C95新作『ウワサのキリコさん』その②
本日は前回の続きをお届けします!
適度な暇つぶしにぜひぜひ~。
元ネタの『嘘みたいに上手くいくクトゥルフ神話TRPG』も最新作がアップされたようなので、そちらも是非チェックをば! こちらから!
今回は調査パート。学園オカルトものが好きな方なら「あるある」っぽい調査シーンとなっております。名探偵役の人は一人称でも何をどこまで考えているのかわからない、というのがポイントですね!
では、以下より前回の続き。
・十一月十八日 羽入大学付属女子高等学校 十五時半 警備員控室・
まずは情報収取を開始することにした。
この学園内で起きていることであれば、学園内を定期的に見回っている警備員さんの方が知っていることも、目撃したこともあるかもしれない。
そう思った私は、玄関の横にある警備員さんの控室に向かった。
「すみません、ちょっとよろしいかしら」
ノックして開けると、そこには中年の男性が大きなマスクをして立っていた。
「へっくしょん!」
と、大きなくしゃみで返事されてしまう。
「わっ、大きなくしゃみっ!」
「へっくしょん! あ、ごめんね。ちょっと風邪引いちゃったみたいで。どうしたの?」
この方が倒れてしまった警備員さんで間違いなさそうだ。
「もしかして、昨日の夜中に怖いものを見ちゃったんですか?」
ちはる先輩が単刀直入に尋ねる。
「……お嬢ちゃん、それ、どこから聞いてきたの?」
警備員さんは深刻そうに小声で尋ね返してきた。
「噂になっているんですけど……え、本当にあるんですか? 実はですね…………」
このまま説明は彼女に任せて、私は警備員さんの様子をまじまじと見つめる。
風邪を引いているのは間違いないだろう。目が充血しているし、鼻声だし、耳も赤い。
私とちはる先輩が尋ねてきたことで、少し嬉しそうにも見える。多くの女子生徒たちが警備員さんに対して話しかけることなんてないので、喜んでいるのかもしれない。
体格は中肉中背、年齢は二十代後半から三十代半ば。学校を警備しているからといって、その立ち姿からは特に武道などの経験があるようには見えなかった。
「という感じで、噂が広まってるんですよ~」
私が見ているうちに、ちはる先輩の説明は終わっていた。
「うーん、ヘンな噂になって学校の印象が悪くなるかもしれないからって先生方に口止めされているんだけどねぇ」
「つまり、本当なのね」
「へっくしゅん!」
くしゃみで返事されてしまった。
「つまり、昨日も警備を担当されていたんですね。ええと……夜の見回りの際に、全ての明かりは消えていましたか?」
「うん、消えてたよ。最近はこの学校も節電節電ってうるさいから、念入りにチェックしてるんだ。だから、夜中にそんな女の子がいたっていうのに驚いたんだしね」
「なるほど。その件についても知りたいことがあるので、答えてくれると嬉しいです」
「ま、それくらいならいいかな?」
そこまで厳密には禁止されていないらしい。学校側としても、たまに出てくるちょっぴり怖い噂くらいに思って、重要視まではしていないのだろう。
「警備員さんが体育館の鏡の前で見たのは……この私の制服のリボンでしたか? それとも、こちらの先輩のリボンの色でしたか?」
私の学校は学年ごとに制服のリボンの色が違う。一年生は青、二年生は緑、三年生は赤。
顔は覚えていないかもしれないが、色の記憶は比較的残り易い。
「あー、赤かったよ! そっか、三年生の色だねえ」
「その少女を見た時はどんな状況だったんですか?」
「もちろん、そんな夜中に体育館にいるなんて! と思ったから注意しようとしたんだよ。そしたら、バチッ! ってなんかショックを感じて。それで気絶したみたいなんだ」
「朝まで気を失っていた、と。目が覚めたのは何時くらいですか?」
