「サイバーパンク」という言葉の意味の変化
こんにちは。Kainexと申します。
この記事では、「サイバーパンク」という言葉から、単語の意味が、その単語が持つ雰囲気によって変異することについて見ていきます。
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サイバーパンクとは何か?
この記事の目的を達成するために、まず、「サイバーパンク」とは何なのかについて説明します。少し長くなりますが、どうぞお付き合いくださいませ。
サイバーパンク(英:Cyberpunk)とは、一言でいうと空想科学(SF)のジャンルの一つです。語源を紐解いて、その意味を見ていきましょう。
サイバー(cyber)は、漢訳すると「電脳(空間)」、すなわちネットワークのことです。ネットワークとは、何らかのモノ同士をつなぐ技術、あるいはそうしてつながれたシステム全体のことです。サイバーパンクのネットワークでは、コンピューターだけでなく人間の頭脳もつながれることがふつうです。
また、パンク(punk)とは、反骨精神のことです。イギリスで興ったロックの一分野であるパンク・ロックがその語源になっています。パンク・ロックは、社会に対する不満を露わにして表現する音楽であり、それが転じて「反骨精神」といった意味にもなりました。なお、punkという言葉には、もともと「不良」「犯罪者」「未熟者」といった意味があります。
この二つの語を組み合わせると、サイバーパンクは、「ネットワークの利用をテーマとした、反骨精神のある空想科学」ということになります。
なお、サイバーパンクは思想を表すこともあります。
サイバーパンクはなぜ興ったか?
サイバーパンクは1980年代に興りました。なぜでしょうか。
80年代までの空想科学作品では、「科学が発展すれば、世界はより豊かになっていく」という科学に対する楽観的な見方をしたものが多くありました。
日本の有名な映画を例に挙げれば、『妖星ゴラス』はその一つと言えます。『妖星ゴラス』は、地球を天体衝突から救うために、ジェットエンジンを吹かして地球を動かす、という非常に大胆で素晴らしい映画です。この映画には、科学への強い信頼と希望があふれています。
「科学と技術の発展により社会はどんどん豊かとなり、人々はどんどん幸福になり、明るい世界が訪れるだろう……。」という科学に対する信頼が、空想科学作品には、おおむねありました(もちろん、全てではありませんが)。
そういった空想科学の風潮に対する反骨精神により、サイバーパンクは生まれました。
サイバーパンクの作品の雰囲気は陰鬱としていて、退廃的(倫理観が崩れていて非健全)です。今までの楽観的で「明るい」科学への見方に対する反抗です。
サイバーパンクの作品世界では、人々は発達した科学により半機械化(サイボーグ化)し、人体機能を拡張しています。すなわち、生体と科学が融合しているわけです。人々はコンピューターとも融合し、高度な情報処理が行われます。追加として、人工知能が発達している場合もあります。
サイバーパンクの作品では、著しく科学技術が発達しているにもかかわらず、人々はそれほど幸せになってはいません。
代表的作品『ニューロマンサー』
サイバーパンクを扱った代表的として、ウィリアム=ギブスン作の『ニューロマンサー』を紹介します。ネタバレに注意してください。
『ニューロマンサー』は、サイバーパンクの代名詞と言われるほどサイバーパンク的であり、かつ有名な小説です。題名は神経細胞のニューロンと、死者を蘇生する者であるネクロマンサーの、ふたつの言葉からなっています。また、ニュー・ロマンス(新しいロマンス)ともかかっています。
舞台はチバ・シティという都市。「ヤクザ」と巨大企業「財閥」が経済を支配する世の中が描かれます。過去に、「マトリックス」とよばれるネットワーク空間(電脳空間)に侵入し、情報を企業に売り払っていた男性、ケイスが主人公です。
ケイスは仕事で不正を働き、神経を損傷させされて電脳空間に侵入できないようにされてしまいました。それから、ケイスはチバ・シティで薬物に溺れ、闇仕事をこなす日々を送っていました。
そんなケイスの所に、モリイという女性がやって来て、アーミテジなる男性と会わせます。彼はケイスに対し、「依頼を引き受けてくれるなら、電脳空間への侵入能力を戻してやる」と言います。これを承諾した彼は、人工知能「ニューロマンサー」との闘いに巻き込まれていく……というストーリーです。
生体と科学の融合や電脳空間、既存の空想科学作品への反抗といったサイバーパンクの要素を見事に踏まえ(、さらには日本を舞台とし)た点は、今のサイバーパンクの源流を作ったといえます。今でも色褪せない名作です。
『ブレードランナー』はサイバーパンクか?
