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完全放牧で牛を育てるということ

草むらの中に黒い物体を見つけた時、「あぁーここで産んでいたのか!探してたんだよ」と奈緒子さんが言った。奈緒子さんとは北海道様似郡新富町で駒谷牧場を運営している牧場主だ。こういうふうに書くと、「北海道・牧場」すごーい!何千頭飼育してるの?って思う方もいるかも知れません。でも、みなさんが想像しているのとはちょっと、いや、かなり違います。想像通りなのは大自然すぎるということくらいかな。僕が知り合った7年前はたった9頭(純粋アンガスの母牛8頭と、純粋なアンガスの種牛1頭)でした。携帯電話の電波もないこの地域で奈緒子さんと息子の2人+ジビーフ9頭、あとは熊やらキツネやら(笑)

僕が奈緒子さんの人生に関わるきっかけは一通の手紙からでした。そのときの状況を当時ブログに書いていますのでお時間ありましたらお読みください。長いです。

①2013年7月17日のメモ

思いついたことや参考になる言葉などはメモするようにしています。2013年7月17日のメモにはこんなことが書いていました。

現段階での僕の感想はかなり難しい。放牧アンガスの肉は、小売としては商業ベースに乗りにくいというのが本音。肉屋の店頭やスーパーでも売りにくい、いや、売れない。というのも、赤身で水分が多い肉なので変色とドリップは避けられず、かりに背景や健康によいとわかっていても、おそらく見た目で判断されて敬遠される。それとやはり味の問題。いまのところストーリーありき。ストーリー買いでもいいのだが、結局は味がよくないと応援は続かない。それと、ストーリーや応援で買ってもらことほど生産者を惑わせるものはない。ついついその気になって設備投資や頭数を増やしてしまって借金まみれの農家を山ほど見てきた。だからやるからには人生かけてやらないとみんなを不幸にしてしまう。何年かかるかわからないけど奈緒子さんの人生にとことん付き合っていく覚悟。間違った事さえしなければ必ずいまの牛肉の価値をひっくり返すほどのインパクトを与えられるはず。

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あれから6年半。ジビーフを販売するには紆余曲折ありました。7頭目まではまったく誰からも見向きもされなかった。サーロインとリブロースだけはシェフに頼んで使ってもらっていたのですが、義理買いだということは重々承知していました。ジビーフが入荷する度にシェフにお願いするのが心苦しかった。いつもお願いしているシェフからもとうとう冷蔵庫が食材でいっぱいなのでいらないと言われたとき、実際はホントかどうか分からないけど、気持ちが落ちた。もうお願いするのはやめよう。

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入荷する度に自分で食べた。しかし限界がある。毎日ジビーフはさすがに辛い。冷凍庫がジビーフでいっぱいになっていった。スタッフからなんとかしてほしい、他のものが入らないとクレームを言われ、仕方なくレトルトカレーを作った。レシピは「Oh!セレクション」で大賞をとった「近江牛を極めたカレー」のものなので売れると思った。結果、賞味期限の2年が過ぎ今度はカレーの在庫が増えただけだった。ちょっとだけヤバいかもと思いはじめた。

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    6年前の3月、冬は行くもんじゃない

奈緒子さんに「ジビーフ本当に売れてるの?」って何度か聞かれた。「もちろん売れてるよ、心配しないで」と答えたものの実際は売れていなかった。ただ、根拠はないが旨くなると思っていた。いや、自分に言い聞かせていたのかも知れない。枯らしたり熟成させたりジビーフに向き合っても結果は出なかった。

それよりも奈緒子さんのモチベーションを下げることはしたくなかったので僕はいつも強気でいなければいけなかった。奈緒子さんの姿勢がジビーフの肉質に影響するような気がしていたから。

この頃、年に数回はジビーフを訪ねた。奈緒子さんは無邪気に「新保社長!また産まれたの!」と顔をくしゃくしゃにして報告した。行くたびに増え続けるジビーフになんとも言えない気持ちになった。

②起死回生のNHK NEXT

2015年5月15日、「クローズアップ」という北海道のみの放送だがジビーフが取り上げられた。これが予想外の反響で急遽5月20日に今度は全国版「NEXT」で30分間放送されたのです。

③ジビーフに火がついた

深夜の放送だったが、翌朝から問い合わせの電話が殺到した。10件や20件じゃなかった。100件を超えた問い合わせだったが嬉しくもなんともなかった。それはジビーフがまだ僕の思う肉質(味も含めて)になっていなかったという点と、問い合わせの多くが珍しもの見たさだったからだ。もしかするとハートの熱いシェフがいたかも知れないがすさまじい問い合わせに疲れ果てた。縁があればどこかでつながるだろうと思っていた。後に函館コルツの佐藤シェフとご縁ができた。なかひがしさんとのご縁もNEXTがきっかけだった。

