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啼き声は闇に溶ける ⑦ 斎藤緋七

「エスポワールと関係があるんじゃないのか」
その時はまだ、エスポワールがどんな行為を指すのか俺はわからなかった。聞いても教えてくれない。
大人たちの様子を見ていると重要な行為であるのが感じ取れる。
「アクセルさま。誰かから、アドレナクロムについて、もう、話をききましたか?」
ルネが、ひっかかった。
「アドレナクロムはエスポワールと同じじゃないのか。アドレナクロムをエスポワールと呼んでいる、俺がフランス名で呼ばれているのと同じだ」
「さすがですね」
やはり、エスポワールはアドレナクロムのことだったようだ。
「エスポワールの抽出ををやるのは十三歳から十五歳が一番、適した、年齢らしい」
「ああ、その話は俺も聞いた」
「今の仔兎で十三歳から十五歳って言うと、どいつだ? 」
「マックスでした」
「やっぱり、マックスは、それで夕べ、死んだのか」
「そうです」
やっぱりそうか、予想した通りだ。
「雌なら、ステイシーとアポリンヌが十三歳くらいだからいい年頃だな」
十三歳から十五歳。
ちょうど、中学生くらいがエスポワールに適しているということか。
「次に、お客様が見えたら、その三人から抽出するか。ショック死をするから臓器売買で、更に金が入るんだな。悪い話ではないな。アドレナクロムはいつも、高額で取引が出来る」 
「まあ、そうだ」
「それにしても、つい、最近まで幼い兎ほど抽出するにはいいと思っていた」
「ああ。俺もだ」
「これからは、この島は性のお遊戯よりも、アドレナクロムを抽出する専門の島になるらしいぜ」
「初耳だな」
アドレナクロム。
「そういうことになったらしい」
男たちが話をしていたのはこのことだったのか。
「そうそう、アクセルさま」
ルネは振り向きざまに言った。
「アクセルさまやジルさまのお気に入りからは、アドレナクロムを抽出しないので、ご安心ください」
そう易々と安心出来るか。
「急ぐ必要が出て来たな」
 嫌な汗が出た。
「命懸けとはこのことだ」
でも、命を掛ける価値はある。


夜まで語学の授業があり、異変に気が付いたのは次の日の朝だった。
「最近、仔兎の入れ替わりが、すさまじく、早くないか」
俺は竜馬に言った。
「んー。そう言えばそうだね」
十三、四歳くらいの仔兎が消えている気がする。
「マルタン、マクシミリアン、アントワーヌ、アナステイジア、エロイズ、カミーユ。皆、十四歳前後だ。
最近、姿を見ないな。」
「皆、外国に移送されました」
ジャンさんは笑いながら言った。いつも、にこやかな人だ。


「最近、また、入れ替わりが激しくなったよな? 」
ジャンさんがどこかに行ってから、俺が竜馬に言うと、ミートソースのパスタを食べながら、
「へ? 話題何? 」
「もう、いい」
更に竜馬に聞いた俺が悪かった。
「ジル。ごめん」
「アクセル。何かやったの」
「もう、いいんだ」
「仔兎たちはこれから、どんどん、入れ替わりが激しくなって行きます」
ジャンさんが戻ってきて言った。
「激しすぎてついて行けない」
そう言った、俺に、
「覚える必要はありませんよ。キリがありませんからね」
ジャンさんは笑顔でこたえた。俺は日に日に辛くなって行った。
毎日、俺達兄弟とロランとエデンの四人で勉強漬けの毎日を送っ ていた。
「そう言えば、ロランとエデンはどこから、連れて来られたんだ」
エデンは、
「私は京都府の北部です。海沿いの街です」
ロランは、
「僕も一緒です。エデンとは同じ町内です。二人とも京都府の海に面した、田舎街の出身です。学年が違うし、特別に親しかったわけではありませ んが存在は知っていました」
そう言った。
「美少女で有名だったから」
なるほどな。
「恥ずかしいから、そんなことを言わないでください」
エデンは真っ赤になっている。
雄の仔兎をさらうついでに、たまたま、近くにいた可愛いエデンも、さらわれて来たのか。
 「アクセルさま。京都府は知っていますか」
エデンに聞かれた。
