御手洗令和
よしもと漫才劇場(通称マンゲキ)の週末公演。
昼寄席。
一見さん(初めて劇場に足を運んでくれる方)が多くお越し頂く公演です。
世間がステイホーム期間に入る前、マンゲキ昼寄席は多い時、朝10時から夕方にかけて、一日4ステージありました。
その昼寄席のネタとネタの合間に行われる演目、
『極新喜劇』
こちらは普段NGKにて新喜劇をされている新喜劇メンバーの方々の中から、4〜5名漫才劇場に来て頂き、そこにマンゲキメンバーが1組混ざり、一緒に新喜劇を披露するといったものです。
僕がコンビを組むジソンシンは、有難いことに大体月に一度のペースで極新喜劇の出番をいただいていました。
ちょうど一年前の春、土曜と日曜の新喜劇出番を頂いた時の事です。
新喜劇の信濃岳夫さんがリーダーを務められる回でした。
台本も信濃さんが書き上げた作品。
僕は芸歴5年目の頃に、信濃さんと初めて仕事をご一緒させて頂きました。
それ以来「こうた」と呼んでくれて、ご飯に誘ってもらったりと、僕にとって尊敬すべき頼れる兄貴的存在の方です。
台本読み合わせの日、信濃さんは僕に言ってくれました。
「こうたの好きにやってくれてええから」
器、オペラハウス並。
めちゃくちゃでかい。
僕はその優しすぎるお言葉に甘えまくることに。
男性警官役を、オネエ警官にキャラ付けさせてもらい、喋り方もそちらに寄せて、名前も「酒井」から「御手洗令和(みたらいれいわ)」に変え、初回立ち稽古の時いきなりやらせてもらいました。
やり過ぎやアホと言われる可能性、めちゃくちゃ大でした。
信濃さん、笑ってくれました。
なんやったら僕のキャラが生きるように、台本に無かったフリとかも足してくれました。
こうして信濃さんの多大なるご協力もあり、僕は極新喜劇における、
「御手洗令和」というキャラを手に入れました。
それ以来、出番をもらい配られる台本には、「酒井」ではなく「御手洗」と書いてもらえるように。
有難き御手洗指名。
そして今年の元旦からの三が日、3日間で極新喜劇の出番を10ステージ頂いた時の事です。
この時も全公演僕は御手洗令和。
御手洗の衣装はいつも、漫才劇場がNGKからお借りする本格的な警官の制服。
そして腰に巻く警官特有の太い革ベルトには、手錠、警棒、オモチャの拳銃が予め装備されています。
ネックレス、イヤリングを付け、メイクは真っ赤な口紅と、ほんのりピンクのチーク仕上げ。
1月1日元旦、2020年1発目の極新喜劇、幕開け。
相方の下村演じる先輩警官に呼び込まれ、僕は御手洗令和として舞台に走り込みました。
一通り自己紹介などのくだりを終え、一旦袖へハケ。
悪くない。今日のお客さんはかなり御手洗を受け入れてくれている。
僕は確かな手応えを感じていました。
次の登場シーンまで袖にて待機。
舞台キワの椅子に座りモニターを見ながら一息つくことに。
いつからか僕は御手洗で袖に居る時、腰からオモチャの拳銃を取り、引き金を引いてカチカチ鳴らすのが癖になっていました。
それをしていると、何故か心が落ち着きます。
その日も何の気無しにオモチャの拳銃に手をかけ、いつものようにカチカチ鳴らそうと引き金を引きました。
爆竹入ってました。
公演中言うまでもなく、可能な限り静かにしておくべき袖。
その袖で鳴らしても許される音、それのちょうど9000倍の爆発音が僕の手元で放たれました。
それと同時に火花もこんにちは。
公演中は出来るだけ薄暗い状態にしてある舞台袖。
その暗さと爆竹で放たれた火花が、一瞬にして混ざり合いました。
白夜
実際に体験した事はないですが、その瞬間僕が感じた景色です。
袖が白夜になりました。
分かりやすく言うと、快晴のハワイぐらい明るくなりました。
その瞬間、芸人をやり始めてから、初めての考えが僕の頭をよぎることに。
億%クビなる
公演中に爆発音を鳴らしたうえ、電気付けてる時より袖を明るくしてしまったんです。
恥ずかしさ、申し訳なさ、クビの可能性の焦り、色々な感情が混ざり込み、顔は訳分からんぐらい真っ赤。
とにかくめちゃくちゃに謝り倒しました。
公演中完全に客席まで聴こえてしまった爆発音は、舞台上に居た信濃さんが臨機応変のフォローで笑いに変えてくださりました。
いまでもあの瞬間を思い出すと、目の前に白夜が現れます。
ちなみに爆竹は、以前何か別公演で実際使った物がそのままになっていたものと思います。
ただ、僕の役は別に拳銃を腰から取ってカチカチなんてまったくする必要もないし、中身を確認せず勝手にそんな事してた自分が完全に悪いです。
みなさんもオモチャの拳銃をカチカチして心を落ち着かせる時は、今一度爆竹チェックをする事をお勧めします。