場が人より長く生きるとするならば
親が少々ヤバい感じになってきたので、実家に頻繁に帰っている。江澤さんがジャズ喫茶「中庭」を開いているUR北本団地は私の実家から自転車6分、徒歩でも17分(GoogleMap調べ)。北本団地の商店街には、それこそ私も子供時代、手造りパン屋さんの干しブドウたっぷりブドウパン目当てでしょっちゅう出かけた。
「のどか」としか形容しようのない田畑と小山の点在する周辺風景に、突如登場する70棟にも及ぶ5階建ての均質な建物、UR北本団地だ。
空が青い。
武蔵野銀行が閉店し、ATMのみが残る。スーパーはなぜか薄暗い。しかし、それでもこの立地の団地には、そして、そこに住まう高齢者には、あるだけマシ、救われていることだろう。
団地内を歩いて出会うのはごくわずかの、けっして若くはない住民と、こちらもけっして若くはないNPC(non player character, プレイヤーが操作しないキャラクターのことを指す語)のごとき清掃スタッフたちだ。ふと数年前に放映されていたポストアプカリプスアニメを思い出す。
江澤さんとその仲間たちはここのシャッター商店街に現在2店舗を開店、そして、さらにもう1店舗準備中らしい。ジャズを中心にライブを週1ペースで開き、昨年はミュンヘンからブラスバンドも呼んだという。
今年のGW初日、ココシバ(うちの店)では「団地と共生」というトークイベントを開催した。北本の江澤さんと、同じくURの川口芝園団地から岡﨑広樹さんをお呼びしての対談だ。ちなみに「団地と共生」というタイトルは岡﨑さんが著した書籍からパクった。
同じ2000戸超えといっても、一方の芝園団地は15階建てで駅近、家賃お高めの都市型団地。中国系の若いファミリー層が住民の半数以上を占めていることでも知られている。現在、団地内の商業施設に空きはほぼない。
さて、イベントである。
話の中で、入居してすぐ自治会事務局に入った岡﨑さんへの既存住民からの反発と比べ、江澤さんへのそれは小さいもののように感じられた。
もともと江澤さんが北本団地出身だったせいかもしれないし、商店街の店舗という外に開かれた場所を入口にしたせいもあるかもしれない。日本全国どこにでもあるような緩やかな衰退という現状があるだけの北本団地に比べ、外国人と共生しなければという喫緊の課題がある芝園団地のガードは固かったということもあるだろう。
それにしたところで、江澤さんとこの「中庭」はジャズ喫茶だし、音という集団生活にいちばんトラブルになりそうな要素をたっぷりぶち込んでくる。団地に馴染むか馴染まないかと言われれば、まぁ、推して知るべしである。
「既存の役員さんたちが(物理的に)弱っていた、ということも大きかったんじゃないですかね」と江澤さんは語った。反発するにも体力と精神力がいる。少し前の時点でなんらかのコミットを打診したときは、正直反発されたとも彼は話してくれた。
そう、「敵」はもう弱っているのである。いや、もちろん彼らは「敵」じゃない、わかってるわかってる。おそらくいちばん熱心に頑張ってコミュニティを築いてきた人たちである。そして私は「敵」にはなりたくない。ただゆるやかに衰え、静かに滅びていきたい。場が人より長生きをするというのならば、そこで営まれる次の展開を、自分の望む形であろうとなかろうと、ニヤニヤしながら見守っていきたい、そんなことをイベントの最中、ずっと考えていた。