「もちろん、知っているよ、修学旅行で五月に行った」
エデンは俺達と同じ小学六年生、十二歳。
ロランは今、十三歳。来月十四歳の誕生日を迎えると言っていた。
「私の名前は新井鈴蘭といいます。鈴蘭ってちょっと恥ずかしいけど、お母さんがお花が好きな人で、お母さんの希望で私の 名前は鈴蘭になりました。お母さんも花の名前なの」
「新井鈴蘭ちゃんか、可愛い名前だね。お母さんは? 」
「菫です。妹も、お花の名前で、桔梗って言うんです。桔梗はまだ、二歳半なんですが」
「菫さんも、桔梗ちゃんも、可愛い名前ね」
 竜馬が前のめりだ。
「お母さんが統一したかったみたいで」
「鈴蘭ちゃんはとっても、可愛いから、鈴蘭ちゃんって名前が似合うよ」
「ありがとうございます」
ロランが、
「来年になったら同じ中学校の中三と中一だよね? 」
エデンに笑い掛けた。
「はい。私は来年、中学生になったら卓球をやりたいと思っていました。ロランさんは部活は? 」
「速攻で帰宅する倶楽部」
エデンは無邪気に笑った。案外、活発な面もあるのかも知れない。
エデンは笑顔が眩しい程、かわいかった。でも、俺のタイプではない。
竜馬はずっと、エデンのことを見て、文字通り、デレデレとしていた。
情けない。
「急遽、十五分間、休憩にします」
珍しく、五分以上の休憩時間がもらえた。
竜馬は走って、トイレに行っていた。我慢していたようだ。
「ロランは家にいたころ、テレビ番組はどんなのを見ていたの」
俺がロランに聞くと、
「テレビはあまり見ませんね。僕はノートパソコンでオンライン動画を見るのが好きでした。一番上の兄が大学に通いながら、オンラインで動画を配信 していて、結構お金を稼いでいたので、ただ、テレビを見るよりも動画の作成に、興味がありました」
「その、オンライン動画って何」
トイレから戻った、竜馬が言った。
「オンライン動画はパソコンやスマートフォンを使って、自分が伝えたいことを、全世界に配信するんです」
聞いたことはある。
「それが、You Tofuって言うのか。そんなのがあるんだね。流行っているの」
「You Tofuは聞いたこと、ありませんか? 」
どうやら、ロランは、YouTofuとやらに詳しそうだ。
「YouTofu。オンライン動画の発信をロランもやりたくなったの? 」
「僕は二番目の兄と動画作成を手伝っている内に、自然と興味を持つようになりました。いつか、自分でも配信したいと考えていました。何かに興 味を持って調べて自分の意見を配信したくなったら配信したいなと漠然とですが思っていました。一応、自分のチャンネルだけはあるんです」
「すごいな。二番目のお兄さんももっているの? 」
「真ん中の兄貴はないです。長男と違って次男は空手をやっていて体育会な ので、長男の撮影の手伝いも嫌々やっています」
「はは、嫌々なのか」
俺は聞いた。
「次男は嫌々や本当にただ、やらされていたみたいですね。番組名が 【ときちゃんのウキウキちゃんねる】 ですからね、友だちに知られるのが恥ずかしい 思います」
「ときちゃんのウキウキちゃんねる、か。上のお兄さんは面白い人だなあ」
「兄は名前が時也なので」
「ははは、なるほどな。内容はどんな内容だったの」
「内容は、ときちゃんが伝説の生き物が好きなので、ツチノコ探しとかです」
「伝説のユニコーンを日本で発見!!    とか?」
「それも有りです」
「あははは」
笑ってしまった。
「まったく、カッコイイものではありませんよ。ニンゲンを騙すカワウソがいるらしい愛媛県、宇和島市にお住いのシバユリコさまから、メッセージをいただきました。読んで見ま しょう。みたいな内容です」
「別の意味で面白いな」
 また、笑った。ロランも何故か恥ずかしそうにしていた。
「オンライン動画か。必要な道具を揃えて、コツを覚えれば俺にでも出来るのかな。うちは中学に入らないと、スマートフォンもパソコンも買って貰えない家だから。授業で 使う程度のパソコンの知識しかないんだ」
 俺が言うと、
「僕でも出来ますよ。パソコンも要らないです。スマートフォンが一台あれば出来ます。俺は自分の動画チャンネルを、全然更新していないので、忘れられていると思いますが」
