背徳の果て 斎藤緋七
瑠美子は小型銃を手にしている。これから、男たちを殺すのだ。
「私は人生を諦めていました」
瑠美子は暖かい亮の腕の中で、そう言った。灯りはない。
埃が舞う木造の納屋。
六畳程の広さの中。
「私は頑丈な籠の中の鳥だから」
一五〇〇坪を超える広大な敷地。その敷地内に住む既婚の恋人たちは、お互い時間をやりくりして時々、短い逢瀬を重ねる。いつも、人目を忍まなければいけない二人だった。
木が茂っているのがありがたかった。闇とともに目隠しになってくれる。人目に付くような行動は取らない。この村のギラギラと光る、幾つかのあの目たち。
一番怖いのは使用人たちの目だった。
「後、何分? 」
瑠美子は亮に聞く。亮は瑠美子に、優しい口付けをする。
「時間です。お義姉さん」
ポケットからスマートフォンをとりだし、亮が時間を教えてくれる。
「お義姉さんは、やめて。いつも言っているでしょう。それに、年、三つしか変わらないんだから」
瑠美子は、軽く亮をぶつ真似をする。亮に手首を掴まれた。
瑠美子は、義妹の夫に拗ねて甘える。
「まだ、貴女は僕の義理のお姉さんだ」
「そうなのよね。いやだなあ」
瑠美子は俯いて薄く笑う。次の瞬間、
「瑠美子」
名前を呼ばれ、強い力で抱き寄せられた。
瑠美子は幸せで気が遠くなりそうになる。
「好きだ」
強い力で抱きしめられて胸が苦しい。
「いつも、時間に追われているわね」
溜息をついた。
「今はまだ、我慢するときです」
「そうね。亮さんが先にでて家に帰ってくれる。きっと、夢子ちゃんが亮さんを探しているわ」
瑠美子はハンカチで口を拭って乱れた胸元を整える。
「判りました。では、また」
納屋から静かに亮が、先に出て行く。こうして、時々、狭い納屋の隅で短い逢瀬を重ねる。納屋から瑠美子が住む母屋までは徒歩一分の距離だ。
どうか、誰にも会いませんように。瑠美子はいつも祈る。
村一番の大地主、加賀城家の長男の嫁と長女の夫が愛し合っているのだ。
ばれたら、この村で生きていけなくなる。
瑠美子だけでは済まない、実家の両親も弟も、たちまち寝る場所を失う。細心の注意を払わなければいけない。
「私もこの村の出身だけど村ってどこも、本当に怖いわよね」
加賀城瑠美子は村一番の大地主、お屋敷様の長男の嫁だ。
この村は加賀城家の土地なのだ。
山も畑も田も川も空気も何もかもが。
「空を飛べたらどんなに楽かなあ」
瑠美子はつぶやく。知らずに涙が溢れてくる。
辺りは暗い。亮には涙が見えないはずだ。
「これから、私」
午後九時、今から明け方までの、生き地獄が瑠美子を待っていた。
例の、あれをやらなければいけない時間が迫ってきている。
母屋の二階、一番広い一室で延々と繰り返す。
「逃げられない」
瑠美子は、頑丈な鳥小屋で飼われている鳥だ。二重三重に鍵を掛けられ、一人での外出も許されていない。翼を捥がれた鳥なのだから。
「八時に待っています」
密かに亮と連絡を取り合う。お互いに時間をあけ、十分間に限り、抱き合う。これが、この義理の姉と弟の幸せなひと時だった。
「ワタシハジンセイヲアキラメテイマシタ」
瑠美子が亮によくつぶやく言葉だ。
「デモ アナタニデアエテ イキテテヨカッタト オモエルヨウニナッタ」
嫁いで、九年。この家では、瑠美子自身が高価なペットだった。
「父親の借金を肩代わりしてやる」
親兄弟の為に肩を落とすようにして瑠美子は、二十二歳の若さで加賀城家に嫁に来た。
見合い相手の健史は、同じ中学の二学年先輩だったから、なんとなく覚えてはいた。二十四歳になった現在の健史の写真もろくに見せてもらえないままの見合いだった。
当日、加賀城家の客間で瑠美子は借り物の振袖を着て待っていた。すぐに車いすに乗った健史が現れた。出産予定日より二カ月早く生まれてしまった、加賀城家のあととり息子、健史には生まれつき両足がなかった。
健史はコーヒーを飲みながら、中学生の時から二学年下の美しい瑠美子に憧れていた、と優しい笑顔で言った。
あの頃、瑠美子は健史の笑顔しか見ていなかった。穏やかそうな人だと思った。瑠美子は健史に多少の好意を持った。
それから、ものすごいスピードで瑠美子の周囲が動いた。健史と見合いしたその日のうちに親同士のやり取りで結婚式の日取りまでが、来月の十月十日と決まっていた。
次に健史とあったとき、
「前々から憧れていたけど、大人になった君を見て、また好きになりました。僕は君にあらためて惚れなおしました」
