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[Espacenet]国コード UA (Ukraine)の出願件数推移と「元データ」の大切さ
こんにちは! 特許調査の仕事をしてます、酒井と申します。
今日は「国コード=UA」(ウクライナ)の出願件数の推移と
「出所・原典にあたるの大事です。」という話を書きます。
こちらは・・・ Espacenetで「国コード=UA」で検索し、フィルタ機能で集計グラフを描いたものです。
クリミア侵攻の2014年以降、ウクライナの特許公開件数が激減しているように見えますよね。
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グラフだけ見ると、なかなかショッキングです。
こんな時期だけに「某国の弾圧おそろしいな・・・」と受け取ってしまいそう。。。
ですが、この記事では「本当にそうなのかな・・・?」「Espacenetが表示するその数字、本当に正しいの?」という事を考えてみたいと思います。
本題の前に余談
自分にとって「ウクライナ」のイメージは、コミック『ヘタリア』のキャラクター達に影響されている部分が大きいです。貧乏な農業国で、時々ロシアに石油や天然ガスのパイプラインを止められている、という設定になってます。
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「貧乏な農業国」と言われますが、どの程度の貧乏なのか・・・?と
IMF統計に基づく名目ベースの人口1人当たり当たりGDP(国内総生産)を参照してみました。
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上から「トップ3」「日本と同程度の国」「ルーマニア」「ウクライナ」を並べました。
ルーマニアは、以前EPOのPatent Information Conferenceで訪れた時、「西ヨーロッパより貧しくて治安が悪くて、ブカレストにはぼったくりタクシーが出るから!」とEPOから注意喚起が出ていたので、比較用に上げました。
数字で比べてみるとウクライナの1人当たりGDPはルーマニアの1/3、日本の1/10。
更にストリートビューでキエフの街を覗いてみると
整った町並みだけど、細かく見ると首都でも舗装が傷んでいたり、
かなり古ーーい自動車が停まっているのが目につきます。
数字通り、色々が「カツカツ」な状態なのかも・・・?と想像されます。
特許データを見るとき、最初に考えるとよいこと
体制の安定していない国や、貧しい国を対象にEspacenet、あるいは他の特許データベースを使う場合、まず頭に入れておきたいのは
「対象国のデータが、ちゃんと送られて来ているとは限らない」
ということです。今回のケースで具体的に言い換えると「ウクライナの公報データ、漏れなく定期的に欧州特許庁に送られているかしら?」ということですよね。
どうでしょう?ちゃんとEPOに届いていそうな印象、ありますか?
「勘」でよいので、EPOに届いてるか?届いてないか?
是非予想してみてくださいね。
Espacenetに収録されているデータ:Bibliographic coverage in Espacenet and OPS 抜粋
多くのデータベースには「coverage」(収録範囲)という情報が付属しています。今回はEspacenetのBibliographic coverage(書誌事項収録)を見ました。
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種別(Kind)の説明はこちらです。
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これを見ると、
・C(登録特許)とU(実用新案)のデータは今年2月まで送られてきている
・A(公開特許)は2020年秋から収録が途絶えている。
・公開特許/登録特許、どちらも実用新案と比べると、何だか収録件数が少ない・・・?
という事がわかります。
この「特許が妙に少ない」ところ、ちょっと怪しいですよね?
・・・ということで
原典を見よう!(ウクライナ特許庁の統計)
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「ホントにクリミア危機以降、特許出願が激減してしまったのかな・・・?」
という疑問を解決するには、おおもとの出所「ウクライナ特許庁の統計」を見ると良さそうです。
ウクライナ特許庁には、ちゃんと英語のAnnual Reportがあって・・・(私も今回、初めて知りました)
2011-2015の出願件数と
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2016-2020の出願件数
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・・・ということで、出願自体は減少傾向が見受けられますが、
ここまでの惨状⇩に陥っているわけではなさそうですね。
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ウクライナ特許庁の統計からグラフを作ると、
このようなカーブになりました。
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さいごに
SNSが発達した時代だからこそ、色々な情報が瞬時に共有され、心配になってしまう場面も多いこのごろですが・・・
ウクライナ特許庁、
先週(3/1時点)は通常通り執務を行っていたようです。
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和訳(Google翻訳)の抜粋です。
UKRPATENTは通常通り業務を続けます
親愛なる同僚、申請者、知的財産(IP)の分野の専門家コミュニティの代表者、そして一般の人々、この国にとって非常に困難な時期に、ウクライナに対するロシア連邦の軍事的侵略の間に、2月24日のウクライナ大統領令に従って武法を課す理由となったことをお知らせします。
(中略)
私たちは、私たちの国に対するロシア連邦の侵略を非難し、ウクライナ軍が私たちの国の独立、主権、領土保全を擁護するにつれて、Ukrpatentは、その一部として、知的財産の分野で国を保護するためにあらゆることを行います。
世界知的所有権機関、欧州特許庁、EU知的所有権機関、世界のすべての特許庁、そして私たちの国、特にウクライナ特許庁に無関心でなく、支持を表明している人々に感謝します。
私たちは、ウクライナの明るく自由で平和な未来を信じています。
私たちはウクライナ軍を支援し、祖国の防衛のために立ち上がったすべての人に感謝します!
勝利への敬意と信頼をもって、 アンドリュー・クディン長官
2022年3月1日
「そして私たちの国、特にウクライナ特許庁に無関心でなく、支持を表明している人々に感謝します。」という所で、胸がギュッと締め付けられた気持ち・・・。
欧州最貧国のひとつ、と言われるウクライナに、
まずは平穏が戻りますように。
避難民が150万人を超える、との報道もある中、
全員が自宅に戻って、暖かいものを口にでき、怯えずにぐっすり眠れる日が1日も早く訪れることを祈っています。