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⑤料理人との相性

ってありますよね。たまに、焼くのは上手なのに肉がねー、って場面に出くわすことがあります。店の方針や原価の問題でその肉を使わなければいけない理由があるにしても、シェフと肉が合ってない、つまり相性が良くないってこと。ジビーフなんかその最たるもので料理人との相性次第なんです。僕は料理人に合わせて仕上げていくのですが、そういう意味で見えない方に販売するのはやっぱり躊躇してしまいます。

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    ジビーフのヒレはすべてラフィナージュ高良シェフのもとへ

⑥最近のジビーフはどうなの?

理由はわからないけど、僕が出会った7年前とはまったくの別物です。奈緒子さんの姿勢なのか、僕がジビーフの手当てに慣れてきたのか、どちらにしても一頭のジビーフをカレーにすることもなく、きれいになくなります。一か月に一頭の出荷では足りないくらいです。ストーリーありきの応援買いではなく、ジビーフに和牛より高い価値をつけてくださるお客様がいらっしゃいます。まだまだ道半ばですが、ジビーフとともに、奈緒子さんとともに・・・まっすぐに肉道を歩んでいきます。

⑦ジビーフ「なおみ」と西川奈緒子さん

2019年8月20日、先日、あと二日で16歳(191ヶ月令)になるお母さん牛「なおみ」を出荷してしまった。

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私と一緒に牧場の再建に向けて共に歩んで来た云わば同士だ!
16歳…人間で言うところの80歳くらいかな。
なおみは毎年ちゃんと赤ちゃんを生んだ。これまで少なくとも13産くらいはしているだろう。完全母乳のその乳は大きく垂れ下がり、近年では生まれたばかりの仔牛がずいぶん下にある乳頭に吸い付くのに苦労していた。去年生んだ仔牛は小さく今でも成長は遅い。

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そして今年の5月のある朝…なおみは仲間と離れて独り山の奥に居た。お産場所を定めたところだったのだろう。私が近づくとなおみはそわそわしだしたので、私はいったん退散して生んだ頃に見に来ようと思いその場を後にした。ベテラン母ちゃんは、私が見ているといつまでも生まない。何故ならお産を控えた母ちゃんにとっては私も敵なのだ。一時間程してさっきの場所に行ってみるとなおみはいなかった。さっき、私にお産場所を見つけられたので生む場所を変えたのだ。そこから数百メートル行った別の林の中になおみは座って居た。その横には仔牛が横たわって居た。仔牛はそれほど小さくなく、むしろ大きめだった。

しかし、息をしていなかった。仔牛の表面だけが綺麗に舐められ地面についた側は羊水が付いたままだった。死産だった。

悩んだ末の出荷…これまでもう十二分に頑張ってくれたなおみ、なにもお肉にしなくたって、最後までこの牧場で余生をまっとうもらっても良かったのかも知れない。

今回、偶然にもなおみが一昨年生んだ息子の「伊藤さん」(27ヶ月令 去勢)と一緒の出荷になった事は、いくらか私の気持ちを楽にしてくれた。生まれた時から出荷までずっとお母さんと一緒に居られる伊藤さんは幸せなんじゃないかな?

そして息子の幸せは何より母親の幸せなのだ。
なんて言い訳しながらも…
もしも、出荷されたあと、なおみの肉がどこでどうされるのかが分からなかったとしたら…私は出荷しなかっただろう。

でも今は、お肉になったなおみの最後まで想像できる。手当てしながら、料理しながら、噛み締めながら、『簡単ではない命』を感じて貰えるだろ!

出荷する直前、生まれて初めてのモクシを付けられた時、なおみは静かに鳴いた…

今まで、そしてこれからなおみと出会って下さるすべての方々に多くの幸せが訪れますように。

西川奈緒子

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だれかが書いていた。

「地球上には素晴らしい食材があり、その食材を作る生産者がいて、料理人がいて、サービスマンがいる、。そして食べる人がいる」

いつものことだが僕たちの存在(仕事)に気づいてもらえない。でも、僕はこの仕事に誇りをもっている。僕がいるからジビーフはおいしくなっていく。それくらいの自信がなければジビーフは扱えない。

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なおみを40日間熟成させた。シェフたちから、お客様から歓喜の声が届いた。僕も蔓ききょうさんでしゃぶしゃぶで食べたが驚くほどおいしかった。

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新保吉伸/Niiho Yoshinobu
ありがとうございます!