将来の夫になることが決まった男性。
「あなたほど、きれいな人を見たことはありません」
その男性に言われても、瑠美子は返事に困るだけだった。
なぜか、嬉しくもなんともなかったのだ。現実感もなかった。
瑠美子は、つくり笑いをした。健史さんは当然、あのことを知っているはずだ。
両親の借金の事。そこに漬け込まれたら、私は逃げようがない。
そして、現実につけ込まれている。瑠美子には、NOと言う権利はなかった。意思を持つことも許されてなかった。
「それって昭和初期の見合い以下。もう、人身売買に近くない? 」
「うん、近いと思う」
幼なじみの智子の言うとおりだった。
「でもね、智子ちゃん。仕方がないのよ」
瑠美子は肩を落として親友に言った。もう、私は智子ちゃんみたいに心からは笑えない。
「本当にね、仕方がないの」
智子は、悲しい顔をして、
「やめなよ、瑠美ちゃん。そんな、結婚。村を出た方がいいと私は思う。胸がざわざわして嫌な予感がするの」
瑠美子を心配して言ってくれた。
「瑠美ちゃんが幸せになれる結婚しか私は賛成できないよ」
「でも、もう必ず結婚しないとだめなの。まるで、仕組まれたみたいに私は逃げられない」
「ねえ、瑠美ちゃん、私はこれでも本気で心配しているのよ。瑠美ちゃんのこと」
瑠美子はもう一度、智子に繰りかえして言った。
「それだけは、分かってよ」
「ありがとう、でもね、智子ちゃん」
「お嫁に行っても、女友達と連絡くらいとれるの? 携帯電話くらいはもたせてもらえるの? だって、瑠美ちゃん一人の外出は禁止って言われたんでしょう? 」
智子はもう瑠美子に会えないかも知れないと思った。そして、予感は当たり、本当に会えなくなってしまった。
「携帯電話はもたせてくれると思うわ。でも、何一つ、私の自由にはならないとは思うの」
「瑠美ちゃん、それで大丈夫なの? 」
「大丈夫かなんて分からないわ。でもね、智子ちゃん。どうしようもないときや現実に流されるしかないときが、人生にはあるのよ」
「あんたが、浅野瑠美子さんだね? 」
「これはこれは! 加賀城様、いらっしゃいませ」
上役が奥からぞろぞろと出てきて深々と頭下げている。
「加賀城さま、浅野は私でございます」
「加賀城太郎です」
一目でお金持ちとわかる男は、上質なコートをはおり、誰もが知っているブランドの新作時計をキラリとひからせていた。加賀城太郎、加賀城家の当主だ。加賀城の旦那様は瑠美子に唐突に言った。
「いきなりで悪いが。浅野さん、うちの一人息子と、見合いをしてみないかい? 」
村で一番大きなお屋敷の旦那様に直接言われた。瑠美子はまだ二十二歳。驚くしかなかった。
高校を卒業して村役場に勤めていた。
「加賀城の旦那様が直々に足を運んで見えた! 」
「一大事だ! 」
何事かと役場全体の空気がざわついていた。
「加賀城のご当主様がわざわざ来て下さった」
信じられない! 」
村役場で働く誰もが思い、いったい何事かと不思議に思った。
村役場では奇跡に近いことが現実に起きていた。
「あの。私、でございますか」
「あんたの親には話をとおしてある。今、交際している人がいないことも、ご両親から聞いている」
「私の両親は、もう、承知しているということでしょうか」
「まあ。早い話がうちの長男が昔からあんたの事をいたく気に入っているようだ」
多分、あの人だ。瑠美子は中学の二年先輩の顔をぼんやりと思い出した。中学の頃、何度か見かけたことがある。
車椅子に乗っている、足のないおとなしそうな先輩。
「加賀城の足のない跡取り」
中学では陰でそう言われていた。この結婚は、最初から決まっていたようだ。後に舅になる加賀城太郎は言った。
「浅野さん。あんたがうちに嫁に来てくれるなら、あんたのお父さんに融資している金は全部帳消しだ」
「それはできません! 加賀城様、あの額は」
「構わないよ」
「加賀城様、あの額は中途半端な額ではありません」
瑠美子は言った。
「細かなことは気にしなくていい」
加賀城家の当主は続けた。
「息子が望む、あんたさえ嫁に来てくれるなら、それでいい。全て帳消しにしようじゃないか」
村一番の権力者。ご当主様は瑠美子に笑顔を見せてくれた。
本当に瑠美子の父親の数億の借金を見合い成立後、直ぐに帳消しにしてくれた。目の前で数十枚の借用書が加賀城太郎に破られるのを瑠美子はぼんやりと見ていた。