近年、サイバーパンクという言葉は誤解され、これまで述べてきた空想科学や思想運動としての意味を離れつつあります。
理解を促すための例として、1982年公開の映画『ブレードランナー』を挙げましょう。この映画は、サイバーパンクを題材とした代表作としてよく取り上げられますが、実際はどうでしょうか。内容を把握して確かめましょう。
(ネタバレに注意してください。)
『ブレードランナー』の舞台は2019年のロサンゼルスです。『ブレードランナー』における地球は環境破壊が深刻となっており、多くの人々は宇宙植民地へ脱出しています。
移住先惑星の開発のため、「レプリカント」という人造人間が造られ、開発事業に従事させられていたのですが、意志を持ったレプリカントが離反するようになってしまいました。それに対処するため、離反したレプリカントを殺害するための警察組織「ブレードランナー」が作られることとなりました。
主人公のデッカードは昔、ブレードランナーでしたが、仕事に疲れて辞めています。しかし、彼は警察から呼び戻され、むりやりブレードランナーに復職させられます。そして彼は、レプリカントを暴き、殺す業務に従事することになるのです。
……以上が簡単な『ブレードランナー』のあらすじです。
『ブレードランナー』の冒頭に出てくる、重苦しく辛気くさいロサンゼルスの街並みは、もはやサイバーパンクとは切り離せないものとなっています。
しかしながら、『ブレードランナー』にサイバーパンク本来の要素はほとんどありません。サイバーパンクは電脳空間の利用と反骨精神から成り立つはずですが、『ブレードランナー』には、反骨精神はともかく、電脳空間は出てきません。すべては現実で行われます。
『ブレードランナー』がサイバーパンク「的」であるのは、その陰鬱とした雰囲気です。この点はある程度サイバーパンクの併せ持つ要素であるといえるでしょう。
サイバーパンク的風景と、そこから見える「サイバーパンク」の改変された語義
以下の三つの画像を見てください。「サイバーパンク的」としてよく取り上げられる都市の風景です。
1. 香港
(画像引用元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hong_Kong_Harbour_Night_2019-06-11.jpg 加工なし)
2. 重慶
(画像引用元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chongqing_Nightscape.jpg 加工なし)
3. 東京
(自らの撮影による。加工あり)
どれも高層ビルやネオンサインが際立っており、こんにち「サイバーパンク」と検索して出てくる都市の画像によく似ています。
では、ここに狭義の「サイバーパンク」はあるでしょうか? 現代はIT技術が発達しているので、「サイバー」であるとはいえるかもしれませんが、「パンク」はありません。中国も日本も、反骨精神盛んな国ではありませんから。
ところが、インターネットではパンク要素に欠けた作品もサイバーパンクとして扱われることが増えています。要するに、「サイバーパンク」の意味が広がっているわけです。ただのサイバーであってもサイバーパンク扱いされるようになってきています。
……こういった例示を考えてみることで、現在世間に流通している、拡張されたサイバーパンクの語義が見えてきます。
「サイバーパンクとは従来の空想科学に対抗する意味で生まれた、電脳空間の利用などを軸とする空想科学のジャンルや思想である。転じて、作品世界に、中国や日本の大都市を模倣したビル群やネオンサイン、看板などが登場したり、環境汚染が深刻化していたりしていて、陰鬱とした雰囲気を醸し出す作品のジャンルを指すこともある。」
といった感じです。
サイバーパンクの概念を拡張するか、あるいは狭義のサイバーパンクを堅持するか
言葉の意味というのは時が経つにつれ変わっていきます。
例えば、nice は、現代では「良い」とか「親切だ」という意味で使われますが、元々は「無知な」という意味でした。これが「無知な→無知であるがゆえ引け目を感じている→奥ゆかしい→繊細な→親切な」といった風に何段階もの語義変化を経て、今の意味になったのです。
サイバーパンクという言葉の意味も、同じく変化しています。nice の場合と違うのは、元々の意味も保っていることです。
では、サイバーパンクという語の意味は、どうなるのでしょうか? この問いには、主に三通りの考え方があります。
①本来のサイバーパンクの意味のみを容認する。……社会や体制などに対する反骨精神や反抗心とサイバー要素を両方持ち合わせているものだけがサイバーパンクだ。ただ単にネオンがギラギラしていたり、おかしい日本語があったり、超高層ビルが立ち並んだりしているだけのものは、サイバーパンクとしては認めない。
②基本的には本来のサイバーパンクの意味のみを容認するが、サイバーパンクのようなものも「サイバーパンク的」「サイバーパンク風」などとして受け入れる。……確かにパンク要素のないサイバーパンクというのは奇妙だが、語義の変化はある程度受け入れなければならないだろう。しかし完全にそれらをサイバーパンク扱いするのはおかしい。「サイバーパンク風」、「サイバーパンク的」とすべきだ。
③全部サイバーパンクである。……広義のサイバーパンクを認める。語義の変化は仕方ないので、サイバーもパンクもなくてもそれっぽかったらサイバーパンクとしてよいだろう。
あなたはどの意見を選ぶでしょうか。それは自由です。十人十色です。私はそれにケチをつける権利を持っていません。
私は、②を選びます。サイバーパンクにはパンクが必要ですが、同時にパンクである以上、あまりにサイバーパンクとしての「正しさ」を堅持するのは、反骨精神や反体制といった、「パンク」の精神性に反すると思うからです。そのため、中庸的な立場に立つことにしています。
サイバーパンクの世界が必ずしもビル群や雨、ネオンの世界だとは思いませんが、ブレードランナーにより確立された以上はなかなか揺らぐことはないでしょう。私も、「サイバーパンクの世界」と言われればまずこの類の世界を思い浮かべます。
そして、そういった「サイバーパンク」の世界が私は大好きです。
こんな感じです。すばらしいですね。
おまけ:ゲーミング
サイバーパンクと同じく、その言葉がまとう雰囲気によって語義が増えた言葉があります。その一つが、「ゲーミング」です。
ゲーミング(gaming)を直訳すると、「ゲームの」となりますが、広義の意味でのゲーミングは「虹色に光ること」を意味することがあります。これは、ゲーミングPCやゲーミングキーボードに、虹色に光る機能がよくついているためです。
この拡張された語義の「ゲーミング」により、ゲームの要素が全くないのに、ただ虹色に光っているだけでゲーミングということができます。ただし、まだ正式な語義にまでは至っていないものと考えられますが。
さいごに
この記事を読み終わったら、この記事の冒頭にある香港の画像をもう一度見返してみてください。あなたには、この画像がサイバーパンクに映るでしょうか?
この記事は以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。