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2020年ラストnote

いつもお読み頂き、ありがとうございます。
スキやコメントは嬉しいものです。
励みになりました🌿

年の瀬、さらに嬉しいことが🙌
ご紹介頂いたのです。
心に沁みる美しい詩を添えて。

ご紹介下さったまつおさんは奥さまと愛犬を亡くされました。十年ほど前の私を見るようです。

お返しではござませんが、ふと浮かんだ情景書いてみます。

 🌸 🌸 🌸

「あたしはさ、父ちゃんに褒められたことなんて、これまで一度もなかったの」そう言うと窓外へ目を向けた。「一度もだよ」

薄曇りの空を背に、ガラスの外で寒椿が咲いている。重なる葉は微かに揺れた。

『そうか』声が掠れる。一瞬、ミドリのふくらはぎを擦っていた手は止まる。私は介護ベッドの反対側へ移動した。

それからまた、ゆっくり擦り始める。

寝たきりの生活で、血行が悪くなってはいけない。入院先から自宅に引き取った後も、暇をみては擦っていた。

「乗馬やりたいって言った時も、オール5を取ったらやらせるって。ムリに決まってんじゃん。クソタカじゃないんだからさ」

クソタカとは一つ違いの弟である。子供時分から出来は良かったらしい。

─見舞いに来た今日も、そつが無い。ミドリが蕎麦なら食べられると言えば、三つ下の弟を伴い、近くのスーパーで買い揃えてきた─

「よくケンカしたな。生意気だよ、あいつはさ。お前はボキャブラリーがプアって。コノヤロウだよね。なーにが」

『ボキャブラリーがプア』

笑みがこぼれた。ふと思う。このところ笑ってない。よくない兆候だ。笑わせなければ。

だが、自分が笑えないのに、どうやって病人を笑わせたらよいのか。

取り留めもなく話は続いた。

高校時代のあれこれ。30年前か。早いな。あっという間。やだね。今だってさ、何だか夢を見てるみたいよ。どうしてこんなことになっちゃったかね。

運命って決まってんのかな。あたしの病気を知ったら、父ちゃんと母ちゃん、帰りの電車で二人並んで座ったまま泣いたんだって。

私は痩せ細ったふくらはぎ、足の裏へマッサージを進める。あぁ血が戻ってくる。ミドリは目を閉じて嘆息した。

日が暮れていく。静かだった。窓の外。椿の葉が時おり強く揺れた。

─蕎麦を食べ終えると、義父母と二人の義弟は帰っていった。辺りがしんとする─

「あたしホント、父ちゃんに褒められたことなんて一度もなかったんだよ」

─ミドリは珍しく食べた。いつもなら、一口か二口だ。なのにどういう加減か、一人前は平らげる勢いだった。

大丈夫かと心配になる。

食べ終えると、義父はえらいねぇと囁きつつミドリの頭を撫でる。黒縁眼鏡の奥で目が細まる。世の中で、これ以上誇らしいことなどないという優しい顔つきだった。

ミドリは口を開け、幼子のように頭を撫でられながら、呆然とした表情に見えた。

何か言わなければいけない。

けれど、言葉は一つとして浮かばない。五人家族を前に部外者の気分だった。

義弟のタカシが私の知らない冗談を言うと、下の弟が返す。義母も笑顔。目を細めた顔立ちはミドリとよく似ている。

義父が不意に背を向けると俯いた。ズボンのポケットからハンカチを取り出す。太い指先がつかえる。肩が小刻みに震えていた─

「まさかね。蕎麦食って、褒められるとは思わなかったよ。偉いでしょ、ミドリちゃん

『ああ。偉いよ』

──そう言った途端、周囲はぼやけ始める。淡い光に包まれる。目が覚めた──

私は泣いていた。

 🌿 🌿 🌿

なんだか寂しい話になりました。


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