瑠美子の父は、隣町で経営していた工場を潰してしまった。父親の抱えた借金は億を軽く超えていた。それまで資金繰りに困った時には父は加賀城家から多額の融資を受けていたのだ。それは、個人がどう頑張っても到底返せる額ではなかった。
「今日からうちと、浅野さんとは親戚だ」
御当主様のその言葉に、
「ありがとうございます」
一家四人で泣いて頭を下げた。
「それでな、浅野さん。さっきも言ったが、これからうちと浅野家は親類だ。この際、無駄な遠慮はなしにしようじゃないか」
「そんな! もったいないお言葉でございます」
「浅野さん。これから毎月三十万あんたの口座に振り込ませてもらいたいと思っているがよろしいか」
「旦那様! 」
「悪い話ではないと思うが」
瑠美子は言った。
「旦那様、そこまでしてもらうわけにはいきません」
瑠美子の父親も驚いた様子で、
「旦那様、それは出来ません。そこまでしてもらうとバチが当たってしまいます」
「まあ、これからは細かいことは気にしないでやって行こうじゃないか。それにこれも、息子が望んでいることだ」
瑠美子はこらえきれず、泣いてしまった。私が健史さんと結婚していい方向に流れて行くなら、私は喜んで結婚しよう。両親も弟も命拾いができる。瑠美子も覚悟を決めた。父はもう正社員として採用されることは無理な年齢になっていたが加賀城家の持つ倉庫の管理人の職を得た。父親の収入と、昔から続けていた母親のパート収入。そして、加賀城家からの月三十万円の振り込みが瑠美子の実家の収入だった。
瑠美子は亮の腕の中で言った。
「一家四人で首を吊るよりましだと思ったわ。それにあの頃はまだ、私は夫の事を好きになろうとしていたの」
瑠美子は泣きながら言った。
「お義兄さんのことを? 」
「でも、どうしても無理だった」
「人の気持ちは仕方ないと僕は思います」
亮はいつも心から瑠美子に寄り添ってくれる。優しい眼差しで見てくれる。でも、これ以上はだめ。この人は、夢子ちゃんの旦那さん。私たちはいけないことをしている。常に瑠美子の中に罪悪感があった。
「あなたは、いつも一生懸命な人だから」
「お義母さんも、夢子ちゃんも、私のことをとても大切にしてくれたのよ。今も、優しくしてくれるし」
瑠美子は言った。かび臭く、ホコリっぽい。暗くて狭い納戸の中では、あかりがないから、亮の顔を見る事が出来ない。
「亮さん、私は自分の子どもが欲しいの。でも、子どもは無理なの。健史さんは無精子症でEDだから。結婚してからはね、毎日が地獄だった。亮さんに会うまでは」
「察しはつきます」
「亮さん? 子どもを持ちたいと思うのは私には贅沢な悩みなのかしら? 」
「そんなことないと思います」
亮は言った。瑠美子は続ける。
「それに、亮さん。私はね。私は毎晩お義父様の夜の相手までしないといけない。今夜もよ。実家の父よりも年上の男の人よ。お義母さんが襖越しの隣の部屋で寝ているのよ。何もかも聴かれているわ。もう、毎日が地獄みたいに思うの」
「気持ちは分かります」
「亮さん、私は毎晩毎晩、ただ、汚れていくしかないの。今日も長い夜が始まる」
「汚れてない。瑠美子は綺麗だ、誰よりも」
「ちゃんと聞いて、亮さん。私にはあなたに愛される資格なんか最初からないのよ」
「そんなことはないよ」
亮は真面目な瞳で言った。
「私は逃げられない」
亮は黙っていた。
「お義父様にどんな風に抱かれたか? どんな風に私の体が反応したか? 多分、盗聴器で夫が聞いているかもしれない」
亮は、
「そんなことを聞いてしまったら、もう、我慢できない。俺と二人で逃げませんか? 」
突然、言い出した。
「逃げる? 」
「ここから、逃げるんです」
「そんなことは出来ないわ」
瑠美子は、
「ここから逃げるなんて無理な話よ。それに、逃げるなんて考えた事もなかった」
「俺は瑠美子のことを助けたいんです。俺と二人でこの家から逃げよう」
「私が? 亮さんと二人で? 本当に逃げる事が出来るの? 」
「好きな女からそんな話を聞いたら、助けたくなるに決っているじゃないですか」
亮は言う。
「そんなこと無理よ、お互いに家庭を背負っているし。第一、夢子ちゃんに悪いわ。夢子ちゃんは優しい子よ。本当に無邪気で何も知らないの」
