NHKは政権の思うがままにコントロールされている、というのはあなたの思い込み

西田さんと話したのは、NHKの制度的な議論

12月30日に新メディア酔談を配信しました。社会学者の論客としてこのところ注目されている西田亮介さんをゲストに、NHKについて議論しました。主に制度の話で、また新聞協会の厄介なところも交えたりしつつ、今後のこの国の言論はどうしていけばいいか、という内容でした。

というのは、「放送」という伝え方から若い層を中心にどんどん離れていて、今後私たちは必要な情報をどう得ていけばいいのか、大問題になりつつあるからです。西田さんはNHKを含めてテレビもよく視聴するそうです。でもそれは「メディアと政治」が研究テーマだからで、アラフォーの西田さんの周りの同世代はテレビを見なくなっているし、教えている大学生はもうほとんど見ない。いくらNHKが何かを伝えようとしてもちっとも広がらなくなりつつある。そこをどうすればいいか、本当に大問題です。

でも人によっては「そんなことよりNHKは政権の言うがままになっている。その方が問題だ。」と思っている人も多いかもしれません。そんな人からすると、西田さんとの配信は物足りない議論だったでしょう。

そうじゃないですよ、という話を書いておきます。

「NHK会長に前川氏を」運動へのため息

昨年12月にNHKの新しい会長が決まったと発表されました。日銀の理事だった稲葉延雄さんという方になったそうです。この直前に、「前川喜平氏をNHK会長に」という運動がありました。

メディア酔談の頃から配信を見ていたみなさんの中には、この運動に賛同した方もいるかもしれません。ただ私は、この運動をため息をつくような気持ちで見ていました。2つの意味でおかしいからです。

1つは、NHK会長は経営委員会が選ぶので、会長を本当に前川さんにしたいのなら、経営委員を回って説得していくべきで、署名活動なんかよりその方がずっと具体的なのにということです。

↑ここにちゃんと各委員の名前とプロフィールが出ています。その気になれば勤務先なり自宅に押しかけて話ができなくもないはずです。なぜそれをしないのか。

もう1つは、NHK会長は、政権に言われるがままの報道をさせる悪の権化ではないことです。会長が民主的な人に変わればNHKが変わるというのはNHKのことを知らなすぎです。そこを調べもせずに署名したなら、それはあまりにも無責任というものです。

NHK会長は財界から来るけれど

前はNHK内部から出ていた会長が、2000年代後半からそうではなくなったのは事実です。そこには明らかに政権との関係があります。

NHKの会長が内部から出たのは橋本さんが最後です。この時、第1次安倍政権が成立し、菅総務大臣が就任。総理大臣が任命する経営委員会に財界から人を送り込んだのです。政権によるNHKへの関与の端緒がこれでした。経営委員は首相が任命し、経営委員が会長を任命する。

それまで経営委員は大学教授の名誉職のようなもので、NHKの事務方が選んだ人物を時々の首相が任命してくれたのを、安倍菅政権が変えたのです。これはつまり、制度の不備を突いたわけで、菅さんが首相になったら学術会議に干渉したのと同じです。菅さんは制度を利用する頭のいい人なわけです。

橋本会長の後は、経営委員会が任命した財界人がNHKの会長に就くようになります。福地さん、松本さんと、続きましたがみなさん名前を覚えてないでしょう?財界人が会長になって、いきなりNHKを我が物顔で支配したわけでもないんです。会長がNHKの番組に口を挟める範囲は限られています。

籾井勝人氏は"政権の犬"だったのか?

その次の籾井勝人さん、この人は”騒動”を起こしました。そこは覚えている人も多いのではないでしょうか。「政府が右と言ったものを左にはできない」という発言で一躍有名になりました。

この時の発言を、政権の言う通りに報道する、と解釈するのは誤解です。NHKには「国際報道」という業務があり、日本から海外へ情報を伝えるための広報みたいな活動です。この費用は、受信料とは別に国の予算でまかなっています。この国際報道についての質問に答えたのが「左にはできない」でした。予算が国から出る、国のPR活動だからです。

ところが新聞社がこの発言を今で言う「切り取り報道」的に伝えたのです。この言葉だけ読むと「籾井会長は政権の言うがままをNHKに報道させようとしている!」と解釈しちゃいます。新聞社はことNHKについては感情的に拡大解釈して報じがちです。しかも「右を左にできない」と、政治的立場に受け止められる言い方ですからね。