「ロランの動画チャンネルは絶対に見たいな」
「兄貴を手伝ってやっているうちに自然に覚えたんです。ちょっと、やってみたいなと思って。何を配信したいのか? 何について動画の向こうの人が興味を持っているかを知って、それに応えるかですね」
「ロランのオンライン動画はなんていう、タイトルなの? 」
「チャンネル名は 【小悪魔たちのレポート】 です」
「面白そうなちゃんねる名だな。その 【小悪魔たちのレポート】 では何を配信しているの」
「僕は世界の凶悪犯罪史についてです。自分なりに新聞をチェックしたり、検索して情報を拾ったり電子書籍を読んで、調べたり。図書館で本を借りたり。子どもが加害者になる犯罪、例えば、今の日本は小学生が珍しいLINEのスタンプをあげると言われて、性犯罪に巻き込まれるような世の中です。そんな、気になる事件について自分の意 見を発信しています」
「すげー スタンプかよ? 」
心の底から感心してしまった。十五分間はあっと言う間だった。
エデンはニコニコと微笑みながら俺たちの話を聞いていた。
まるで、聖母みたいだ。
「さあ、これからは英語のお時間です」
英語のレニー先生が言った。
まだ、二十代半ばの若い先生だ。独身でモデルみたいにかっこいい。
「あ、あれ」
窓の外を見て竜馬が言った。
「おい、勉強時間中の私語は禁止だ。集中しろ」
俺は言った。
やると決めたらとことん、集中したいタイプだ。
「あんなに新しい仔兎が、一度に沢山船から降りて来たから。最近、多いと思って」
「あの団体ですか」
レニー先生も窓の外を見た。
「最近、大猟みたいですね」
ぞろぞろと男女合わせて、二十人くらいの仔兎たちが船から降りて無言で建物の中に入って行く。そう言えば毎晩のように激しい啼き声が聞こえてくる。
今、俺はロラン と同じ部屋で寝起きしている。
その時、レニー先生の持っているスマートフォンが鳴って先生は、
「急ですが、自習の時間にします」
そう言って、慌ただしく部屋を出て行った。
「何やら嫌な予感がします」
ロランが呟いた。
今は先生たちの目も届かない。ロランは俺が思っていたよりも、ずっと、頭が切れて、真面目で誠実な性格の少年だった。
「入ってくる仔兎の多さと、死んで処理される為に島を出て行く死体の数が、ほぼ、一致しているんですよね。少し、不思議だと思って」
自分の右腕にしたい、と思った自分の直感が正しかったと思った。
でも、今は思わない。
俺はロランを右腕になんかしない。
仔兎にもしない。
ロランを、この、高梨光也を連れて脱出してやる。
ロランではない、高橋光也として生きることが出来るように。
それが、俺の望みだった。
「そう言えば」
気が付かなかった。
「急に出入りが激しくなった、でも、数は一定している。増えながら減っていると言うことか」
これはどういうことだろう。前は週に一、二度聞こえてきていた仔兎たちの啼き声は毎夜になった。
しかも、明け方まで続いていることが多い。俺にもっと、力があ れば救い出せるのに。
今、この短い間にも幼い命が失われているかも知れないのに、どうすることも出来ないのは苦しい。
夜は無理だが、朝ならヘリポートを見渡すことが出来た。
最近、仔兎島には毎日のように外国からの要人たちが仔兎島を訪れていた。
「日に日に要人のやってくる頻度が増えたような気がします」
ロランの目は確かだった。この観察力は俺にはない。
「陽! 」
竜馬は人前でもたまに俺のことをぽろっと、陽と呼ぶ。
「ジル。俺は、今は陽馬ではない。アクセルだ。」
「アクセル! 見てよ、窓の外を見てみてよ! ヘリポートの方を見て! 信じられない」
「さっきから、なんだよ」
「うちの、お姉ちゃんたちが歩いている」
俺は大きな声を出した。
「ばーか。うちのお姉ちゃんたちが、歩いているわけがないだろう」
「噓じゃないよ。ほら。見てよ。あれって、うちの杏姉ちゃんと響姉ちゃんだよ」
「なんだって」
「お姉ちゃんたちが窓の外にいるよ、歩いている」
「あ」
「本当だよ、見てよ」
「まさか」
「見てよ、あれは、うちのお姉ちゃんたちだよね」
