ズレてる

よく晴れた日の公園。

幼い子供連れの母親たちが徐々に増え出した頃。

作業服を着た40代の男と黄色い帽子を被った少年が知り合いではないであろう距離を取ってひとつのベンチに座っている。

男は缶コーヒーを飲みながら公園の真ん中に立っている細くて背の高い時計をさっきからずっと眺めていた。

少年はランドセルの肩掛け部分を両手で握りしめながらじっと地面を見ている。

ふと男が少年に目をやり口を開いた。

「君」

少年は答えない。

構わず男は続けた。

「君、今日月曜日やろ。あそこにある時計見てみ。まだ朝の10時半や。下校時間にしてはちょっと早いんとちゃうか?」

少年は何も答えずに、ベンチから立ちその場を去ろうと足を踏み出した。

「学校でなんかあったんか?」

その言葉を背中で受け立ち止まる少年。

「おっちゃんで良かったら話ぐらい聞くで」

うつむいたまま少年はまたベンチに腰を降ろした。

一時の無言の後、彼は口を開いた。

「みんなからな、のけもんにされとん」

しぼり出したような声は震えていた。

「のけもん?なんや?友達からハブられとんか?」

少年の沈黙がそうだと言っていた。

「それでもうこんな時間に学校出て来たんか」

「みんながな、僕に言いよん。お前はなんか変や、おれらとはなんか違う、って」

少年の声は一段と震え、目からは涙が溢れた。

「僕な、みんなとな、なんかな、ズレてるらしい」

一時の無言の後、次は男が口を開いた。

「あの時計見てみ」

うつむいたまま少年は言う。

「まだ下校時間とちゃうんやろ?」

男はまっすぐ時計を見たまま言った。

「あの時計な、ズレとんねん」

少年は顔をあげ涙を溜めた目で時計を見た。

男は続けた。

「あの時計10時半やろ。でも今ほんまは10時20分や。おっちゃんな、町の人に公園の時計ズレてる言われて直しに来た業者やねん」

「ぎょうしゃ?」

「まあそれが仕事みたいな人や。せやけど直さんとな、ズレてる時計見ながらここ座ってずっとコーヒー飲んどんねん」

「なおさへんの?」

「うーん、なんか直す気ならんくてな。あ、別に直すのが難しいからちゃうで。なんか、直さんでええような気いしてな。ほんで今、もう直さへん事に決めた」

「なんで?」

「ズレてるぐらいがおもろいからや」

「おもろい?」

「正確に時間刻んでる時計なんかこの世にごまんとあんねん。せやけど公園の時計ぐらいは、ズレてるぐらいがちょうど良いおもわへんか?」

「ちょうど良い?」

「せやな〜、君はお母さんに何時に遊ぶんやめなさい言われてる?」

「夕方5時」

「この公園やったら、5時10分まで遊べるで」

少年は涙を溜めたまま笑顔になった。

男も笑顔で言う。

「おっちゃんはズレてる方が好きや」

「おっちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

ーENDー












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