20/06/2020:『You Understand Me』

夕方、濡れ雑巾みたいなピザを食べながら手紙を書いていた。古い町並みと海の写真がデザインされたポストカード。僕はいつも字をぎっしり書きすぎるから気を付けないといけない。いつかそのまま郵便局に持って行ったら切手を貼るスペースがなくて、郵便局でどうしたもんかとなったことがある。

でも、そこの局員(僕の母よりも二倍は大きいお尻の女性)は、

「大事なのは、写真よりも言葉よ。それが若さだわ。」

と写真側の方に切手を3つ4つ貼って、ひょいっと国際郵便のボックスに投げ入れた。

「悪くないな。」

と思って笑顔でありがとうと言うと、軽やかにウィンクしてくれた。

でも今回は、そうならないように慎重に言葉を選んで書いている。その時に比べて僕も大人になった。

                 ・・・

どこかで見たことがあるなと思って思わず席を求めたカフェ。どこで見たんだろう。この国は初めて来たはずなのに。全てが古く、止まっている空気。でも、新しさを装う雰囲気。そうだ、『バック・ドゥ・ザ・フューチャー』でマーティのお父さんがチョコレート・シェーキ(?)を飲んでいたあのカフェだ。

颯爽と一口飲み、

「君と僕は結ばれる運命だ」

とセリフを放った、あのカフェ。

でも、ここには映画のような華やかさはなくて、似ているのは装いだけ。イカす若者たちも、ロレインももいない。

互いを見つめ合う丸々としたカップル、同じ新聞を朝から繰り返し読む老人、痩せた野良犬、そんな人たちがテラス席の模様を織りなしている。

僕はそこで濡れ雑巾ピザと味のしないけどよく冷えた缶ビールを飲んでいた。日は沈みかけ、夕方が始まっていた。日本よりも青が濃い夕方。高い建物がないから、街全体が一変に同じ色に染まる。小さくなる太陽が青く青く道を引っ張って風を少し涼しくすると、麻シャツの襟がなびいて昼間の汗が乾く。そんな夕方、テラス席の6時半。

                 ・・・

彼女からの手紙は受け取ったことがない。が、僕は旅に出る度に気にせず書くようにしていた。一人旅は気ままで自由だ。目の前の世界にずんずん入っていける。一体化することができる。それはそうなのだけど、青い6時半の夕方はちょっと違う。誰かが側にいてほしい、今、語って触れたい。そんな気にさせられる。だから、僕は彼女に手紙を書く。

僕は彼女に触れたことはない。

でも、彼女は一度だけ、僕に触れたことがある。

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人込み、アナウンス、別れ際のJR大阪駅。いつもの光景だ。

二軒目でゆっくり飲んだ後、僕らは改札へ向けて歩いていた。店の外では夏の湿った空気がまとわりつき、そうかと思うと通り過ぎる度に開くショーウィンドウの自動ドアからは冷えた室内を感じた。駅ビルのガラス窓と鉄筋コンクリートが夜を反射したり吸い込んだりして、昼の日差しを覚えている分、その夜はいつもよりも暗く感じた。

改札前で、彼女は「いいのよ、もう」と言って、僕にキスをした。片手でショルダーバッグをおさえて、そうじゃない方の腕を僕の首に回しながら。そして歩き出した。黄色いサマー・カーディガンを肩にかけ、白いスカートから伸びる足は、雑踏の中、間違いなくその夏を決定づけるものだった。

一瞬で気持ちを持ち去る心意気と、覚悟に僕は圧倒された。その年、僕は26歳で彼女は24歳。もし僕の方が24歳だったら、鼻を垂れてスボンを濡らしていただろう。

改札を抜けても彼女は振り返らなかった。

揺れる長い髪が改札の奥に消えるまで立ち尽くす僕は、26歳だったけど鼻を垂れてスボンを濡らしそうだった。

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手紙は、僕が見た景色、訪れた街、食べたご飯、そんなことを書いているとすぐにスペースがなくなる。大切なことすべてを伝えるにはポストカードは小さすぎる。でも、大切なことしか書かれていない手紙は、受け手には重すぎる。だから、こうして手紙を書くこと、この事実が一番彼女に響くように、手紙を書く。

                 ・・・

濡れ雑巾ピザはもう食べられそうにないから、野良犬にあげた。

その代わり、2本目のビールを飲むことした。手紙はもう最後の1行だ。

隣の席のカップルは指を絡めて甘い言葉を囁き合う。老人が新聞をたたみタバコに火をつけた時、ピザを食べた野良犬は道路を渡っていってしまった。

「君と僕は、」

そう書こうとして足を組み直すと、その日最後の風がもう一度襟元を通り過ぎた。その風は一瞬、テラス席の人たちの注意を引くともう消え去り、

青い青い夕方が、残された僕の肩にかかった。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

手紙の続きは、会った時に。

Sam Cooke で『You Understand Me』

ベースのリフが何だか夏の色気です。



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