「朝練で体育館を使う部活があって、その顧問の先生が来た時だから……六時とか、六時半とかかな?」
「その時は鏡には誰もいなかった、と」
「へっくしょん!」
またも、くしゃみで返事をされてしまった。
「もう少し思い出してくださるかしら。たとえば身長とか、体型とか」
「そうだなあ……制服のリボンを見て思ったけれど、だいたいそちらの女の子くらいだったよ。背丈も、髪型の雰囲気も」
「ふえ~、わたしくらいかぁ」
ちはる先輩は女子の平均的な身長をしているし、特別な髪型をしているわけではない。いたって際立った特徴を持っているわけではなかった。……一部、胸囲的な部分以外は。
「暗かったから月明かりと懐中電灯の明かりくらいだったけど、少なくともキミみたいな綺麗な銀髪ではなかったよ! へっくしょん!」
私みたいな銀髪がいたらいたで、もっとホラーな妖怪みたいなものに思われていたかもしれない。こう、鏡の前の雪女、みたいな。
自分で考えておいてなんだけど、本当にありそうで小さく首を振った。
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「昨晩の見回りの際、一番遅くまで残っている生徒はいましたか?」
「うん、三年B組の教室だっけな。完全下校時刻である十八時を過ぎると大抵の部活の生徒もみんな帰るんだけど、十九時近くまで残っている生徒が数人いたね。すぐに注意したら、慌てて帰ったみたいだけど」
数人の生徒が夜遅くまでいたというのは、いい目撃情報だった。
「その中に、明るい髪の、ちょっとお化粧をした、ラフな格好……たとえばスカートが短くて、胸元が緩い感じの、二年生のリボンをした子もいませんでしたか?」
「んー、ああ、いたねえ! 今朝、七不思議の話を聞きに来た子だよ!」
「そうですか、ありがとうございます」
どうやら、お花畑さんもその中にいたらしい。これで、なんというか……今回の事件はほぼ解決したようなものだった。とはいえ、ちゃんと証拠を集める必要もある。
「へっくしょん! へっくしょん!」
と、警備員さんは激しい連続くしゃみをしていた。
こんな所で長々と立ち話をさせるのも悪い気がする。
「ありがとうございました。また後で話を聞かせて貰うかもしれません」
「いいよいいよ。今日は夜まではずっといるし」
風邪を引いているのに今日も勤めているなんて。
意外とブラックな会社に所属しているのか、それとも使命感が強いのか。
「しかし、なんだか探偵さんみたいなことしてるんだねえ」
「はい、調査は嫌いではないので」
警備員さんに丁寧にお辞儀をしてから、ちはる先輩と二人でその場を立ち去った。
へっくしょん、とたまに背中の方から聞こえてくる。
「風邪、タイヘンそうだったねえ」
「そうね。あれも、この事件の被害だわ」
鏡の前の女子は、警備員さんが倒れた時に放置していった。介抱をすることもなく慌てて逃げたのか。それとも、できなかったのか。そもそも、しないような存在なのか。
「でもさ、キリコちゃん! 本当にあったんだね、怖い話! ほんこわだよ!」
「そうかしら?」
「そうかしらって! だって、夜中に鏡の前に女の子がいたんだよね?」
「そうね。色や体型まで覚えていたのだから、見間違いではないと思うわ」
「だったら、やっぱり……」
「現在判明しているのは、午前零時くらいに三年生の女子生徒が鏡の前に立っていた、ということだけよ。これは……別におかしいことではないでしょう?」
「でも、時間がおかしいよね? 午前零時に生徒なんているわけないよっ」
「理由をつけたいのであれば、そうね。たとえば、肝試しをしていた、とかよ」
「ああ、それだったら、見張りの子も立てるかもしれないもんねえ」
「他に別の人間がいたならば、たとえば警備員さんにスタンガン的なものを押し当てて気絶させた、というのも考えられる。物騒だけど、なくはない話だわ」
