生まれてきてすみません
「生まれてきてすみません」
私の口癖だ。
幼少期、何かにつけて両親の口論の原因となった私。
「産まなきゃよかった」
そんな直接的な言葉をもらった事はさすがに無いが、二人にとって私が邪魔なのは子供ながらに明らかだった。
加えて、学生時代散々ないじめに遭う。
いつからだろう、私は「すみません」と言うタイミングで「生まれてきて」を付けるようになった。
今日も会社で上司に書類の不備を指摘され、
「生まれてきてすみません」
と頭を下げた。
新入社員だった頃は謝った相手から
「謝りすぎ」
とシンプルな注意を受けていた。
でももうみんな慣れた。
今の会社で5年以上働いた現在、私の口癖を気に留める者はあまり居ない。4月に入社して来る新人が私の謝罪シーンを見て目を丸くするぐらいだ。
定時に仕事を終え、去年奮発して買った黒のロングコートを羽織り会社を後にした。
いつもの駅で電車を降り、今日も家から3番目に近いコンビニに寄る。
毎日必ずこの3番目に近いコンビニに寄る。
3番目に近いコンビニで、デザートとコーヒーを買う。
私の日課。
私好みのバイト君が居る。
ちらっと見るだけでその日の疲れを忘れさせてくれる。
見るだけで良い。
レジをしてもらうなんておこがましい。
というか自分が緊張してしまうからわざと避けている。
今日も目の保養完了。
彼が品出しのタイミングで、店長と思しき、見るからに堅物そうなおじいさんのレジへ。
痛恨のミス。
レジへ辿り着く直前、カップに入ったプリンが手からスルリ。
3番目に近いコンビニの床に、私の胃に収まるはずだったものをぶちまけた。
「大丈夫ですよ」
ナイト参上と言わんばかりの第一声を放ち、作業の手を止め彼が駆け付けてくれた。
「生まれてきてすみません」
終わった。
顔を見ずとも、間で分かる。
私の謝罪から数秒空くこの間。
何度も経験した、人が引いてる間。
もう2度とここに寄る事は無いだろう。
思ったのと同時に、
「いえいえ、生まれてきてくれて、ありがとうございます」
※
その後私はぶちまけたプリンとコーヒー代を支払い、プリンの掃除をナイトに任せ、逃げるようにコンビニを後にした。
店の入り口でもう一度
「すみません」
と、頭を下げて。
3番目だけあって、私の家までは少し距離がある。
寒いはずの帰りの夜道が、今日は暖かい。
ロングコートのおかげではない。
初めてあんな風に返された。
明日も家から少し離れたあのコンビニに寄ろう。
おじいさんに会いに。
ーENDー