ヘリポートに目をやった。
薬か何かを使われているのだろうか。足元がふらついている、若い女の人が二人、立っている。
ルネや他の男の使用人が身体を支えている。
「本当だ」
「だから、さっきから言っているのに」
「お姉ちゃんたちだ! 」
「杏お姉ちゃん! 響お姉ちゃん! 」
 竜馬が叫んだ。
 でも、振り向いてくれない。
「間違いない。杏お姉ちゃんと響お姉ちゃんだ! 」
 そこには、懐かしい、杏お姉ちゃんと響お姉ちゃんがいた。
「どうして、お姉ちゃんたちが、ここに? 」
「分からない」
 そこに、ルネがやって来た。
「アクセルさま、ジルさま。今、さっき、佐々木家のお姉さま方が到着しました」
「ルネ。お前がさらってきたのか」
ルネは質問にこたえずに、にっこりと笑った。
「雅さんの血を引いた、美しい、娘さんたちのことが欲しいと、ドニさまがおっしゃいましたので。それで、島に来ていただいたのですよ」
 そんな。お姉ちゃんたちまで。ドニさまの気分次第で平気な顔で人間を拉致をするのか?
「お姉さまたちにもコードネームがつきました。例に漏れず、フランス名で呼ばれることになります」
懐かしい、お姉ちゃんたち。
ただ、
「アクセルさま、ジルさま。お二人の、おねえさま方のコードネームが決まりました」
ルネが念を押すように言った。
「ああ、そうなのか」
「おねえさまたちには、これからは杏さまと響さまではありません。日本での生活と名前を棄てていただきます」
「それで、お姉ちゃんたちを今日からなんて呼んだらいいんだ? 」
「今日から杏おねえさまは今日からノエミさま。響おねえさまがクレモンスさまと呼ばれることになりました」
ノエミとクレモンスか。覚えやすいな。
フランス名は発音が難しいし、日本人の名前よりも長い名前が多いから不便だと思うことも多い。
「お姉ちゃんたちをこれからどうするつもりだ? 仔兎にするには年齢が合わないだろう、二人とも年齢が二十歳を過ぎている」
 俺は言った。
「やっぱり、姉妹揃って、ドニさま専用の愛人になるのか」
「そうです。お二人とも、ドニさまの愛人としてここで生活をしてもらいます」
ドニさまの愛人になるって本当なのか。
佐々木家で一緒に育った、お姉ちゃんたちが揃ってドニさまの愛人になるのか。
ドニさまの気まぐれのために、お姉ちゃんたちは、この島に拉致されてきたのか。
「近いうちにお姉ちゃんたちに会うことは出来る? 」
ルネに聞いた。
「無理だと思います」
ルネからは短い返事が返って来た。ドニさまを、父親と思うのはもうやめだ。
「お姉ちゃーん。お姉ちゃーん」
すぐ、横で竜馬が泣いている。
「お姉さま方には、ドニさまだけではなく、ドニさまのご友人のセックスの相手もしてもらうとは思いますが」
杏お姉ちゃんには恋人がいた。
同じ大学の同級生でやたらと機械に強い人だった。島根県の離れ小島出身で、大学の近くで、アルバイトで生計を立て ている、今どき珍しい苦学生だ。
「あ! あの、若い男の人は? 」
竜馬が言った。まさか。
「車中におねえさま方を車に押し込めるときに男に、現場を見られてしまいまして」
「見られたから、ついでに連れて来たってこと? 」
「まだ若く、体格も良くて、便利に使えそうな男だったので一緒に連れてきました。まだ、臓器も若いですしね」
「見られてしまったのか」
「そうです」
ルネが少し、暗い顔になった。
「見られた以上は、殺すか連れてくるかの二択です。まだ、大人しい男です。力仕事をさせて使い切ってから、金にします」
「ふうん」
宗次郎さんは、どうにでもなる男を演じているのかも知れない。
俺もそうだ。
今はどうにでもなる、子どもを演じている。
「ドニさまが、そう、判断なさいました」
「へー 」
俺はわざと、あまり興味がない振りをルネに見せた。
宗次郎さんは、お姉ちゃんたちを心配してついて来てくれたのか。
「では、仕事がありますので失礼します」
ルネは出て行った。
竜馬も小さな声で、あっと言った。
竜馬は目を見開いて俺の袖口を掴んで、
「ねえ。あの人って、そ」
竜馬も宗次郎さんに気がついたようだ。
