再開。不惑は「見積もりの精度」が上がるとき。
更新が止まっていました。
2年前と同じに見えて、実は違う水が流れている川のように、
サイトウはサイトウなりにまた違うものを抱えて生きていました。
2年前といえば、子育てをきっかけに社会と断絶した気になっていた私が、再度社会と接続する機会に恵まれたとき。
ずっとやってきた広告制作まわりの仕事に、再度自分を埋め込むありがたい機会を得て、錆びついた脳みそが徐々に動き出したなーという実感と、若い世代との交流と、子どもも家族もそこそこ元気の環境とが揃って「明るい再開」に満ちていた、と今なら言えます。
その年は仕事にも恵まれました。
しかしその後、もともとあった夫婦の根本のモンダイから膿が出て、徐々に病み、自分が吐いた毒がまわって、お腹の中に石を抱えながら、川を泳ぐような日々へ。
浮き沈みはあるので、沈んだままではありません。
まわりの人の助けがあるので、死にはしません。
いいことも結構ありましたよ。
けれど、サイトウの温室育ちの人生で、一番つらかった時期だったかもしれない。いや「かも」じゃない、辛かった。
ふだんなら勝手に湧いてくる「やる気」の量が少ない。
「このトピックで書きたい!」モチベーションが湧きにくい。
とりあえず友達と酒を飲めば楽しかったのに「それも効かない」。
日夜途切れずめぐる「負の感情」。
家事育児仕事すべてが中途半端(これはいつもか)。
私の長所であった4歳児のように「新しいこと」へワクワクする感情は消え、めんどくさい、怖い、どうでもいい、というネガティブ連鎖へハマりこみ、日常生活で飲みこんだ泥を月1程度の飲み会で吐き、かろうじて保っている状態。
不惑にして、初体験、不思議発見。
ああ、自分は思っているよりポンコツだった。
ウツ(未診断)にもなるんだなあ……。そうか……。
というあきらめベースの川の中に漂っていました。
先のコロナ休校では、2人の子の世話や勉強の指導と緊急の仕事が重なって無意識のままどん底へ沈みました。
しかし、どん底に行けたおかげで「諦めるという決心」がつき、「無理だと納得する」ことができた。
これ、もしや諦観というやつかもしれません。
そのときのことを「MAMApicks.」で書いたもの↓
このあたりから、どん底から川面へ向かいます。
そしてどん底になった原因と物質的に距離を取るようにして2週間。
川面に少し顔を出して息継ぎができたような気がしたのです。
まだチクチクとメンタルがすさみますが、それもじき「しょうがないこと」だと受け入れられるでしょう。その自信があるのです。
突然ですが、あなたは10年前の「だいたい自分はこんなもん」という見積りはいま、当たっていると思いますか?
私はアラサー時の見積もりが気持ちよくハズれ、「予想外!」の連続にもまれました。まあ、想像というのは限界があるので、しかたないことでしょう。
そしてアラフォーとなったいま「できることより無理なこと」を正確に見積もれるようになったと気づきました。メンタル・フィジカル的に無理が生じないかどうか。子どもに負の影響がないかどうか。
彼を知り己を知れば、百戦危うからず。
(敵と自分のことを把握していれば、100回戦っても勝っちゃうよ)
と孫氏がいっているように、自分のことを知ることは勝利への近道なのです。勝利とは、シンプルに幸福と置き換えてもいいでしょう。
最近、再び自分を見積り直してみました。
すると出てきた答えは、「最適解探しはどっと疲れるが、好奇心を優先させてその結果とる行動はエネルギーに変わる」というもの。
あまりお利口さんではない、目の前のものを全力で返して道としていくタイプ。だからこそ、バカになれ。なってよし。
「大人になって人生を少しは俯瞰して計画的に生きていけると思ったら、甘かった」。というあきらめも受け入れました。
私にとって「不惑」の「惑いがない」という意味は、「見積もりの精度が増して、無理を知り、自分を受け入れやすくなる」という状態なのでしょう。
これら、今までも知識として知っていたはずですが、ようやく腑に落ちたのです。
書きたいことを書いていきます。