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ショートショート「ツッコミべたな月木さん 」


「わたし、最近ツッコミの練習してるのよ~」

 始まりは雑談中の何気ない一言だった。おっとりとした口調で話す彼女の名前は月木。職業はコンビニ店員。パンの補充をしながら、向かいのコーナーで作業をする店員と雑談をしている。

「いつか、星村くんのボケにツッコミ入れてみたいなぁ~と思って」
「はぁ。そっすか」

 星村と呼ばれた店員はそっけない声で返事した。彼はコンビニでアルバイトをする傍ら芸人として活動している。シフトの時間がよく被る月木とは、気兼ねなく雑談できるほどには仲が良い。
 月木はお笑い好きなのでよくお笑い談議で盛り上がる。ときに意見が食い違うこともあるが、星野は決して意見しない。三下気質の星野は先輩には常に気を使うのだ。嫌いな芸人の話題でも、月木が好きと言えば嘘をついて話を合わせることもある。
 そんな星野は今、先輩店員である月木に対して微妙な返事をしていた。

(いるんだよぁ~。芸人と知り合いになったからって調子に乗っちゃうやつ)

 その上、内心ちょっとキレてた。
 星野は芸人という職業に誇りに思っている。一般人と芸人はすぱっと線引きがされていなければ気が済まない。
 よって、パンピーのくせに芸人のノリをしてくるやつを憎んでいる。芸人なんでしょ?面白いこと言ってよ、と言われた瞬間にキレすぎて本気で泣いちゃうくらいには憎んでいる。

(あと俺、ボケじゃなくてツッコミだし!)

 加えて、たぶん月木が芸人としての星野に詳しくないことが分かってショックを受けている。

「……」
「星野くん?どうしたの?」
「あ、あーいや、なんでもないっす」

 星野は何も言わないでおくことにした。天然な月木がたまにノンデリ発言することを知っていたし、深夜で客がいないとはいえ、今は勤務中だ。私情で騒ぐわけにもいかない。

「それでね。星野くんにツッコミの練習の成果を見せたいから、ボケて欲しいなって」
「……いやー?」
「ダメ?」
「しょうがないっすねぇ。ちょっとだけっすよ」

 月木のいるパンコーナーへと向かうと、品出しされる商品が詰まった青い箱の中からメロンパンを一つ手に取る。何の変哲もない、ただのメロンパンだ。そして、それを月木に見せつけるように突き出した。

「先輩!これ、見てくださいよ。これ!本物のメ ロ ンじゃないですか!?夕張だよこれ、うわーすげ。コンビニも本物のメロン売る時代だ。網目すごいですよこれ!」

 くだらなすぎてブラウザバックしようとしている読者諸君。ちょっとだけ待ってほしい。
 これは意味があって、あえてくだらなくしている。メロンパンをメロンと言い張る、というボケ。小学生でも思いつきそうだが、重要なのはおもしろさではなく、ツッコミやすさ。
 「いや、メロンパンやろどう見ても!」と言わせて月木の言ってやった感を満たせればそれでいい。分かりやすいので至極単純なツッコミの基本「なんでやねん」を言うだけでも成立する。もし、月木が照れてツッコめないのであれば、セルフツッコミにも発展できるから場は悪くならない。計算されたツッコまれ専用のボケだ。
 さて、どうでる?
 
「……」

 さすがにくだらな過ぎたのか、月木は笑顔のまま固まっている。

「っていやメロっ……え?」

 焦った星野がセルフツッコミに転じようとした瞬間、視界から月木の姿が消えた。周りを見渡す暇もなく、足元に衝撃が走り、バランスを崩してしまう。
 月木が繰り出したのは姿勢の低い、弧を描くような足払い。格ゲーのしゃがみ技みたいな蹴りだった。威力は軽いが体勢を崩して転ばせるには十分。
 続けて、前のめりに倒れる星野のがら空きの腹部に鋭い膝蹴り。高校時代に陸上部に所属していた月木は、蹴りだけで鉄板をひしゃげさせられるほどの足のバネを持つ。

「せりゃああああああ!!!」

 落下+蹴り=必殺の一撃(ツッコミ)

「がぱおっ!!!」

 蹴りを食らって綺麗にくの字に曲がった星野はなす術もなくそのまま後方に吹き飛ぶ。しかし、その隙を月木は見逃さない。

 獲物を追うための直線的な跳躍、追撃開始。
 アッパー、肘鉄、回し蹴り、金的、裏拳、頭突き、金的、右ストレート、金的、金的、金的、金的、金的。

「あぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!あぱつ!あぱつ!」

 一瞬のうちに容赦のない連撃が星野の体に刻まれる。いまやツッコミの制空権は月木が支配していた。
 月木は終わりとばかりに足を上に振り上げる。放たれたるは跳躍の勢いを全て乗せたかかと落とし。

「喰らえやあああああああああああ!!」
「あうすとらろぴてくすっ!」

 地面に蹴り落された星野は勢いを殺しきれず、店内をゴムボールのようにバウンド。あらゆる商品を破壊して回る。最後にレジを破壊し、その勢いを止めた。
 優雅に着地した月木は一言

「メロンパンやろがい」

 と言い残して星野の頭に潰れてひしゃげたメロンパンを置いた。
 星野は何も言わず、ただ、そのメロンパンを抱いて泣いた。

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