籾井さんはこれといくつかの発言が拡大解釈されてすっかり「政権の犬」扱いされました。でも、実際にはそんなことはなく、任期の後半ではおそらく何者かに陥れられて去っていきました。

籾井さんによってNHK会長は政権に操られているというイメージがすっかりできてしまいましたが、あくまでイメージです。しかも新聞社がNHK憎しで作り上げたと言っていいと思います。リベラル的な人ほどそれを鵜呑みにしてしまい、だから前川喜平さんを会長になどと言うのです。

NHK会長になりたい人はほとんどいない

籾井さんの次の上田会長はもっと酷い目にあってます。経営委員会がNHKのかんぽ報道に口出しし、上田会長は現場の側で矢面に立ち、経営委員たちから強く批判されたのです。これは毎日新聞が報道しました。上田さんはむしろ権力側に追いやられるように退任しています。NHKの会長は政権の犬、というのは上田さんの姿勢を見れば誤りだと気づくはずです。

付け加えると、財界人からNHK会長が送り込まれるとは言え、なり手はそうそういないそうです。まず「会長」なので、それなりのポジションの人でなければいけない。大企業で社長や会長を務めた人がふさわしい。でもそんな人はもう、隠居したいでしょうし、めんどくさいNHKのトップ、しかも多分それまでより安い報酬でやりたい人なんていないわけです。いつも見つけるのは大変らしい。今回の稲葉さんも紆余曲折あって決まったと聞きます。紆余曲折には、自民党の政治家の横槍もあったらしく、その時点でみんななりたくないでしょう。

NHKと政治の関係は簡単ではない

では今はどうなのでしょうか。そもそもNHKはみなさんが思うほど政権にコントロールされていたのか。

上の図は、私の知る政治とNHKの関係を示したものです。「NHKは政権に支配されてる」と思ってる人は、この巨大な組織を支配する、具体的な方法を想像してみてください。外から組織をコントロールできるでしょうか?みなさんもご自分の会社などで考えてみるといいでしょう。新しい経営者がやって来て会社を変えるのも、そう簡単じゃないです。

そして支配するにもルールがあるわけです。政権は経営委員を任命できる。直接的にはそこでしかないんです。そして経営委員が会長を決める。でもね、みんな立派な大人で意外に上下関係はないんです。経営委員が必ずしも政治家の言うこと聞くわけでもない。大企業のトップだった人が、小うるさい政治家の言うことを簡単に聞くはずがない。NHKの会長も、先述の通り仕方なくなったのに、経営委員や政治家から指図されたら嫌になるに決まってる。逆らっても死ぬわけではない。

フィクサーと官邸官僚の暗躍

そんな中、安倍菅政権時代には、まず「フィクサー」がいました。この人が事実上経営委員会を動かして、自分の後輩を送り込んだりした。安倍政権を支えることで、フィクサー個人の意志である保守的な方針を実現しようとした。その辺りは森功さんが書いた「国商」という本を読むとよーくわかります。

もう一つ、安倍菅政権時代にNHKとの関係で重要だったのは官邸官僚です。具体的には経産省から来た今井尚哉氏と佐伯耕三氏、そして警察庁出身の杉田和博氏。この人たちは、NHK上層部との個人的パイプで影響力を及ぼしたと言われています。

こうしたフィクサーと官邸官僚がNHKに何らかやらかしていた、かもしれませんが葛西氏は昨年亡くなりました。官邸官僚たちも今は官邸にはいません。

彼らが暗躍した頃は、いろんな話がありました。そして一部は報道もされた。ただ、報道も事実と違うことも結構ありました。

いずれにせよ、もはや「NHKは政権にコントロールされている!」と叫ぶべき時はもう終わりました。だから「前川会長を」の運動にため息をついていたのです。

西田さんとの議論は、つまり次の議論です。NHKは、きちんと情報を伝える仕組みは、今後どうなるのか。そここそが問題です。大問題です。敵は政権から、インフォメーションヘルスに移ったのです。

新メディア酔談は、「リベラルよりニュートラル」を掲げ、NHKの問題を考えていきます。それはもはや対権力ではなくもっと厄介で複雑な、情報の伝わり方の問題です。ぜひみなさん、一緒に考えていきましょう!

新メディア酔談、次回は2月13日を予定してます。ゲストはもう決まったのですが、もう少ししてから発表しますね!元のメディア酔談時代から縁のある方、乞うご期待です!

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