「瑠美子。よく聞いて欲しい。俺に考えがあります、俺の地元に行きましょう。前にも話したと思うけど、実家は桃を育てている桃農家です。俺は家を継いでくれている兄貴を手伝うことにします。実は前々から男手が欲しいから。実は前から帰ってきてくれと言われているんです。だから、あっちで仕事に困る心配はありません。日銭も入るし金には困りません、家は古い大きな平屋です。田舎だから土地だけは余っている。最初は親と同居になるかも知れない。でも、いずれは、敷地内に家を建ててそこで暮らしましょう。俺は出来れば、瑠美子にも、農業を手伝って欲しいです。俺と一緒に働きましょう。それにうちは結構、儲かっています。深井の桃、は地元では有名です。瑠美子は桃農家の嫁さんになるのは嫌? 」
涙が溢れる。
「嫌じゃないわ。夢みたい」
それどこか、ありがたい話だった。瑠美子は思わず亮にしがみついた。それにこの人はEDでも無精子症でもない。
「もしかしたら」
「どうした? 」
「もしかしたら、私は今からでも亮さんの赤ちゃんにも恵まれるかも知れない」
「そうだ、瑠美子、子どもを作りましょう。俺と、瑠美子の子をたくさん生んで大家族を作るんです」
私も母親になれるかも知れない! 亮の話は何もかもが星みたいにキラキラ輝いていた。
「ただ」
「ただ? 」
「色々、根まわしに時間がかかります。一度、口実を作って、地元に帰らないといけないでしょう。親父は頑固だから、外堀から埋めましょう。一番上の兄貴と母に話してみます。母は末っ子の俺には甘いし、兄貴はとてもいい兄貴だから快く迎えてくれるはずです。兄貴から親父に話してもらおうと思っています。引き受けてくれるはずです。だから、瑠美子は、何とかもう少しだけ我慢して欲しい、それは大丈夫ですか」
「大丈夫」
亮の言葉に返事をした。
「瑠美子の事はこれから俺が守っていきます。そう思って信じて待っていて下さい」
「でも、亮さんも知っていると思うけど、私の実家は加賀城の家から、月三十万円も経済的援を受けているの。それがないと、たちまち食べるものにも困るわ。それに、うちにはまだ、高校生の弟がいるのよ」
「だから」
瑠美子は言った。
「やっぱり、無理よ」
「事情は聞いていたからだいたい分かってはいる。それも、含めて俺たちで何とかしよう。兄貴にも頼んでみる。必ずうまく行く、瑠美子と俺なら出来るよ」
瑠美子は逃げるなんて、今まで、夢にも思わなかった。もう、一人ではない。私には亮さんがいる。あと少しの辛抱だ。
あと少し、あと少し。私は解放されるの? 本当に?
「夢子には申し訳ないが、あいつはまだ若い。すぐにいい男が現れるだろう」
笑顔で亮は言った。
「もう、何も心配は要らないよ」
亮は笑って言った。私はこの人について行く。瑠美子は自分に誓った。
「亮さんについて、一緒に亮さんの地元にいくわ。でも」
「でも? 」
「追われたらどうしたら、いいの? 」
「そしたら、また、逃げればいい。そのうち、お義兄さんもあきらめるよ」
亮の提案は、一筋の光だった。
瑠美子は亮と知り合った時の事を思い出す。
「お義姉ちゃん。彼をつれてきたわ」
嬉しそうに夢子は笑った。
「お義姉ちゃん。私、彼と結婚するの!」
瑠美子が、三十一歳、夢子が二十六歳のときである。
義妹の婚約者、深井亮は二十七歳になったばかりだった。結婚後、義妹夫婦は広大な敷地の中に小洒落た家建て、そこに住み始めた。
「同じ敷地内でのダブル不倫、長男の嫁と、長の夫。この事がもしばれたら。殺されても文句は言えない」
瑠美子はいつも不安だった。感情が押しつぶされる。
「許されない事をしている」
でも、もうすぐに開放される日が来る。そう思うと、心が軽くなった。もうすぐ、もうすぐよ。私は、亮さんを信じてついて行く。
半ば売られて、嫁にきたような瑠美子には自由に恋愛をして、笑顔で結婚する義妹の夢子が眩しく見えた。
「お義姉ちゃん、亮ともども、これからよろしくね」
明るく素直に育った義妹の夢子が笑顔で言った。夢子には天真爛漫と言う言葉がぴったりだ。瑠美子はいつも、思っていた。この、幸せな可愛い義妹の心の奥底までをズタズタにしてやりたい。
瑠美子は強い気持ちでそう思った。夢子に恨みはなかったが、幸せな人間全てが瑠美子には許せなかった。
「お義姉ちゃんは、赤ちゃんはまだなの? 結婚して九年くらいはたつわよね? 」
夢子と二人でお茶を飲むときの話題は、最近はいつも赤ちゃんの事だ。
「赤ちゃんはまだ? 」
「兆しもないの? 」
「欲しいでしょう? 」
「お義姉ちゃん。一人目はまず跡継ぎの男の子を頼むわね! 」
「お義姉ちゃんがまだだからこっちまで、プレッシャーが来ちゃう! 」
「私も、迷惑しているのよ」
明るい夢子に悪気はないことくらい瑠美子にも分かっている。
でも、許せなかった。子ども、子ども、子どもって!
