されている。もともと無重力描写は実写・アニメを問わず、扱いが面倒なために嫌われるものだから、最初のTVシリーズである『宇宙大作戦』では、艦内では進行方向と関係なく床向きにGがかかっていることにしてあったわけだが、この設定は、あとでうるさがたのSFファンからの質問をかわすのに格好のものとなった。
 SFファンから出た疑問というのは非常に簡単。「通常空間を高速で移動中に、急に方向を変えたり急停止したりしたら、それまでの運動の慣性があるから、乗組員たちは壁に激突して死んでしまうのでは?」というものだった。ちなみに、これまた"The Star Trek Encyclopedia"によれば、光速以下での航行に使うインパルスエンジンの最大速度(という言葉自体、減速する要素のない宇宙空間においては変なわけだが)は光速の25%、つまり秒速7万5千キロだという。そりゃ確かにこの速度で急に向きを変えられたら、乗ってる方はたまらんだろう。
 というわけで導入されたのが、前述の慣性中和機だ。重力場を操って艦底向きのGを発生させてるんだから、加速のGもうち消せるだろうという理屈である。
 もっともこの慣性中和機、激しい変化にはなかなか追随できないようで、どれだけ新しい艦になっても、ブリッジの乗組員たちは敵の攻撃の振動で右往左往しているが。
 また、作中では〈シールド〉と呼ばれている装置も、重力制御ができるとすれば、その原理が説明できる。
 スタートレックにおけるシールドとは、いわゆる〈バリア〉のようなものだ。さすがにガラスみたいに、見えたり、バリンと割れたりはしないものの、光子魚雷(実弾)だろうがフェイザー(光線)だろうがバンバンはじきかえす無敵の代物である。
 今でも何かとTVアニメや特撮映画に登場するバリアだが、その原理をきちんと設定しているものは(スタトレを含めて)滅多にない。バリバリ火花が散ったり、ビームのように照射されたりすることが多いということは、なにやら電磁的なものなのだと推測できるが、強烈な電磁場で跳ね返せるのは、百歩譲って荷電粒子ビームだけ。レーザー光線はもちろん、ミサイルや砲弾のような固形のものには通用しない。バリアとはまさに夢の防御兵器なのだ。
 ところが、スタトレのシールドも重力制御に頼っていると考えれば、違う解釈も成り立たないでもない。つまり、重力制御で艦周辺の時空を歪めてしまえば、敵の攻撃手段が何であろうがそらしてしまうことができるだろうというわけだ。
 "The Star Trek Encyclopedia"には、シールドについてはほとんど記述がないが、そのかわり〈ワープ・フィールド〉という項目が存在する。これは「ワープ航行中の宇宙船を包む亜空間の泡」だと書かれているのだが、この「亜空間のフィールドは通常の重力場における時空の歪みに似ている」という記述もあるのだ。これは前述したシールドに関する仮説そのままだと言っていい。
 さらに言えば、ロミュランやクリンゴンのお得意の技術である〈遮蔽装置(クローキング・デバイス)〉も、この時空の歪みを利用したものであると考え得る。遮蔽装置は、艦の存在を肉眼や探知機に検知できなくする究極のステルス機能(古い言葉で言えば隠れ蓑)である。レーダーに対するステルスについては、現在でも電磁波を吸収する素材や、反射方向を変える形状等、研究が進み、実用化もされてきているが、なんせ遮蔽装置を使えば目にも見えなくなるのである。つまり、可視光線を曲げているということなのだから、これもやはり、重力制御によって時空を歪ませ、光の通り道自体を操作していると考えるのが妥当だろう。
 そんなわけで、重力制御という一つの技術が、人工重力、慣性中和、防御シールド、ワープ航法、さらには遮蔽装置という、スタートレック世界にはなくてはならない様々な技術を支えているのだ。こう考えるとかなり設定としての筋が通ると思うのだが、どうだろうか。