「アクセルー 」
不安そうな目で竜馬が俺を見た。俺は竜馬の目を見て頷いた。
「どうにかして、なんとか」
「なんとか? 」
なんとか、なるかも、知れない。
「いや、何でもない」
「あの、若い男の人のコードネームは? 」
俺は、夕飯のときにルネに聞いて見た。
「ああ、あれは、ノエでございます」
コードネームは、ノエ。間違いなく、蔵元宗次郎さん。
 杏お姉ちゃんの恋人だ。 


「片方、逃げたぞ」
「捕まえろ」
勉強中に陸きい声が聞こえてきた。脱走みたいだ。
ここでは、脱走者は珍しくない。
「捕まえろ! 」
朝から、ドニさまの声が聞こえた。
エミリー先生が不思議そうにしていた。
「クレモンスを捕まえろ」
「クレモンス! 」
クレモンスは、響お姉ちゃんのコードネームだ。
「お姉ちゃんが逃げている」
俺は窓の外をみて叫んだ。
「クレモンス!!   」
「 響お姉ちゃん! 」
 竜馬が叫んだ。
「戻って」
 まさか。
「だめだよ。無謀だよ。お姉ちゃん、戻って」
 響お姉ちゃんが、本当に逃げている!
「ジルさま。この島ではあの方はクレモンスさまです」
「まさか、逃げようとしているのか」
「まずいんじゃないか」
 驚いて、窓の外を見た。 キャミソール姿の響お姉ちゃんが走っていた。
「脱走だ! 」
「響お姉ちゃんが裸足で走っている!!  」
「だめだよ、響お姉ちゃん!とにかく戻って!  」
 俺は大声で言った。多分、この声はお姉ちゃんには届かない。
「はやく、捕まえないとクレモンスさまが殺されてしまいます」
 ルロワ先生が言った。
「だめだよ。響お姉ちゃん」
「響お姉ちゃん!  戻って。殺されるよ」
  俺は叫んだ。
「嫌よ。離しなさいよ。家に帰るのよ」
 響お姉ちゃんも、必死で、抵抗をしている。
「クレモンスさま、戻って下さい」
「自分の家に帰るの。私はクレモンスなんていう名前じゃないわ。私の名前は佐々木響よ、クレモンスじゃないわ! 」
「戻って下さい、殺されます」
「帰るのよ、このことを広めるわ。拡散してやるから。日本の領海内でこんな犯罪行為が行われているなんて」
お姉ちゃんは、
「こんなことは、許せない。幼い子どもを誘拐してきて、あんな、ちっちゃな子に大人のセックスの相手をさせて、麻酔無しでとアドレナクロムを抽出して吸ってら使い 物にならなくなったら殺して新鮮なうちに臓器を売って! 」  
響お姉ちゃんが真実を言っている。
俺も知っていた。
でも、アドレナクロムについては、もう少し知りたい。
俺は、語学の先生が慌てて授業を中断 して、どこかに行ったことを思い出した。
あのときの、呼び出しとお姉ちゃんたちがここにいることは、何かの関係があるかも知れないと思った。
でも、響 お姉ちゃんは戻った方がいい。
このままでは、響お姉ちゃんは確実に殺されてしまう。
 ここでは、人の命なんて1枚のA4用紙よりも軽いんだ。
「だめだよ。響お姉ちゃん、戻って! 」
「響お姉ちゃん。それ以上は、だめだ。殺されてしまうよ。戻って」
俺は、響お姉ちゃんに言った。
「陽馬と竜馬」
「響お姉ちゃん。陽馬だよ。今は建物の中に戻って! 」
「お願い。戻ってよ、響おねえちゃん! 殺される! 」
竜馬が、響お姉ちゃんに、
「戻ってよ! 」
その瞬間、鈍い銃声がした。
響お姉ちゃんは背中を銃で撃たれた。響お姉ちゃんはその場で崩れ落ちた。
即死みたいだ。
「ドニさま? 」
それは、ドニさまではなかった。
引き金を引いたのは、ドニさまではなく、まったく、別の人間。
無情に引き金を引いて 響お姉ちゃんをうったのはノエ、蔵元宗次郎さんだった。
その隣には硝子玉みたいな冷たい目で響お姉ちゃんの遺体をみている、杏 お姉ちゃんが立っていた。
「響お姉ちゃんまで殺されてしまったね」
青い顔をして竜馬が言った。泣いてないる。
「ああ」
「もう、響お姉ちゃんにもあえない。お兄ちゃんにもあえない」
「悔しいよ。でも、仕方がないと思うしかない。お兄ちゃんのときもそうだった。でも、俺たちはこのことを忘れないでいよう」
俺は竜馬の背中をポンと軽く叩いた。
どうして、こんな台詞を言っている?