私は子を生む為の道具なの? 瑠美子はいらだっていた。夢子に悪気はないのだ、それは分かっていた。でも、あなたのお兄さんは無精子症でおまけにEDなの! だから、私は生みたくても、生めないのよ。瑠美子は大きな声で言いたくなる。
でも、幸せの中にいる夢子には何を言っても今は通じないと思っていた。だから、瑠美子はいつも言葉を飲みこんだ。
「夢子ちゃんこそ、頑張ってよ。お義父さんもお義母さんも楽しみにしていると思うわよ」
義妹に言ってみる。
「内孫より外孫の方が可愛いと言うし」
「私はまだまだ、亮と新婚気分でいたいから」
夢子は頬を赤くして恥ずかしそうに笑った。瑠美子は夢子にイライラしていた。ただの嫉妬だった。
今晩も日課の奉仕が待っている。
瑠美子は、初夜から、健史と義父の娼婦だった。
毎晩、健史が
「もう、いい」
というまで瑠美子は何時間でも、口と手で奉仕しないといけない。それが終われば、義父が待つ部屋に向かう。昼間は優しい姑は、夜はなにもかも見てみぬ振りだった。昼間の瑠美子に姑はとても優しかったから、姑なりに夫の何かを諦めていたのかも知れない。
瑠美子にとってこの生活は地獄だった。
加賀城家の親類に、
「うらやましい身分ね」
嫌みを言われるのにも慣れてしまった。優しい義理の両親。
素直で可愛い小姑とその夫。広い敷地のお屋敷に住み、住み込みのお手伝いさんが八人もいる。婚約後、瑠美子は舅の命令ですぐに役場を退職した。
瑠美子はやはり、舅の命令で全身ブランド物で身を固めていた。
はたから見たら優雅に暮らしているように見えるのだろう。現実は金に売られて嫁に行く身なのに。
「美人は得ね」
人の言葉は、嫌味がつき物だった。
「美人だから、いい家にお嫁にいけた」
こう言う意味だろうか。
「嫌味を言うなら、代わってあげたいわ」
瑠美子は思う。もう一つ、
「第一子は跡取りの男の子」
という村社会の常識に瑠美子は押し潰されそうだった。
夫は子どもが出来ない身体なの! 私だって、産めるものなら産みたいわよ! 何人でも! 全て、ぶちまけたくなる。
「私の身にもなって見なさいよ! 」
いつも心の中で瑠美子は泣き叫んでいた。血を吐くくらい泣いていた。
義父の太郎は六十歳。息子と違って、瑠美子を満足させてくれる。まだまだ、現役の男だ。
「お義父様。お待たせいたしました」
「おお。瑠美子、来たか」
「はい」
「待っていたよ」
舅は言う。
「今日も、抱いてください、お父様。と言え」
「今夜も瑠美子を抱いて下さい、お父様」
「瑠美子」
「はい」
「いいか、お前は俺の女だ。それを、忘れるな」
「はい」
「お前は生身の高価なおもちゃだ。健史と俺が共通に使える生きた遊具、身分は奴隷だ。わかっているな、瑠美子」
「わかっております」
瑠美子はキツク目を閉じた。そうすると少しは救われた。
すぐに終わる。手ぬぐいで目隠しをされて、服は脱がずに着たまま。エプロンもつけたまま。それが、義父の趣味だった。瑠美子は今夜も、
「お父様、嬉しい、嬉しいと。瑠美子は喜んでいます」
声を上げなければならない。言わないと往復、頬を叩かれるのだ。
助けて。
「ここを出たい、今すぐにでも」
嫁いでからずっと、夜の瑠美子は娼婦だった。
「汚らしい女」
身体を売って生活をしているようなものだわ。瑠美子は華やかで裕福そうに見えてもどこか薄汚れている。自分のことをそう思っていた。確かに、瑠美子はたまに外出先で会う学生時代の同級生よりも、ずっと老け込んでいた。
子どものいない結婚生活が数年続いたとき、義妹の夢子に、
「お義姉ちゃん、この人をよろしくね。亮っていうの」
深井亮を紹介された。もの静かで優しそうで、素敵な人だと思った。半年後、夢子が派手な結婚式をあげ、同じ敷地内で暮らすようになってから、瑠美子は亮に違和感を覚えるようになっていった。
幸せそうなのは夢子だけ。瑠美子にはそう見えたからだ。亮さんは幸せそうには見えない。どうしてかしら? 瑠美子は感じていた。
恋愛結婚なのに。
「この家は、息苦しいでしょう。こんなに広いのに」
初めて亮から話しかけられたのは、同じ敷地内で暮らしはじめて二ケ月程たった頃だった。顔を上げると亮がいた。亮は母屋で一人いた瑠美子の事を見て言った。
「亮さん。私が? どうしてですか? 」
「笑っていても、お義姉さんは」
「なあに」
「悲しいように、笑っている」
「亮さん、何を言っているの。私は」
瑠美子は無理に笑う。
「私には悲しいようになんて。何もな」
言葉に詰まった。溢れ出す。泣いてしまっていた。
「やっぱり。当たりだ」
気が付いたら物影で瑠美子は強く亮に抱きすくめられていた。
「亮さん、やめて下さい。誰かに見られたら」
「好きです。あなたの事が」
思い出す。
「落ちた」
「何に落ちたの」
鈍感な亮は問う。
「恋」
瑠美子は思い出しながら言った。
「私はずっと、暖かい腕が欲しかったから。でも、あの頃は亮さんも幸せには見かった。まだまだ新婚だったのに」
「俺? 」
「幸せそうなのは夢子ちゃんだけで、亮さんは心がどこかに行っているように見えたわ」
「確かに。そうかも知れない」
亮は携帯電話の画面を見て言った。
「その話はもっと聞きたい。でも時間」
「もう、戻らないと」
「瑠美子、タイムリミットだ。また、今度」
亮は帰って行く、闇の中に。林を抜けて、夢子の待つ家に。
あれは義務として毎夜、瑠美子の負担となっていた。報告が義務になったのはいつからだっただろう?