【スタトレにおけるワープの概念】
 それでは、肝心のスタートレック世界におけるワープの概念とはどんなものなのかといえば、これが今ひとつはっきりしない。
 "The Star Trek Encyclopedia"の記述によれば、ワープとは、ワープフィールドという亜空間の泡で宇宙船を包み込み「不均衡な空間の歪みを作り出して」光速よりも早く移動する、というのだが、それだけでは何がどうなっているのか、さっぱりわからない。大体、本編の映像を見ているとワープ中も通常空間を艦内から見ることができている。ということは、ワープフィールドに包まれた艦自体は通常空間内を移動しているとしか思えない。もしかしたら、常に前方の時空を歪ませながら移動しているのだろうか。なんか、尺取り虫みたいな絵が頭に浮かんでしまった。
 それはともかく、スタートレックにおけるワープ理論のおもしろいところは、いくつか制限を設けてあるところだ。
 まず、星系内で使用できないこと。太陽や惑星など、質量の大きい物体のそばでは、重力場の干渉が危険なのでワープをしてはいけないことになっている。これもまた、ワープ航法の基礎が重力制御技術であることの傍証だろう。
 そして、一番重要なのは、速度制限があるという点だ。
 そう言えば、『新スタートレック』では、ワープ・フィールドが亜空間に損傷を与えてしまっていることが判明、一時期ワープ5以上の高速移動が禁止となったこともあった(後に亜空間を破壊しない「自然に優しい」ワープ・フィールドが開発され、この禁止令は無効となったが)が、それはあまり関係ない。
 とにかく、ワープ航法ではワープ10以上の速度を出すことができないということになっているのである。ちなみに、『宇宙大作戦』ではワープ11などという速度も登場しているが、それはワープ速度の単位が古いからで、現行のワープ速度はワープ10が最大なのだ。
 なぜか。"The Star Trek Encyclopedia"によれば、理論上ワープ10とは速度が無限大となった状態であり、それはすなわちこの速度に到達した物体は全宇宙のあらゆる場所に同時に存在することになってしまうため、不可能だというのである。

【ワープを越える超ワープ?】
 ところで、スタートレックの世界においては、ワープ航法や自然のワームホールを使う方法以外にも、FTLが存在する。それが、宇宙連邦が開発に失敗し続けてきたトランスワープ航法である。
 先に述べたように、通常のワープ航法にはワープ10という速度限界がある。つまり、いかにワープといえども大宇宙の広大さの前では移動に制限ができてしまうということだ。ましてや、通常の宇宙船の最大速度はもっと遅い(通常の宇宙連邦軍の航宙艦の最大速度がワープ9.2。隣の銀河系に行くには1200年ほどかかる)わけで、だからこそ『スタートレック ヴォエジャー』で銀河系の反対側に飛ばされてしまったヴォエジャーは、延々と何十年もかかる帰路を戻ろうと悪戦苦闘中なのである。
 そんなワープ航法の限界速度を突破しようというのが、トランスワープ(超ワープ)航法だ。基本の理屈は簡単。一旦、亜空間内でワープ10に達する。そうなると通常空間内ではすべての場所に遍在していることになるから、その中から到達したい場所を出口として特定し、通常空間に戻る。そうすれば一瞬にしてどんな遠距離にも到達できるというわけである。
 なんだか話がうますぎるようだが、連邦が開発に失敗し続けている(映画『スタートレック3』で、トランスワープ実験艦として華々しく登場したエクセルシオール級艦も、結局エクセルシオールでの実験失敗後、全艦通常のワープ機関に交換しているらしい)あたり、さすがに制作者側も遠慮しているのかもしれない。
 ところが、どうやらこれを実現しているらしいのが、連邦の宿敵であるボーグたちだ。ボーグたちの宇宙船はトランスワープ通廊と呼ばれる時空の歪みを作りだし、通常のワープ航法の20倍以上の速度で移動することができるというのである。
 ここで思い出して欲しいのが、頭の方で書いたワームホールによるFTLだ。湾曲した時空同士をつないだワームホールと、ボーグが作り出すトランスワープ通廊は、共にトンネルのようなイメージが類似している。また、『スタートレック ディープ・スペース・ナイン』で描かれているように、自然のワームホールを使えば、ワープでは何10年もかかってしまう距離も一瞬で飛び越えてしまうらしい。
 とすれば、スタートレックの世界においては、トランスワープこそが完全なワームホールによるFTLであり、ワープは擬似的にそれを実現している不完全な航法である。だからこそ、ワープには速度制限があるのだ、という見方も成り立つだろう(どう擬似しているかはさっぱり謎だが)。
 なんにせよ、何かと謎の多いスタートレックのワープ航法なのだが、ここへきて『スタートレック ヴォエジャー』に、さらに新たなFTLが登場した。第5シーズン最終話に登場したそれは、〈量子ワープ〉と呼ばれる宇宙連邦の新技術であり、ボーグのトランスワープをもしのぐ高性能だと言うのだが、はたしてそれがどういうものなのかは、まだまだ不明。今後のエピソードでの詳しい情報開示が待たれるところだ。

 等々、ここまでつらつらと駄文を重ねてきたが、我ながらいかにも苦しい解釈の連続なのは認めざるを得ない。とはいえ、スタートレックの世界のような天翔る夢をなくしてしまうのも哀しいことだ。ここは一つ、科学者の皆さんが本物のFTL理論を確立してくれることを夢見つつも、現実の厳しさも忘れることなく、我らが有能なる機関長モンゴメリー・スコット氏のセリフをつぶやいて筆をおくこととしよう。
「けど、あたしにゃ物理法則を変えることなんてできませんよ、艦長」

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