「そっかあ、ほんとだ。全然怖い話じゃなくなっていくっ。キリコちゃんといると、怖い話も楽しい話に思えてくるねぇ」
のんびりとそんなことを言っている彼女を見て、ふう、と小さなため息を吐いた。
・十一月十八日 羽入大学付属女子高等学校 十六時 一階西側廊下・
「警備員さんの不思議はクリア? まだ?」
一階の西側廊下。『花子さん』のトイレの前でちはる先輩が尋ねてきた。
「まだよ。でも、他のも似たような推測だけならいくらでもできるの」
「え、そうなんだ?」
ちはる先輩がビックリしているのを見ていると、廊下の向こうから女子生徒たちが歩いてやってきた。
『怖いねー!』『寒けを感じるー』『ワクワクするかもっ』『花子さんいるかな?』
賑やかな様子から、花子さんのウワサを確認しにきたらしい。
リボンの色は青く、どうやら一年生のようだ。手にはフルートだったり、クラリネットだったりを持っているので吹奏楽部の子たちらしい。
せっかくだから、情報収集をしてみることにした。
「ちょっといいかしら」
その中にいた、すごくか細くて静かそうな少女に話しかけてみると。
「ひゃー! に、二年生の、き、キリコ先輩!」
話しかけた女子にとても驚かれ、数歩逃げられてしまった。
それなりにショックを受けて立っていると。
『くぼっちいいなー!』『わたしもキリコ先輩と話したい!』『いいなー!』
口々に生徒たちが囃し立ててる。彼女らの距離は、逃げた彼女よりももっと遠い。
このままだと怖がらせるだけかもしれないのでちはる先輩に目配せをすると、なるほど! と頼もしそうに頷いてくれた。
「くぼっちって、もしかして久保田さんかな?」
「え? あ、はい、そうですけど……」
「今、キリコちゃんと七不思議を調べていてね。久保田さんが花子さんを見たって聞いたんだけど、見ちゃった?」
「は、はい……その、見ちゃったんです……」
消え入りそうな声で答えてくれる久保田さん。
この調子なら確かに、見た瞬間に逃げ出してしまってもおかしくない。
「ほんと? それって、ここのトイレでいいんだよね?」
「はい、そこのトイレです……」
ちはる先輩の見る方向と、久保田さんの見る方向が一致する。
「学校から帰る時であれば、東側の……玄関近くのトイレを使うと思うのだけど」
「あ、はい。いつもは、そっちを使うんです。でも、昨日は工事中で……」
工事中。新しい情報が出てきて、ちはる先輩に目配せをした。
「だから、こっちのトイレを使ったんです。普段はあんまり使われてないらしくて、明かりもついてなかったんです。ちょっと怖いな、と思ってたんですけど、まさか……」
思い出したのか、顔色が青くなる。小さく震えていたので、そっとその手を握った。
「大丈夫よ、私はそれを解決しに来たの」
「き、キリコ、せんぱ、いっ」
青かった顔が、カーッと赤くなった。ざわっ、と向こう側の生徒たちも騒がしくなる。
「明かりをつけたら、どんな状態だったのか……実際に教えてくれないかしら?」
「は、はひ……」
なんだか目が充血しているけれど、大丈夫かしら。早く解決して、安心させてあげないといけない。私は久保田さんの手を握ったまま、お手洗いに入る。
「キリコちゃんの顔は、間近で見せられたら女の子でも緊張しちゃうんだよなー」
『わかるー』『先輩は安心の顔ですねー』『あははー!』
ちはる先輩と、他の生徒たちもぞろぞろと入ってきた。これだけの人数がいれば、さすがに恐怖心はないかもしれない。トイレに入ると、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でた。
「あ、あう……」
ぎゅっ。久保田さんが握る手が強くなる。
「大丈夫よ。私が位置に立ってみるから、明かりをつけてみてくれる?」
私は率先して奥に立ってみた。こうして見ると、暗いだけでとても綺麗なトイレだ。