そうだ、あの時からだ。あるとき男として役に立たない自分自身に腹を立てて健史は瑠美子に暴力を振るっていた。ただの八つ当たりだ。珍しくもないいつもの事だった。
「なんで、ダメなんだ。瑠美子、お前が気を入れてやらないかじゃないのか? 」
健史はいつもより執拗だった。瑠美子は健史に責められていた。
「そんな事はありません」
「いつも、何を考えながらやっている。他の男のことか? 」
瑠美子は泣きながら、
「あなたのことです」
答えた。答えるのが精一杯だった。
「お前はいつも、他の男のことを思っている。俺にはわかる。どこで、出会った? 」
「誤解です」
「はやっている出会い系のアプリってやつか? 」
「私はお屋敷の外には、一歩もでていません。本当です。街にお買い物に行かせて頂くときは、お義母さんか、夢子ちゃんか梅乃さんが、いつも一緒です」
「じゃあ、お前は誰のことを思っている? 」
「それは」
なんて答えよう。亮のことがばれたら、もうおしまいだ。
「あなたの事です」
「本当か? 」
「本当です。信じてください」
これが、毎夜、繰り返されるやりとりだった。
「こんな毎日はまるで拷問」
瑠美子は呟いた。今日は特別執拗だった。瑠美子は思い切り頬を叩かれ、
「もういい。気分が乗らない、何もかも、お前のせいだ」
瑠美子は頬の痛みをこらえて、
「申し訳、有りません」
健史に泣いて詫びた。
「お前の好きな男は親父じゃないだろうな」
それは違う、瑠美子は思った。
「違います。それは違います。信じて下さい。私はあなたのことしか」
「お前が、毎晩親父に抱かれている事は知っている。妊娠の兆しはないのか」
なんで、知っているの。まさか。
「お義父さんがあなたに言ったのですか? 」
「親父が吐いた。でも、親父とお前は身体だけだ、愛情はない。そうだろう」
「そうです」
「だから、俺は妬かない」
「お前の全ては俺のものだ、瑠美子」
「そうです」
「ああ、そうだ。瑠美子、お前は早く親父の子を孕め」
瑠美子は訳がわからなくなった。
「お、義父様の子、どもですか? 」
「お前も、もう三十過ぎだ。子どもが欲しいだろう」
女だもの、子ども、欲しいわよ! 一体、何を言っているの?
この人は。この家族は。何なの?
お義父さん、お義母さん、夢子ちゃん、そしてこの人。加賀城家の足のない跡取り息子の健史。
「今日はもういい。親父のところに行って、抱かれて来い」
「はい」
瑠美子はうなだれて言った。
「行ってきます」
アア モウダメダ ナニヲイッテモ ツウジナイ
フツウジャナイ ナニモカモガ フツウジャナイ
コノヤシキノヒトハ ワタシハ コカラニゲタイ
「今日から、俺に全て報告すること、いいな。親父の寝室でやったこと、全部だ」
「ほ、うこく、ですか? 」
「嫌ならビデオカメラをまわしてやってもいい、コレクションをつくる。どっちを選ぶ? 」
「その事はお義父さんも」
「親父も知っている」
嫌です、とは言えない。瑠美子は泣く泣く報告を選んだ。
「撮影は勘弁してください。報告にしてください。どうかお願いします」
「よし、さっそく、報告義務は今日からだ、俺は起きて待っているからな」
「行って来い」
「わかりました」
瑠美子は、
「これぐらい、耐えて見せる」
つぶやいた。唇を噛む。もうすぐよ、もうすぐ。
「ほんの一時よ、一時、演じれば、すむだけのこと」
そう自分に言い聞かせた。瑠美子は義父の部屋を訪ねた。
「まず、襖の向こうにお義父様がお座りになっていました。キスをされました。私を布団の上に引き倒し、後ろ手に縛られました。いつものように手ぬぐいで目隠しをされ、あとは、されるがままです。私が履いていた下着を口の中に突っ込まれ、いつもの薬を塗られました」
「それはなんの薬だ? 」
「わかりません。多分、快楽がます薬だと思います。後は、おとなのおもちゃで陵辱され、大きな声を出せといわれ。最後は往復、頬を殴られました」
「声を出したのか」
「はい」
「何を言った」
「お義父様、もっともっと瑠美子を犯してください、と言いました。台詞は毎日、同じ台詞です」
「わかった。今日はもういい」
健史は先に寝てしまった。飽きてしまったようだ。
