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01. 命の煌めき

 石段を登ればあっと言う間に景色が変わる。夏の暑さと湿気をほんのりと浴びた赤い提灯がずらり。光がゆらふわと漂う。照らされて溢れる鮮麗な色と命の活気。久々に感じた、地元の空気。
「ふたりとも、はやくぅ!」
 私と夫の手を引っ張る娘。パリッとした浴衣を着ていて、とってもとっても眩しい。甘そうな練乳色を基調としたもので、清い露草色の流線の中で浮かぶ、若く温かな蜜柑色の花が散りばめられている。その合間を縫って、脈打つ緋色の帯から生まれたような金魚たちが遊泳していた。
「小さい頃のあなたにそっくりねえ」
 もわっとした空気の中で、カラリと聞こえる母の細長い声。そう、その通りだと思った。
 私にも、こんなに小さかった頃がありました。

 新しく買ってもらった、鮮やかな赤い紐が結ばれた下駄をからん、ころん。からん、ころん。
 もっと大きくて温かかった両親の手を握りながら、どんちゃんちゃんと踊る音に合わせて歩いた。迷子にならないように母がつけてれた鈴が、帯で揺れてりんりんと鳴る。私はおまじないのように「きんぎょ!きんぎょすくい!」と繰り返していた。夜に浮かぶ光の玉のように、両親はふわふわと笑ってくれた。
 目的地には、まぶしいまぶしい煌めきが漂っていた。下駄をかんこん鳴らして近くと、煌めきの輪郭がくっきりと目に映った。明かりを反射し、波間を縫って輝き泳ぐ金魚たち。金色と銀色の鱗と鰭が子供心にも美しく思えた。
 手にはいつの間にか緑色のポイが握られていて、一生懸命に水面と睨めっこした。
 その向こうで泳ぐキラキラを必死に捉えようとした。
 やんやと賑わう周りの音が、シンと、ゆるやかに、水の息と入れ替わる。
 キラリ。ふわり。ゆるり。
 ここ!ピシャリとポイで水を切った。
 達成感から来る喜びは儚いもので。器の水には、丸くて虚ろな目で浮かぶ、艶を無くした白い金魚が浮かんでいたのでした。

「……ちょいと!」
 幼くも濃い記憶から呼び戻す母の声。金魚が入ってる大きな桶は一歩遠くにあって、そのそばで娘がしゃがみながらこっちを見ている。あの時と同じ、大きく潤った瞳。
 母に背中をそっと押されて、やっと娘に呼ばれていたことに気がついた。
 あまり屋台に近づきたくない。
 けど、愛する娘が呼んでいる。私はうつむき、なるべく視界に入れないようにしながら娘の元へと歩み寄る。
「まま!みてて!」
 頷くけど、ママは自信がないよ。後ろへ引っ張られる心を必死に抑えて、娘の横顔だけを見る。日光をたっぷり浴びたほっぺたがほんのりと小麦色に照らされている。太陽の方が似合う若々しさ。
「どうした、さっきからボーッとして」
 銀縁の老眼鏡をかけた父がぼそっと声をかけてくれた。悲しいくらいに夜の光が似合う。金魚の強い輝きに毒されてしまうのではないかと、バカなことを考えてしまう。
「大丈夫、大丈夫。暑さにちょっと疲れちゃっただけ」
「おいおい、無茶するなよ?」
「うん、ありがとう。お父さんこそね」
 また娘の横顔を見つめる。今夜は特に暑いな。

 提灯の明かりが水面に反射したまま。金魚たちもまた煌めいて漂う。眩しすぎて魂を蝕んできそう。短命ゆえの輝き。薄れていけば終わりの印。とても儚い生き物。

「とれた!まま、ぱぱ!とれたよ!」
 ほっぺたを赤くして、愛しい娘は悍ましい桶を近づけてきた。どうしよう。うまく焦点を合わせられずにいる。夫は迷わず桶を覗き込んだ。後ろから母の香水の匂いが。昔見たあの寒い景色がよみがえる。
 いやだ。いやだ。しんぞうがしめ付けられる。
「あらまぁ!綺麗だねぇ〜」
 母が娘のおけの中をのぞく。
 あの時とはちがう。違うんだ。
 理性ではこえられない葛藤が頭の中で静かに回る。
 祭りの光で酔いそうだ。
「まま!みて!」
 娘が桶の中身を見えるように突き出した。思わず声を漏らしそうになったけど、後ずさりしそうになったけど。愛する子の心を守るために耐えた。身構えながら、ゆっくりと、ゆっくりと。ああ、ちらつく。いやだな。みたくないな。
 いきがつまる。

 鱗が、金色に光った。

 上品な絹がひらひらと舞い、着飾った鱗は温かな色で染まっている。
 しっかりと目を光らせながら、せっせと泳いでいる金魚がいた。
 老いた父と母に笑顔を燈らせて、若い娘には明るい未来を想像させてくれる。
 なんだ。やさしい子じゃないか。

「まま、まま!いいかんがえがあるんだけど!」
 娘の笑顔に負けないくらい、とっても眩しかった。

 国空が蒸し暑いため息をつき続ける。国土では何が起こっているのかも知らないまま、お構いなしに熱を帯びてゆく。そんな今日も、私たち家族は夏休みを満喫しようと外へ足を運ぶ。玄関を出ようとすると、娘は振り返って言った。
「いってくるね、きんちゃん!」
 前庭に植えられて育ったしだれ柳。新緑にツヤめく葉っぱの隙から溢れ出る木漏れ日が、玄関に流れ込む。靴箱の上に住む新しい家族。その子のガラス家を明るく照らし、その子は優しく泳いで日向ぼっこをしているようだった。

 昔の幻は、光の中へと溶け込んで消えましたとさ。





著:森悠希 お題:「木漏れ日」「金魚」

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