18/06/2020:『Sink into the Floor』
ふと外を見やると道路が濡れていた。街頭に照らされ反射した淡い光と、水をはじくタイヤの音でわかった。雨でも降っていたかしら。そんなおぼえはないけれど、街全体がその空気ごと濡れているんだと思う。昼間の快晴だけではきっと疲れるから、街もそうやってバランスを取っているのかもしれない。
この匂いが好きだ。きっとそうでしょう、多くの人も。
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家によって、街によって、国によって、それぞれの匂いがあるのは誰しもが感じることだろう。幼い頃は、自分の家が世界だったし、父の運転する乗用車が僕の船だったから、少し成長し友人の家に遊びに行ったり、友人のお母さんが運転する車に乗せてもらったりすると、違和感を覚えた。家の広さや運転の技術ではなく、匂いが違うからだ。
「ここは僕の知っているところとは違うんだ」
友達とゲームをしながら、一人でそう感じた。
僕の実家のトイレはなぜか、男性用便器もついていて(汲み取り式から水洗式に変わる前から)、ちょうど顔の目の前に窓があった。川の字で寝ていた二階の部屋から降りてきて最初にトイレへ行くと、その窓を開け、何の気なしに庭を眺めていた。それが僕の朝だった。母からは早く食事を済ますようにとよく叫ばれていた。
僕が好きなのは、そんな朝を何百と繰り返して辿り着いた、ある秋の日。その日は一年で一度だけ、「今日から冬が始まったんだ」と思わせてくれる。匂いがそうなっているのからだ。
街全体が、そうなったのだ。と僕は一人思っていた。
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街の話に戻る。僕はこの匂いが好きだ。アスファルトが濡れて、キーが半音下がった時、いつだってこの匂いがする。
今までずっと一人だったような気がしていた。している。いや、実質一人だ。でも、この匂いの中、僕は一人を感じない。なぜなら、街が濡れたこの匂いは、世界のどの街にいても同じだからだ。
僕の隣でゲームをしていた友人も、卵を焼いていた母も、そこに雨が降れば、この匂いを感じている。
街が濡れた時だけ、その時だけこの匂いが世界と僕を繋ぐ。
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今日も等しく夜が来ました。
それでは聴いていただきましょう。
濡れたアスファルト、雨、ジャガーでジャズマスターな一曲です。
Feng Sueveで『Sink into the Floor』。