ジャズを聴き初めて少し経った頃 マルとの遭遇 2
マルが来るってよ
そんな情報を 誰から仕入れたかは覚えていないが 芦屋の小洒落たライブハウス(ジャズ喫茶?)に マル・ウォルドロンが来るらしい しかも スティーブ・レイシーも来るそうだ
マル・ウォルドロンとスティーブ・レイシーのユニットが こんな 関西の小都市で聴けるなんて 今思い返してもすごい話だ
さっそく スイミングでバイトをしていた学生と 観に行く事になった
坂を少し上がったところに そのライブハウスはあったのだが 坂の途中に喫茶店があり やや季節外れの皮ジャンパーを羽織った外国人が もう一人の男と 食事しているのが見えた
『あれ スティーブ・レイシーやん』
生レイシーを目撃したわたしは 早くもテンション爆上がりである
店に入る
カウンターがあり 椅子席がステージの前に設えてある よく見るライブの風景だ
メンバーは まだ時間が早かったので それぞれの風情で寛いでいる
ベーシスト(名前が思い出せない なんちゃらなんちゃらアブレウだったと思う)が ステージの横にビッシリと並んだレコード棚から グラント・グリーンのレコードを取り出して 店主(だと思う)に かけてもらっていた
スティーブ・レイシーが入ってきて 皮ジャンを脱いで ソプラノ・サックスを取り出した その仕草が 横に座っていた客のツボにはまったらしく 相方に言う
『おい 見たか?皮ジャン脱いでソプラノ・サックス取り出して クーっ』
そうして ライブは始まった
この日は サックスのスティーブ・ポッツが絶好調だったらしく 熱い演奏を繰り広げていた
スティーブ・レイシーも 安定の演奏だったし マルは 演奏はもちろんだが ピアノの上に灰皿を置いて 他のメンバーのソロの間に 細長い 薄茶色のタバコを美味そうにくゆらし その指には でかい宝石の指輪 というところまで 絵に描いたようにマルしてた
あと ベースが良かったと記憶する
宴も盛りとなりました という雰囲気になった頃 店主(だと思う)が マルに向かって 盛んに『アローン アローン』と囁く
マルの顔に 一瞬困惑が広がる
その頃のマルは 『レフト・アローン』という 昔 歌伴をやっていたビリー・ホリデーに捧げた曲をヒットさせていた
それが 特に サックスの゙ジャッキー・マクリーンの演奏が 日本人の涙腺を痛く刺激し 日本に来たら レフト・アローンを何度もやらされて辟易していた のだそうだ
そんな事情も知りつつ わたしは成り行きを見守っていたのだが 店主(たぶん)のリクエストにおれた形で マルはピアノに向かい 崩しに崩した曲を ソロで演りはじめた
だが それが『レフト・アローン』であることは すぐさま客席からの大きな拍手で明らかになった
それがよかった
すごく よかった
レコードに記録された ジャッキー・マクリーンのレフト・アローンではなく
この夜のレフト・アローンは マル・ウォルドロンのレフト・アローンだった
マル・ウォルドロンも 忸怩たる思いで鍵盤に向かったのだろう
しかし この夜は仕方がなかった
店の名前が『レフト・アローン』なのだから