「ここくらいかしら?」
「あ、もう少し手前ですっ」
窓からは少し離れた位置らしい。多少調整してみる。
「あ、そこです!」
「そう。じゃあ、明かりを点けてみてくれる?」
私は彼女らに背を向けて、目を閉じる。パチッと音がして、明かりが点いた。
「っ!」
「大体こんな感じだったかしら?」
振り向いてみると、久保田さんは口に手を当てて数歩引いていた。
昨日の恐怖を思い出したのかもしれない。
「良ければ、思い出せる範囲でいいから、違う部分をお願い」
「その……もっと背は小さかったです。私より小さかったので、たぶん、百五十センチないくらいで。髪型も、おかっぱでした。バッサリ切り揃えた感じの。なんだか、古い感じの髪型で。それと、先輩みたいに後ろ姿まで美人ではなかったですっ」
最後のは余計だったけれど、大体の様子はイメージできた。
「ありがとう」
「い、いえ!」
そして私は、早速その床にしゃがみ込んでみた。よく目を凝らすと、なんとなく見えてくるものがある。探しているのは、痕跡。そこに何かが存在していたのならば、物証を残しているかもしれない。それも、私の予測通りならば割と決定的な。
「あったわ」
床に手を触れて、ひとつまみする。
「な、なにが、ですか?」
久保田さんがおそるおそる尋ねてきたので、私は拾ったものを見せてみた。
「えっと……?」
「黒い髪の毛が落ちていたのよ。そうね、ちょうど……」
自分の顔の横に持ってきて。
「おかっぱ頭くらいの」
「っ!」
久保田さんや他の少女たち、ついでにちはる先輩が息を飲むのがわかる。
「は、花子さんの髪の毛、見つけちゃったの、キリコちゃん!」
ちはる先輩が騒ぐと、他の子たちも青ざめて顔を見合わせていた。
「オバケも抜け毛があるのかしら。ちょっと、どこかでオバケの髪の毛が出たらDNA鑑定してみてほしいわね」
言いながら、久保田さんたちの方に戻る。そして、きっぱりと言い切った。
「少なくとも、これは人工的なものよ」
「人工的……?」
久保田さんがきょとん、として首を傾げた。
「不思議なこと、メルヘンなことを全て否定するつもりはないけれど」
と、前置きしてから。
「さっき、警備員さんは『節電のために全ての明かりは消えていたことを確認した』と言っていたのよ。久保田さんは、明かりを消した覚えはあるかしら?」
「な、ないです! そんな、逃げる時に『あ、明かり消さなきゃ』とか思えないです!」
「そうよね。でも、警備員さんが夜に確認した時には明かりは消えていた。つまり、消したのは誰なのかしら?」
「……は、花子さん、ですか?」
「多分そうね。つまり、花子さんは実在する人物である」
私が言い切ると、生徒たちは真剣に私の顔を見つめていた。
手にしていた黒い髪の毛を洗面台に置いて、みんなにも見えるように真っ直ぐに伸ばす。
「私の推理ではこうよ。『花子さん』であるところの彼女は、制服姿のままで玄関近くのトイレに『工事中』の看板を立てた。そして、このトイレで『花子さん』になって、目撃してくれる人が来るのを待ち構えたの」
「そこに、久保田さんがやってきた、ということ?」
ちはる先輩が後を続けてくれたので、頷く。
「そういうことよ」
生徒たちが何かを言いたげに顔を見合わせる。
「あの、わたしが……たとえばこっちじゃなくて二階のトイレを使ったりしたら?」
「その可能性もあるわ。だけど、その場合は別の日にまた同じことをすればいいだけ。目撃される日が重要ではなく、目撃されて騒がれるのが目的だもの。チャレンジの日はいくらでもあるのよ」
「そ、その……黒い髪の毛で、それが、わかるんですか?」
「ちなみにこれは、ウィッグの毛。高級なウィッグは本物の髪の毛と見分けがつかないけれど、安物……高校生が気軽に買えるようなものだと、繊維の質が悪いの。パーティ用の簡単なものを仕入れたのかもしれないわね。だとしたら、ブラシで整えないと綺麗なおかっぱにはならないのよ。だから、ここでもその手入れをした。そして髪の毛が落ちた」
