もしかしてあの水子【富士見市】
平凡社、角川、主な地名辞典にも、いわゆる「水子」に寄せる説というのは記載がないのですが、昭和30年発行、埼玉の伝説(日高市女影の回でも開きましたね)の中にいわゆる水子が由来であるという説を発見してしまいました、なので今回は
もしかしてあの水子?
富士見市水子に接したほぼ全ての方の脳裏に横切ったであろうこのハテナについて見ていきます
大正時代に書かれたものです
伝説は郷土所産の詩
伝説は其国文学の母
伝説は懐かしい郷土の産んでくれた愛すべき美しい詩であります
先にごめんなさいしておきます、水子の地名の由来、ちっとも美しい詩ではありません。けれどきっと皆さん、ずっと気になってますよね?
どうぞ最後までお付き合い下さいませっ
時は天正6年3月とあるのでちょうど上杉謙信の亡くなった頃のお話ですね。今の富士見市水子の大原というところに、勘右衛門という百姓一家が住んでおりました
その勘右衛門の家に、ある日の夕暮れ、一人の若い僧が訪ねてきて、一晩の宿を乞います
しかしこの勘右衛門という男、悪の限りを尽くしてきたような人物で、仏心などはこれっぽっちも持ち合わせておりません、自分の得にならないことは一切しないタイプでしたので
軽く門前払いをする…
のかと思いきや、なぜかこの時ばかりはどうした機縁か、僧の乞われるままに止宿させ、しかも16、7の娘にも給仕をさせ、そして翌朝、お見送りまでして僧を快く旅立たせてあげたのでした
ところが後日、勘右衛門は娘が
子を宿していることに気が付きます
いつぞやの僧であろう!
勘右衛門は腹を立て娘を激しく責めたてました、が、娘はまったく身に覚えがない、これは怪異のことであると否定をするより他がありませんでした
こうして親子の間に釈然としないものを残したまま、月は満ちて、娘は無事、男の子を出産しました
そこに例の僧がひょっこりと現れます
勘右衛門は恩を仇で返した所業に対し、あらん限りの暴言を浴びせかけ
お前の子だ、引き取れ!
そう強く責めよりました
そればかりか、はては仏法までをくさしました
若い僧は、静かにこれを聞いていましたが、やがて口を開くと
私には覚えのないこと。よろしい、その証拠をお目にかけよう
勘右衛門の手から赤子を引き取り、おもむろに息を吹きかけたかと思うと、赤子の姿はどこへやら。目の前より忽然と消え失せ、僧の手のひらには少しばかりの水だけがありました
このあり様を見た勘右衛門と家族のものたちはただ驚くばかりでしたが、さらに僧はたちどころに観音様の絵を書きあげると
産まれる子が鬼であろうと蛇であろうと、それが汝らの孫であるからには大切に育てるが当たり前ではないか
しかし赤子は水泡と化し、そして観世音の姿となった。これこそ汝らの日頃の悪行を改めさせるためである
今日から心を入れ替えて、善心に戻るがよいぞ!
言い終わるが早いか、僧はその姿を消し、そこにはただ観音様のイラストのみが残ったのでした
この日があたかも天正6年の3月21日であったため(空海の入定した日ですね)勘右衛門は「弘法大師の厚い思し召である」と感じ、その後はひたすらに善心を積み、生涯この絵を大切にしました
この絵が後に水子観音となり、そして水子観音から水子の地名が起こったと思われます
さて、富士見市水子の地名の由来、ごらん頂きましたが、いかが感じましたでしょうか
ちなみに富士見市は、コという言葉には場所という意味があるので(ここどこそこあそこのコですね)水子の地名の由来は水のある場所であると考えているようです
しかしこの伝説の出典は遊歴雑記、次の八潮の回でもお世話になりますが、江戸時代後期を生きた十方庵という方の書いた(彼の見た風景が瞼の裏に蘇るような素晴らしい描写の続く)旅行記録なんですね
その十方庵が「水子の地名の由来はコレであろう」書き残している以上、伝説の信憑性は決して低くないと私は思うのですが
それにしたってですよ
ストーリーがガタガタすぎやしませんかねえ
まあ伝説というのは実際の出来事をありのままに書き残してしまっては、傷つく人がいる、土地の評判が悪くなる、各方面からお叱りを受けてしまうので、鬼だの天狗だのキツネだのたぬきだのを用いて有耶無耶にしてしまう、そういうものかもしれませんが、登場人物の中で「ありのまま」を書き残されて気まずい思いをするのは
どう考えても若い僧ですよね!?
真相は分かりませんが、この懐妊が原因で勘右衛門さん一家に何か不幸な出来事があった、勘右衛門さんは若い僧をなじった、若い僧はせめてもの詫びの印に観音様のイラストを描いた
しかしイラストの由緒がスケベでは(僧侶ですからね)非常に都合がよろしくない、なので勘右衛門を悪者に仕立て上げ、責任転嫁と勢いで逃げ切ろうとした…
あんまりです
だって勘右衛門さん絶対すっごい良い人ですよね?
これスケベしてなければただ一泊したっつーだけの話ですよね?
何が汝らの孫だ、お前の子だんべ、このエロ坊主!