マトちゃんと深雪ちゃん 斎藤緋七
深雪ちゃん(42)が死んだ。心臓発作。深雪ちゃんは「発見! 」が遅くて死後1週間で大家さんに発見された。私は息をしていない深雪ちゃんとこのハイツの狭い部屋で過ごしていたことになる。ちなみに、今の季節は、2月、冬。寒さの影響か深雪ちゃんは死後1週間もたつのに、綺麗なままだった。私はロシアから空輸された、マトリョーシカ人形なんだもん。
深雪ちゃんは、家庭のある従兄弟の45歳のおっさんとつきあっていたの。しかも、そいつには、深雪ちゃん以外にも部下の愛人A(42)がいたから、うちの深雪ちゃんは、3番目。おっさんは完全に深雪ちゃんを単なる遊び相手として見ていた。
「俺に夢中なら別れる。単なる遊びなのを忘れるな! 」
繰り返し言っていたのを覚えている。私は深雪ちゃんが大好きだったから、頭にきていたの。
私の知っているルールでは、死後49日間、魂は今の世界に留まることが出来るはずだけど、見
あげても深雪ちゃんの魂は浮いていないのよ。こんな事ってある? 私はもう一度、深雪ちゃんに会いたかったけど、諦めていたの。でも、深雪ちゃんが大家さんに発見されて焼かれちゃって、
少ししてから私は夜中に深雪ちゃんの声を聴いたの。
「マトちゃん?! 」
声はするけど、見上げても深雪ちゃんの姿はなかった。
「マトちゃん。ここよ、ここ。床を見て! 」
「深雪ちゃん!! 」
そこには、床に這いつくばっている深雪ちゃんの魂がいたの。
「深雪ちゃん! 会いたかった!! 」
「マトちゃん! 私もよ!! 」
「深雪ちゃん、私、遺品として一緒に焼いてもらえなかったの!
それどころか深雪ちゃんの彼の娘が私を欲しいって! マトリョーシカは珍しいからって言うの!! 」
深雪ちゃんは這いつくばったままだ。なんで、深雪ちゃんは浮かばないんだろう?
「深雪ちゃん、どうして、床に這いつくばっているの?! 」
「生前、悪い事をした魂は空中に浮かび上がる事が出来ないみたいなのよ」
「悪い事?もしかして,不倫の事?深雪ちゃん、おっさん、お葬式に来ていたよ!! 」
「一応、従兄弟だからね」
「おっさん、少し、笑っていたよ?どうして?! 」
「別れ話をしていたから。清々したのよ、きっと」
「あっちは罰を受けないの?! 」
「分からないけど。私、行ってみたんだ。彼の家。庭で家族で笑ってバーベキューしていた。
私、大きな犬と奥さんに踏まれちゃった。私みたいなのを『馬鹿な女』って言うのよね! 」
深雪ちゃん、笑いながら、泣かないで。
「実はおっさんの家に念を飛ばしてみたの。とても立派な七段飾りのお雛様が有ったわ。深雪ちゃん、私、遺品整理の時、望まれたら、おっさんの家に行こうと思うの! 」
「マトちゃん?! 」
「私に任せて、深雪ちゃん。私、あの家の人形たちに協力してもらって、あの男に『勘弁してくれ』って言わせたいのよ。深雪ちゃん、おっさんの前では、従順な女だった。感情を押さえていた。私、それが、見ていてとても辛かったのよ」
「ありがとう、私、マトちゃんが言ってくれること、やろうとしている事を信じるわ! 」
私は無事、深雪ちゃんの『遺品』として娘の梓ちゃんの持ち物になった。深夜、私は七段飾りの雛人形たちに事情を話してみた。
「真司がそんな酷い事を?! 」
五人囃子たちも三人官女も、おっさんが深雪ちゃんにとった態度に怒っていた。
姫「殿。これは何とか! 」
殿「しないといけませんな」
皆、頷いてくれた。さて、どうしようか? 」
殿「マト殿、私たちは3代この時田家を守る、雛人形です。でも真司にも罰を与える必要がある」
「はい」
殿「ここは一つ、私たちに任せてはもらえないでしょうか?! 」
殿の言葉に私は納得し「お願します」と言った。
それから、ありとあらゆる災難が真司を襲った。足の指を折ったり、友人の借金を背負いこんで
破産したりヘルペスに感染して、40度の熱が20日間寝込んだり、奥さんの「出会い系不倫」が
発覚し離婚したり、娘の梓ちゃんが妊娠したり、長男くんが大けがをしたり、愛人Aさんの夫が怒
鳴り込んで来たり新しい若い愛人Bが妊娠したり、もうぐだぐだだった。
雛人形たちが「死なない程度の痛みを追わせる」と言って頑張ってくれた結果だった。
「私、すっかり気が済んでしまったわ! 」
深雪ちゃんは笑顔で言った。
「ねえ、見て。マトちゃん」
そういって深雪ちゃんは、ふんわり、浮いて見せてくれた。
「深雪ちゃん!浮遊できるようになったのね」
「私、身体がが軽くなったみたい。あの人の事もなんとも思わなくなったし、もういいの」
「深雪ちゃんがそういうなら! 」
私は、雛人形たちにお礼を言って一件落着とした。
私は強く念じてA神社に自分の魂の供養してもらいに行った。
「今度は人間の女の子に産まれてきたい。深雪ちゃんと友達になって楽しい時を過ごしたいの」
あの小さなアパートで2人で暮らしていたあの頃みたいに。