「ウィッグってカツラだよね? じゃあ本当に、イタズラってこと、キリコちゃん?」
「最初からそう言っていたつもりだけど。物証が出た以上は間違いないわね」
言い切ると、久保田さんの目に涙が浮かんでいた。思わず焦ってしまう。
「うっ、ありがとうございます、キリコ先輩~!」
そして、ポロポロと涙を流す彼女を、周りの女子たちがワッと囲む。
すぐに慰めることができる、いい仲間たちに囲まれているようだ。
「んふふ、キリコちゃん、わざとカッコつけて解明したでしょ?」
近くに寄ってきたちはる先輩がニヤニヤ笑いで私に耳打ちする。
「まだ犯人を見つけたわけではないけれど」
私は照れ隠しに彼女から顔を背けて。
「怖がる子は放っておけないわ」
「あははっ、キリコちゃんってば! 昔から正義感強いよね~。わたしが困っていたら、必ず助けてくれたもん。その後、必ず叱られたけど」
昔からの思い出。そういうことも記憶している辺り、ここにいる彼女は厄介だった。
「せ、先輩、ありがとうございました!」
久保田さんが女子たちの前に出て頭を下げてくれる。
「気にしないでいいわ。安心して練習に戻って。今だとクリスマスコンサートの練習かしら。吹奏楽部の演奏、楽しみにしているわ」
「はいっ! あ、あの、握手させてもらっていいですか?」
「い、いいけど」
『いいな! わたしも!』『私もー!』『キリコ先輩好きです!』『彼氏作らないで!』
なんだかわからないけれど、その後は女子たち全員と握手をすることになった。彼女たちの言っていることは支離滅裂だったけれど。こんなに賑やかになってしまったら、本物の花子さんがこのトイレにいたとしても、出ることなんてできなかったかもしれない。
私が解放されたのは、それから少ししてからだった。
一階の廊下に出て、ふう、とため息を吐く。
「いやあ、すごかったね、キリコちゃん人気」
「人が多いのは疲れるわ……ともあれ。これで今回の七不思議が人為的なものである可能性が増えてきたわね」
「へえ! やっぱりそうなんだ!」
やっぱり、ちはる先輩は必要以上に興味津々だった。
その態度はいつもの彼女と言えばそうなのだけれど、やっぱりどこか違和感がある。
「そうね。たとえば……二宮金次郎像が歩いていた、というものがあったでしょう?」
「うんうん、四番目だよね! バッチリ映像にも残ってるんだから、本物っぽいっ」
ちはる先輩は、どうやら本当のオカルトがあって欲しいらしい。
「これに関しては完全にイタズラだと思うの」
「えっ、実際に映像があるのに?」
「撮影者がいたということよ。ちはる先輩、普段からずっと校庭を撮影してる?」
「してない! しかもだって零時だよ? さっき午前零時に生徒がいるわけがないと言ったわたしが言うことじゃないけど、なんで零時に撮れているの?」
「そう。つまりこの零時系は同一犯の犯行である可能性が高いと考えれば、ほら。たとええば二宮金次郎の格好をして、カツラでもして、暗がりで校庭を走っていれば、誰でも二宮金次郎よ。だから多分、三年生の三谷さんだったかしら。これは彼女の自作自演による犯行だと思うわ。後で映像を確認して、二宮金次郎像に不自然な点……たとえば、靴が草履なのか、裸足なのか、運動靴なのか、などを見てみましょう」
「ふわあ、キリコちゃん。もう犯人の検討もついてるんだねえ」
ちはる先輩は目をキラキラ輝かせている。とはいえ、これらは全てまだ推測。
後で話を聞くか、もしくは映像を確認した方がいいだろう。
「他には他には?」
