「『容疑者Xの献身』は石神がイケメンだと成り立たないのではないか」説について思うこと。
*本記事には、「容疑者Xの献身」のネタバレが含まれます。未読のかたはご注意下さい。
ソースは忘れてしまったが、映画版「容疑者Xの献身」について「堤真一が石神では、いい男すぎてあの話は成立しない」という感想を見た。
それを見たときに、確かにそうだなと思った。
堤真一は素晴らしい役者で演じた石神も凄く好きだ。石神だったらこういう雰囲気で、こういう話し方や動き方をするだろう、と思わせるような文句のつけようのない演技だった。
だがそれでも、石神が福山雅治と並んでもまったく見劣りしないいい男だったらあの話はあり得たのか、と言われるとまずないだろう、という体感がある。
「容疑者Xの献身」が成り立つには、
石神は、湯川のように石神の天才が分かるごくごく一部の人間以外にはまったく理解されず、存在を無視される人間である。ゆえにとてつもなく孤独で、その孤独ゆえに絶望している。
という条件が必要なのだ。
石神はほとんど全ての他人から疎外されているだけではない。自分(の真の力)からも疎外されている。
「堤真一が演じる石神」は、「誰からも無視され、存在を顧みられない」という説得力にイマイチ欠けている。
堤真一は「石神の振る舞い」何を考えているかわからない無表情やボソボソとした抑揚のない話し方、暗く近寄りたくないような雰囲気や言動を正確に表現している。
だが同じ雰囲気や言動でも、石神であれば「薄気味悪さ」「怖さ」「不気味さ」を感じさせるのではないか。
靖子の石神に対する態度を見ても、石神はいわゆる「キモさ」を人に感じさせる存在なのだと思う。
堤真一が演じる石神には「キモさ」がなく、同じ振る舞いでも「哀愁」「切なさ」が滲み出ている。
「これで女にモテない→誰にも顧みられず絶望的な孤独の中にいるなんてないだろ」という感覚が、理屈よりも先に来てしまう。
「ただイケ」問題に収束しそうだが、女性が男に惹かれるのは外見以上に「性的魅力」が大きいと思う。色気、フェロモンと言われるものだ。
石神は外見も含めて、「女性が異性として理屈抜きで惹かれる要素」が皆無だったのではないか。
人は誰からも認められない……どころか、存在が透明化したかのような孤独に陥ると、どんな手を使っても自分という存在を訴えたくなる。
「どれほど良い方向に努力しても報われなかった」というルサンチマンを抱えているので、世の中に害をなす方向で自分という存在を訴える。
石神がルサンチマンに陥らなかったのは、元々の性格もあるだろうが、靖子という神に出会い信仰に目覚め救われたからだ。
石神が靖子に抱いた、自分も他人も犠牲にしその犠牲を全て自分が被るような献身的な恋(信仰)は、深い絶望からしか生まれない。
「容疑者Xの献身」がストーリーとして何の救いもなく(そして石神が無実の人間を殺した、という非があるにも関わらず)どうしようもなく美しいのは、石神の信仰のすさまじさによって彼がどれほど孤独だったかがわかるからだ。
「容疑者Xの献身」は、石神という巨大な才能を持ちながら誰にも理解されずに死んでいく、一人の人間の祈りの物語なのだ。
石神は何故、最後に靖子に手紙を残したのか。
頭では「それはやっては駄目だろ」と思うが、感情は石神の手を取って「わかる!」と言いたいくらい共感している。
靖子に自分の献身を知って欲しかった、のではない。
「自分が靖子によって救われたこと」をひと言伝えたかったのだ。
「やってあげたこと」ではなく「してもらったこと」、それがどれほど自分にとって救いだったかをひと言伝えたかった。
相手は神さまではなく生身の人間なのだから、「あなたの存在そのものが私の救いなのだ。その祈りとして人を殺した」というクッソ重い感情を受け取れるわけがない。
靖子がそうなったように、罪悪感に耐えきれず「私も一緒に罪を償います」となるだろう。
どう考えても伝えてはいけなかった。
それでも伝えたかった。
靖子が石神の下へ来たのは、石神の祈りが届いたからだ。
石神が絶望して泣き崩れるシーンを思い出すたびに、「石神、報われたな」と声をかけたくなるのだ。
(余談1)
湯川と石神の友情を描くにあたって、より多くの層に受け入れられるために堤真一がベストの配役だった、というのはわかる。
作内で靖子が石神に嫌悪を示したように、石神(男)の靖子(女性)に対する感情は、受け取る側の女性からすると負の執着と不気味さでは大して変わらない。
本来は不気味なものを受け入れやすく見せるにはどうするか、ということも考慮に入れられたのかなとは思う。
(余談2)
個人の救いの話であり、社会的な倫理は前提として逸脱していると思っていて、石神にがっちり感情移入してしまう自分でも、ホームレスは気の毒だと思う。この話の一番の被害者だ。
(余談3)
これを読んで思い出したのだが、うまく関連づけられなかった汗。