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「しあわせは食べて寝て待て」1巻
2022年7月某日
「しあわせは食べて寝て待て」1巻
水凪トリ 著
秋田レディースコミックス
本格的に…車🚗がダメで…買い替え模索中TT
映画に行けない…TT
ちょっと気持ちを切り替えるべく、
#バリューブックス で読みたかった本や漫画を大人買い🥳
先日のあみ子もその中の一冊。
お気に入りリストに保存していたのを次々に。
これもようやく買ってみた。
「ていねいな暮らし」系ならもう、
インスタやVlogで食傷気味だよなぁ…
と想像してたのと違って
重めの動機が軸になり、低めのトーンなのが落ち着く。
ギトギトしてない絵のタッチが好み。
登場人物の少しずつの凸凹が愛しい。
この登場人物達は、
コロナ禍の様な事態にもろい、
完全に「弱者」に分類される人達だなと、
コロナ禍生き延びられたかなTTと、
漫画の中の人々なのに無駄な心配性を発動する私。
そんなふうに、1巻であっという間に
大切にしたい人達と思わせる。
この少し力の抜けた様なタッチがすごくいい。
(でもデッサン?なんと言うのだろ?スクリーントーンの代わりに手描きで描いている背景の部分、とかが、
とても細かく丁寧に書き込まれていて温かい。)
ところでこれもまた、
ドラマ化や映画化の触手がうごめいてるのだろうか…
まるで映像化が作家の成功の証みたいな価値観も
あるのかも?だけど、
なんだかそれって、映像分野と紙媒体分野との、
力関係が不均衡ではないのかしら。
先生と呼ぶのは形式ばかりで、
作家が映像界にいい様に食い荒らされてしまう感じ。
作家からしてみればある種の暴力…
になる時もあるのでは…
なーんて、人によるでしょうけど。
勝手に思いました。
映画FLEEは個人を守るためにアニメーションを使った。
今日マチ子の漫画「ぱらいそ」←追記,訂正「cocoon」では
残酷すぎて映像では表現できない沖縄地上戦を
可憐なタッチの画力を屈指して漫画で描いた。
「描いた絵」だけが表現できる世界。
「文章」だけが伝えられて、
「読む人」だけが受け取れる密やかな世界。
映像化する側も勿論
クリエイターであり芸術家である一方、
資本主義を振りかざして作品を搾取する側でもある。
実写化の暴力性にヒリヒリすることがある。
余談…
暴力性で思い出すのだけど、
やっぱり私、根に持ってるわ、ベイビーブローカー。
赤ちゃんポストとその母親(と父親!)の事が、
社会の反応として結果的に「ネタ化」に過ぎなかった事が
やはり私には深いわだかまり。
(この映画の感想は過去に2回書きました)
(これは紙→実写化から話が逸れてるけど思い出して書いちゃった)
話を戻して。
もちろん、
現実や原作に最大限配慮して、
工夫して葛藤して最高のものを追い求めている
のだろうけども。
ちょっと書きたくなって書き留めた次第。
あーしかも、「昨日なに食べた」の実写は大好き。
そして原作は読んでないなぁ。。
思いつきみたいに、テキトーなこと書いてすみません。
なんというか…
私もモノを作る側の人なので
(はしくれ中のはしくれだけど)
大きな資本から引き上げられる事のありがたみも分かるけど、
アイデアと作品の見えない価値を、
大味な方法で奪い取られる事の悔しさも体験する。
相手の経済的優位性が大きいほど悔しさも強い。
(同じものを作ってるのに、
資本が大きい時の方が褒められる不快感とかも)
ちっぽけな個人vs資本主義の非対称性。
儲かる方が価値がある、
経済的結果が伴う事が評価されるという資本主義はもう終わって欲しい。
もうみんな疲弊していて、きっと限界だと思う。
儲からなくとも、目立たなくとも
価値のあるものは価値があり、
重要なのはそれが消されずに
「静かに存続できる」様な、次の世界。
今の価値観はもう終焉を迎えていると、
それを考えてる人も静かに増えていると感じる。
次の資本主義…じゃなくて資本主義の次なるもの。
政府の言うやつでは無くて。
#しあわせは食べて寝て待て #水凪トリ
#漫画 #コミック #本 #読書記録
#映画 #ドラマ #鑑賞記録
結局は「あみ子」の映像化を観るのが怖いっつう話でした。
(えーそこ?)
文学の繭に包まれた存在だったあみ子が、
無防備に大衆の視線に晒される暴力性。
常々思う。
同調圧力の強いこの国で
「普通」から弾かれる存在を描く時、
それは当事者が取り残される様なものでないことを願う。
映画あみ子がそうでなかったとしても。
私個人としてはあの作品は小説だけでお腹いっぱいかな。
日本人は変わり者が苦手だ。
人見知りだからね。
「普通」っていう大きな乗り物の横に、
言うたらサイドカーみたいな入れ物を作って走らせても、
一生サイドカーにしか乗れないんだったら…
って言うか別にそもそも、
同じとこに向かって走りたいなんて言ってないんですけどね。
#今村夏子
#こちらあみ子