「響お姉ちゃんを撃った、あの男の人って、杏お姉ちゃんの彼氏さんだよね? 」
竜馬が震えながら俺に言った。
「そうだな、蔵元宗次郎さん、杏お姉ちゃんの恋人だ」
「ど、どうして。あの、宗次郎さんまでが、この島にいるの」
「多分、ついでかな。巻き込まれたんだ」
響お姉ちゃんを殺したのは宗次郎さんだ。
「ご苦労だったな。ノエ」
宗次郎さんが丁寧な仕草で、ドニさまに銃を渡している。
「ドニさま、これをお返しします」
「後で、いつもの場所に戻して置いてくれ」
ドニさまの長い髪が風になびいている。最近、寒いと思う日が増えた。
ここに来たのも秋口だった。
何か月もたっているはずだ。
「前に日本の山で野生動物を撃つ為に買っておきっぱなしにしていた猟銃が意外に役にたったな」
「本当ですね」
宗次郎さんも、ドニさまも、笑っている。 これは現実だ。
「あの宗二郎さんもこの島にいるみたいだね」
「間違いない」
俺と竜馬はお互いの顔を見た。二人とも表情がなかった。
何故だか、硝子みたいな目をしている。
「これってさあ、悪くて嫌な夢とかじゃないよねえ。響お姉ちゃんまで、死んだね」
「ああ」
返事をするのも辛いと思った。
どうして、空は晴れているのかと、空に腹がたつほど、どこにいいのかぶつけたら、いいのか、分からない、怒りの感情をもてあましてい た。
「やりきれる訳がない」
独り言を言った。
そのとき、宗次郎さんがこっちを見た。宗二郎さんが、俺たちを認識してくれたと思った。
宗次 郎さんは真剣な目をしていた。
まるで、別の人みたいだ、顔つきが厳しい感じになっている気がする。
「宗次郎さん、俺たちのこと、見ていたよね」
「ああ」
「俺もお前もこの島にいるって、分かったはずだ」
「宗次郎さんがひどい目にあっていないといいけど」
宗二郎さんは、タイミングが来たら俺たちの味方になってくれるかも知れない。
大人よりも、子どもの方が人数が多い、資源のない小さな離島で。
味方になってくれる、 大人は貴重な存在だと思う。
「宗次郎さん、元気そうだったね。杏お姉ちゃんも。響お姉ちゃんは死んでし まったけど」
「お兄ちゃんも響お姉ちゃんも死んだ。寂しい。これって、やっぱり、僕たちのせいになるのかな」
「分からない」
逃げ出した響お姉ちゃん。
宗二郎さんに自分の銃を渡して、響お姉ちゃんを殺すように仕向けたのは、俺たちの父親だ。
そして、アド レナクロムについて、響お姉ちゃんは知っていた。
杏お姉ちゃんも宗次郎さんも知っているだろう。
お父さん、お母さん。響お姉ちゃんが殺されたよ。
俺たちのせいだ。
これで、佐々木家の五人兄弟は 三人になったよ。二人も殺されたんだよ。
ごめんなさい、俺たちのせいだよ。
お父さん、お母さん。ごめんなさい。
全部、全部、全部、何もかも俺たちのせいなんだよ。
でも、
「泣くな、佐々木陽馬! 」
今は我慢のときだ。 ⑦終

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