電話が苦手です

 概ねいって、私は電話が苦手です。


電話で問題なく話せる人

 まず、誤解を防ぐために、電話でも支障なくコミュニケーションがとれる関係の人々を挙げておきます。

・両親、その他親しい親族
・(親しい)友人


 以上です。逆にいえば、これ以外の関係の人と電話をするのは避けたいということです。

どうして電話が苦手なんですか?

 「ふつうに」電話を使える人にとっての疑問はこれだと思います。では理由を以下で詳しく見ていきます。一部被っている部分もありますが、ご容赦ください。
 電話が苦手な人は頷きながら見てくれると嬉しいです。

1. すぐに返事しなければならないから

 電話はその場の会話という形でコミュニケーションをとります。この性質が私を苦しめるのです。
 メールやライン、手紙ならば、相手の事情を理解したり、自分の事情を伝えたりするための時間が自由に確保されています。本文を読んで、それからしばらく考えて返事を送ればいいのです。

 ところが電話だとこうはいきません。
 相手の言ったことは、それを聞いている間に同時進行で理解していく必要があります。自分が言いたいことも(かける側ならともかく)すぐに発話内容を整えて言う必要があります。
 この三つの作業を、相手の姿が見えない中で同時に進めることが要求されます。これは私のような人間にとって非常につらいことです。
 
 相手は何を言っているのか、自分は何を言わねばならないか、場合によってはメモも取る必要があるし相手方に誤解をさせてはいけない――このような状況になると頭が爆発しそうになります。
 予期せぬ返事が帰ってきたり、聞き取りが追いつかなくなったりしたら、脳内はもうパニックです。恐ろしいのは、そういった事態が稀ではないことです。
 電話中、手が血を抜かれたかのようにキンキンに冷えることさえあります(友人・家族間では大丈夫)。

2. あまり電話を使わないから

 慣れないことをするのは頭にかかる負担を増やします。電話にも同じことがいえます。
 電話が苦手な人、嫌いな人は、もちろん、できる限り電話を使わないように努力するでしょう。問い合わせはメールやラインでする、電話でしか連絡方法できない店には予約しない、などのように。
 これが「電話が苦手」の悪循環を生むのです。電話をあまり使わないから電話に慣れることができない。電話に慣れることができないから電話がもっと苦手になる。この繰り返しです。

※電話を日常的に使うが電話が苦手な方も、たくさんいらっしゃいます。

3. 双方の時間を不随意的に奪うから

 電話は自分と相手の時間を奪います。
 これだけを見ると「いやいやメールとかラインも同じだろ」と思われると思われると思いますが、電話とこれらには大きな違いがあります。
 それは、「その場で対応させる/させられる」ということです。

 メールやラインならば送られてすぐに返信する必要はありません。よほどの緊急事態でなければ1,2時間は猶予があるでしょう。その間に内容を読んだり、返信を作ったりすればいいのです。
 しかし、電話はかかってきたときに取るのが基本です(もちろんわざと出ないこともできますが、一般には褒められた行為ではないでしょう)。
 すなわち、電話がかかってきた時点で、自分の時間は電話をすることに費やされることになります。また、電話をかけた時点で、相手の時間を電話をすることに費やさせることになります。
 私は電話のこの性質が苦手です。もちろん危篤を知らせるときなど、緊急を要する場合に役立つ性質ではありますが、それでも私は電話に時間を奪われたり、電話で時間を奪ったりしたくありません。

 ただし、電話をする前に「○○時○○分に~について電話したい」といった連絡があれば、この性質は問題ありません。事前に確認が来れば、理由3. は消滅します。

(ちなみに、私の友人はみな良い人ばかりで、電話前に確認のラインを送ってくれます。とてもありがたいです。)

4. 失態を晒すのが怖いから

 私は電話が苦手です。従って電話で話すのが下手です。

 最初に友人や家族となら電話が使えると書きました。それは事実だと思っていますし、私もほとんどノーストレスで通話できますが、他人に言わせると「ロボットみたいな喋り方になってる」そうです。
 親密な関係の人と通話するときでさえ話し方がおかしくなっているというのですから、知らない人や関係が薄い人と通話するときは言うまでもないでしょう。
 そんな人間が電話をすれば、何らかの失態(言うべきことを忘れる、間違いを連発する、など……)を犯すのは間違いありません。私はそうなることを恐れています。
 失敗は悪ではない、というのは承知していますが、失敗はどうあがいても私には避けるべき恐怖として映ります。
 もし失態を晒したことで相手の機嫌を損ねてしまったら? 相手の対応が悪くなったら? 想像するのも怖いです。

5. 声しか聞こえないから

 電話は音声のみを用いるツールです(ビデオ通話は別として)。この性質も私が電話を苦手とする理由の一つです。
 ふつうのコミュニケーションならば、声以外でも表情やジェスチャー、場合によっては文字や絵などを使って情報を伝達することができます。だが電話だとこれらの手段は封じられ、声だけが頼りになります。
 私は聴覚でものごとを理解するのがあまり上手ではない(言語や視覚のほうが得意です)ので、電話となるとただでさえ高くないコミュニケーション能力がさらに落ちてしまうのです。

6. (知らない)人と話すのが苦手だから

 恐らく、これが電話を苦手とするいちばん根っこの理由だと思います。

 私は知らない人と話すのが一般人に比べて苦手です(少なくとも自分ではそう認識しています)。昔に比べればマシになりましたが、新しく人間関係を築くときの精神負担は非常に大きいものになります。そのうえ挙動も不審になります。
 なお、「知らない人」を「あまり関わりのない人」に代えても話は同じです。むしろ、こちらの方が場合によってはきついかもしれません。
 そういった人と話すだけでもしんどいのに、電話となると相手の顔やジェスチャーがまるで分からないのですから負担は倍どころではありません(これは5. でも書きましたが……)。

実際電話をするとどうなるの?