「お義父さま。瑠美子です」
夫に好きに遊ばれ、義父に身を任せる生活は地獄のようだった。
亮の存在が救いだった。
瑠美子には妊娠の兆候はなかった。
瑠美子は相変わらず、夫と舅の性のおもちゃとして毎日を耐えて暮らしていた。
瑠美子の実家の父と母がそろって他界したのは、瑠美子が三十一歳の秋だった。年の離れた弟は東京の大学に進学しこの村には遠い親戚の年寄りがいるだけだった。
「毎月の援助は学生の弟に送金して欲しい」
瑠美子は舅に頼み込んだ。言い分は飲んでくれたが、今以上に辛い要求をされた。足元を見られている。それも、仕方がない。いつものことだ、瑠美子はそう思うことにした。
突然、状況が変わった。
とうとう、舅と瑠美子の行為を車いすに乗ったままの健史が楽しげに撮りはじめたのだ。瑠美子の声も。化粧をして服を着たままおもちゃの手錠で拘束されている姿も、容赦なく、撮影された。
涙は出なかった。亮が支えてくれているから、なんとか生きていた。瑠美子は消えてしまいたくなる。夜は瑠美子にとっては長かった。
「お父様、瑠美子を抱いて下さい」
これは毎晩のように言わされている。ここ最近、また瑠美子は泣くようになった。しばらく、泣いていなかったのは諦めていたからだろう。今は泣いていた。
亮の事を思って瑠美子は泣いていた。毎晩、凌辱されながら瑠美子は一人静かに泣くのだった。
ある日、一緒にお昼ご飯を食べている時、姑が
「瑠美子さん、ごめんなさいね」
ポツリと言った。いつもは、姑と瑠美子と夢子でお昼を食べるのだが、今日は、
「友達とランチ」
街まで出かけていた。
「何も力になってあげられなくて」
「何の事ですか」
「あの人と、健史の事」
「お義母様」
「本当にごめんなさい。瑠美子さん、私のことを恨んでいるでしょうね」
「お義母さん、そんなことは、思ったこともありません」
「いいのよ。私も私の姑の事を恨んでいたから、瑠美子さんの気持ちは私が一番よくわるの」
「お義母さん」
「だから、もっと、私を恨んでちょうだい」
もしかしたら、お義母さんも?
瑠美子の勘は当たったようだ。
「私にもっと力があれば瑠美子さんを助けてあげたいのよ。でも、ごめんなさい。無理なの」
「お義母さん。いいんです」
「私が若い時は村の親戚筋の男なら、誰でも受け入れるように言われていたの。今と違って時代が時代だったから」
「親戚中って」
「この村は半数以上の家が、うちの親戚筋にあたる、それは知っているでしょう。瑠美子さんのご実家は違うけれど」
「知っています」
「あの時、男性は三十~四十人ほどいたかしら」
「まさか」
「本当よ、十九歳でお嫁に来てから、毎晩、違う男が忍びこんできた。隣の布団には主人が寝ていたのに」
「お母さまも? 」
「夫に訴えても、だめだった。これが、この村の風習だ。と言われただけ。妊娠中も男たちは皆お構いなしで、情け容赦なんてなかった。健史はあの人の子どもだけど、下の夢子はね、正直、誰が父親だかわからないのよ」
「お義母さん、私、何も知らないで。ごめんなさい」
「いいの」
優しい姑は笑ってくれた。
「もしかして、その中には」
「当然、舅もいたわ」
「おじい様も」
「舅が私と寝たがる日は、主人も村の男たちも遠慮をしていたわね。でもこれがこの村の悪しき因習なの。助けてあげられなくてごめんなさいね、瑠美子さん」
「謝らないで下さい、お義母様」
「瑠美子さん、どうか耐えてちょうだい。耐えて」
そう言って義母は泣いた。
義母も長い時間を耐えていたのだ。
瑠美子は思った。
ニゲナケレバ トオクニ
半年を過ぎても、かけおち計画はまったく前には進まなかった。
「もうすぐだから」
いつもと変わらない様子の亮は言う。
その言葉を信じて、瑠美子は旅行鞄に必要最低限の荷物を詰めめはじめていた。
「いつ? 」
具体的には聴けずにいた。
見えないところで亮が頑張っていてくれると信じていたからだ。
瑠美子は信じるしかなかった。
亮の事を。
亮の言動全てを。
亮と夢子が結婚して、二年半、二人の間に供が出来た。
瑠美子は大きなショックを受けた。
子ども?
妊娠?
夢子ちゃんに子どもですって?