「花子さんに関してはこの通り。誰かが花子さんの格好をしていた。同様に、ベートーベンの絵も、蛍光塗料を塗っていたか、もしくは電球の仕掛けでもつけたのかもしれない。だとしたら痕跡があるでしょうね。それと、えーと……『帰宅できない放課後』は、その内容を語る人物が何者なのか、という論理矛盾が発生している」
「階段は?」
「それは数えてみた方が早いわ、すぐそこだし、やってみましょう」
私は階段を見て告げると、ちはる先輩も納得してついてきた。階段を登れば、そこはもうふたつめの七不思議である『恐怖の十三階段』の噂がある、二階西側階段だ。この、三階に向かう階段の段数が、通常は十二段なのに十三段になるというもの。
「えっ、呪われちゃわないかな? 児玉さん、本当に休んでいるし……」
ちはる先輩は及び腰だった。この噂を確認してから休んでいるという生徒がいれば、呪いであるのを疑うのも無理はないかもしれない。
「深夜零時じゃないから大丈夫よ。それに登っただけで呪われるのだったら、普段使っている生徒はみんな呪われているわ」
「あ、それもそっか!」
そもそも、階段の数が増えているだけで呪われるというのが私にはわからない。
登っている最中に一段増えたせいで階段から転んでしまい、怪我をする。そういう呪いだったらたしかに怖いのだけど。
「じゃあ、数えてみるね!」
呪われないと知った途端に強気な彼女だった。
「いち、にい、さん……」
そうやって登っているうちに、私は目測しておく。
一段目から数えて、階段の数は十二。踊り場も階段だとすれば十三段。
「じゅういち、じゅうに、じゅうさん……! ひえええ、どうしようキリコちゃん、呪われちゃう~!」
「踊り場の段も数えたからよ。試しに降りてきて? 二階の床も数えてはダメよ」
「わ、わかったぁ~。ひーんっ」
ちはる先輩は恐る恐る「いーち、にいー、さーん」と数えて降りてきた。
「じゅういち、じゅうにっ、ええと。二階の床は数えないから、これでおしまいっ。わっ、キリコちゃん、十二段だよ!」
「つまり……これは推測だけど」
私は顎に指を当てて思案を語る。
「児玉さんは深夜、スマートフォンの明かりくらいしかない状態で確認したんだと思うわ。そして、段数は登りだけ数えたのよ」
「でも、それならみんなも十三段だって思うんじゃない?」
「そうね。そもそも踊り場も階段であると考えるならば、この階段は最初から『十三段である』ということになる。それを敢えて『七不思議』にカウントすることで、恐怖心を煽ったのではないかしら?」
「ああ、うん、そうなの、かな? でも、それでずっと休んでるなんて……」
「児玉さんは三年生なのよね。受験勉強からの逃避行動も兼ねて校内のオカルト事件を調べていたら、本当に十三段あって、精神的に追い詰められてしまった……ということではないかしら。人は何かに追い詰められている時ほど、不思議な力のせいにするものよ」
そういった精神状態が幻覚や幻聴を引き起こすという症例も多い。だからこそ、何が本当で何が偽りなのかをきっちり考えないといけない。少なくとも私は、そうありたい。
「うう、耳が痛い……」
ちはる先輩がしょんぼりしているのを見て、私は口を閉ざした。
受験勉強で悩んでいるのは、彼女も同じなのだから。
「これで、児玉さんに何か悩み……成績が落ちている、家庭環境に不安がある、男性問題でトラブルがあった、みたいなものがあったりしたら、ほぼ確定じゃないかしら」
「あっ! 児玉さん、わたしのクラスだから、仲良かった子に聞いてみるよ! 今ならまだ、教室で勉強してる子たちもいるしっ!」
ちはる先輩はしなくていいの、などと思いながらも口には出さないでおく。この『調査活動』も、彼女にとっては重要な意味を持つのだろう。
「そうね、行きましょうか」
完全下校時刻は十八時。それまでに捜査は終わるだろうか。
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