 そんな私がやむを得ず、気が進まない電話をしなければならない羽目になったとき、どうなるかを述べます。

第零段階:そもそもかけられない

 非常にやりたくない電話(問い合わせや母校の先生への電話など)の場合、まずこのフェーズから始まります。
 そう、電話をかけるのを先延ばしにしてしまうのです。
 
こういったタイプの電話は、ああかけなきゃいけない! と心の中で思い出した瞬間に胸が痛くなってくるので、忘れたくなるのです(たとえその場しのぎの策だとしても)。
 この胸の痛みは、先生や上司に怒鳴られているとき、あるいは受験、発表、人前で歌を歌わなければならないときの胸の痛みと似ていて、敢えて形容するならば、「胸の中が空洞になって、そこに氷を詰められている」ような、ものすごく嫌な感覚です

 そうして電話から遠ざかり続けた結果、いよいよ限界近く(電話をしなければならないギリギリになったとき、もしくは先延ばしにすることの精神負担が電話をかける精神負担を上回ったとき)まで来てしまいます。ここに至ってようやく電話をかける決心をすることになります。

第一段階:電話をかける準備をする

 電話をかける決心をした後に待ち受けるのが、電話をかける準備です。この準備は二つあります:心の準備内容の準備です。

・内容の準備
 まず電話をかけるときに、何を伝えるか内容を書いたメモを用意します。たいていの場合、コピー用紙に走り書きです。この時点でかなり緊張しているので、字は普段よりも汚くなります。
 場合によっては、脳内で発話演習を行うこともあります。

・心の準備
 メインの準備はこっちです。すすまない電話をかけることで生ずる負担を受け止めるための心を準備しなければなりません。具体的には以下のようなことをします。

*音楽を流す
*スマートフォンを起動し、万一にも間違わないように電話番号を何度も見直す(固定電話ならば電話機の起動は省略)
*頭の中で何を言うかを繰り返し確認する
*「私は電話する運命なのだ」と自分に言い聞かせ、腹をくくる

 これらを行い、精神的に耐えきれると予想できたら、電話番号を打つか、通話履歴等から電話先を見つけ出して電話をかけます。
 いよいよ血戦のときです。

第二段階:移動(第一段階と同時に行うことも多い)

 これが終わったら、自分以外の人間に話し声を聞かれない場所まで移動します。自分が電話で失態を晒しているのを、そこまでいかずともしどろもどろになっているのを聞かれたく(見られたく)ないからです。
 幸いにも私は電話対応の仕事をしたことがないので、基本的には人に声を聞かれないままで、電話をするという死闘をなし遂げることができます。
 なお、どうしても人に声を聞かれないような移動ができない場合は、可能な限り人から離れます。

第三段階:電話をかける

 ここが正念場です。深呼吸して電話をかけます。電話番号を打たないといけない場合はさらに大変です。
 心臓がはち切れんばかりに脈打ち、四肢の先が冬の鉄のように冷たくなり、両手は細かく震えます。もう本当に嫌ですが、しなければならないことなので泣く泣く電話します。

 通話を始めると呼び出し音が鳴ります。この音も聞きたくありません。
 さていよいよ闘いが始まりました。幸いなことに相手方は丁寧な対応をしてくださることが多いのですが、それでも私の心は休まりません。
 前述した「同時進行」を頭の中で何とか処理しながら(実際は処理しきれていない)、用件を伝えてお返事をいただきます。自分の発話が「はい」まみれになります。
 用件を伝え終わったら、相手に感謝の気持ちを数回述べて電話を切ります。

第四段階:余波

 電話が終わった瞬間に日常に戻れるわけではありません。疲弊し、異常をきたした精神を回復させる時間を設ける必要があります。
 この回復に要する時間はだいたい5分程度で、その間に冷えた手足や心拍数が元に戻って、震えも落ち着いていきます。ここまでやって、ようやく電話という苦難は終わりを告げるのです。

おわりに

 私は(とりわけ見知らぬ人や関係が薄い人との)電話が苦手です。私のことを例にして、電話が苦手な人もいるんだということを頭の片隅に置いていただければ幸いです。

 最後に僭越ながら、電話が苦手でない方々にお願いをいたします。偉そうに見えたらすみません。

 もしあなたの友人や知人、部下、上司、先輩、後輩、家族、取引先の方などに電話が苦手な方がいらっしゃいましたら、以下のような取り計らいをしてくださると幸いです。
・可能な範囲で、連絡はメールないしラインなど文字媒体を中心にする
・電話をしたいときは、事前にその日時と内容をその人に電話以外の方法で伝える(事前に時間と話すことが分かるだけでも心の負担は軽くなると思います)

 それでは、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!