「すまない」
亮は瑠美子に頭を下げた。
「こうするしかなかった。うまく、計画を進めるには。夢子が疑わないようにするにはこれしかなかった」
亮は言った。
「あの計画と夢子ちゃんの妊娠が何か関係があるの? 」
「ある程度、夢子の機嫌をとって安心させておかないと、準備は進められない」
「分かったわ。亮さんを信じていいのね」
亮はうなずいた。
「瑠美子、お前は亮と何かあるのか」
唐突に健史が言い始めた。返事は出来なかった。
「お前と亮は目もあわせない。疑しい」
「何もありません。亮さんは夢子ちゃんのご主人ではないですか」
「女中たちが話しているのを聞いた、かなり、噂になっている。知っていたか? 」
「知りません」
健史はニヤリとしながら瑠美子に言った。
「まあいい。お前に罰を与えよう。親父と相談して決めた」
「なにをですか」
「とって食おうとは言ってない。お前は今日から、村の親戚筋の男たち、全員の相手をしろ」
「そんな、嫌です。嫌です!」
瑠美子は、
「うるさい! 」
夫に松葉杖で殴られた。
「ただし、亮を除く、だ」
「亮さんを、ですか」
「親戚筋の男たちを集めて、親父が言い渡した。皆、喜んでいたぞ。お前は美人の部類に入るから、本家の綺麗な若奥さまを共有出来るなんて、夢のようだと言っていた。下は十代から上は六十代までの、亮を除く。ほとんどが妻子もちばかりだが、嫁連中に文句は言わせない」
「酷いわ! 」
「俺に逆らうのか」
そう言ってまた殴られた。この痛みに瑠美子は耐えるしかなかった。
「今日は、俺の部屋、親父の部屋、地下の部屋の順だ」
「地下の部屋ですか? 」
「地下の座敷牢のことだ。お前に鍵をやろう。好きに使え」
「はい」
「それと、もう一つ。部屋には見学者を入れる、亮だ」
「あなた。そんな、あんまりです」
「やっぱり、亮とお前は何かあるのか」
「ありません」
「それなら、いいだろう。亮も楽しみにしている」
嘘よ。そんな。瑠美子はその場にヘタヘタと座り込んだ。
亮さんが。
楽しみにしているなんて、嘘よ。絶対に嘘。
亮さんに会いたい、会って本当のことを確かめたい。
「今夜、いつもの時間、いつもの場所で」
瑠美子は亮に連絡を入れてみた。その夜、いつもの時間、いつもの場所に亮はやってきた。
やってきたのは、亮一人ではなかった。舅、そして車いすに乗った健史も一緒だった。
「亮さん? 」
健史さんと、お父様が。
「亮さん、これは何」
三人、にたにたと笑っている。
「馬鹿女」
健史が言った、
俺たち三人がお前で遊んでいたのを知らなかったのか」
「あそぶ? 違うわ。私は亮さんと将来の約束を」
「あんな話を本当に真に受けるとは思わなかったけどな」
亮が楽しそうに笑っている。
「亮さん。嘘だったの? 何もかも? 私たちの恋も」
「瑠美子。お前は馬鹿か? 」
健史が言った。
「貧乏人が恋なんて、贅沢なことを言うな!」
舅も言った。
「瑠美子、おまえは高いペットだ、人間じゃない、そう、言っただろう。数億もするペットを好きに使って遊んで、それの何が悪い」
「お義父さま、健史さん、亮さん」
「お前一人に幾らかかっていると思っている? 」
「僕がお義姉さんなら、もっと、自分の立場をわきまえますけどね」
なんて馬鹿だったのだろう。私は、この人たちに騙されていたのだ。
「解ったな、瑠美子」
「今日もいつもの順番だ」
「はい」
返事をするしかなかった。
「俺、親父、そして今日は東山家の次男の吾郎だ」
「はい」
「あいつはまだ、若いからお前も楽しみだろう」
「分かりました」
返事をするしかなかった。
どれくらい時間が流れただろう。いつの間にか、瑠美子は朝を迎えていた。
お義父様が。健史さんが。亮さんまでが。
最初から亮さんはお義父様とあの人と一緒になって。私のことを影で笑っていた? 酒のつまみにでもして?
私の映像を見て? そして、笑って。
許せない。
「殺そう」
瑠美子は思った。
「とりあえず、亮さんから」
もう、迷いはなかった。今日決行しようと思った。今日は夢子が街の友達の家に行っている。その間に、瑠美子は愛した男を殺そうと思った。
猟銃が趣味の舅が集めている銃を使おうと思った。
一つだけ残してあとの全ての銃は森の中に隠した。
自宅のリビングに一人で座っていた亮を狙った。玄関に鍵はかかっていなかった。
背後から亮に近寄った、亮は瑠美子に気がついていなかった。瑠美子はさっきまで愛していた男の心臓を撃ち抜いた。鈍い音がした。即死だった。
次は健史を殺そうと思った。健史は自力で逃げる事が出来ないから簡単だった。動けない夫。
真正面から健史を撃ち、瑠美子はにっこり笑った。
「さようなら」
もっと、はやくこうすればよかった。
舅。
舅は自室にはいないようだった。その姿を探しながら、瑠美子は太郎が逃げないように全ての車をパンクさせた。舅は納戸にいた。幸運なことに一人だった。
「お義父様」
振り返った。まず、腹部に一発撃った。
それから、瑠美子は死にかけている舅の口をあけて銃口を突っ込み、撃った。終わった。
私で遊んだ、男3人はもうこの家にはいない。
瑠美子は笑いが止まらなかった。とても、悲しい笑いだった。
瑠美子は自殺をした。お腹に子がいると、気が付く前に命をたった。
余談ではあるが、瑠美子の体内には父親のわからない子どもが宿っていて、瑠美子は獄中出産した。女児だった。
瑠美子は獄中で死んだ。
「亮さんだけが光だった」
この話は男を三人殺し、そして獄中で死んだ一人の哀しい女の話である。
完
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