コウモリを保護して…①
ーーー『最も勘違いを起こしやすい我々人間は、
いつでもその勘違いを鵜呑みにする傾向にある。
勘違いを勘違いのままで終わらせることが、
楽だからだ。疑問を持ち、思考することは面倒だし
体力がいる。思考の深みを忘れた人間はいつしか
人間を辞めるだろう。』ーーー
これは最近私の身に起こった最大の疑問のお話であり、
記憶である。
とあるコウモリのお話である。
突然だが、アブラコウモリは吸血をしない。
コウモリの全てが吸血をする生き物ではない。
しかし多くの人たちは彼らコウモリは全て
吸血をする動物だと思い込んでいる。
仕方のないことだ。
何も知らないのだから。
何かキッカケがない限り、私は自らコウモリの生態を
調べることはしなかっただろう。
2021年 6月末のある晴れた午後。
私はとある民家の小道で一匹のコウモリを見つけた。
彼は弱っていた。彼は無数のアリに囲まれて藻掻いていた。
死んでいないのになぜだろう?
疑問に思った私は地面にしゃがみ込み、五百円玉ほどの
ちいさなコウモリに目を凝らした。
やはりコウモリは動いていた。
そして次の瞬間、私は見た。
そのコウモリには片腕がなかった。
瞬間、血の匂いが私の鼻を包んだ。
コウモリは腕から針のように突き出た細い骨を、
黒い血に染めてよたよた前へ進んでいた。
もう彼は飛べないのだ。
そう私は思った。自然界は恐ろしく厳しい世界だ。
そしてどこまでも美しい。
だから私は彼を助けなかった。
もし、私が彼を助けるなんて余計なことをしたら、
アリの食料を奪うことになるだろう。アリ達にとって
コウモリ一匹というのは大きな生命線になる。
それを人間である私が奪う権利がどこにあるだろう?
私は苦悶しながらも、ちいさき命から目を逸らした。
「ごめんね」
しかしここで事件は起きた。
アリの行列を避けながら歩いていくと、
近所の方々が顔をしかめて
「それでコウモリがウチに入ってきてね~」と
話しているのが聞こえた。カクテルパーティ効果である。
無意識の中の意識によって私は歩調を緩めた。
「だから追い払おうと網で捕まえたんだけど」
とその人は言った。とても淡々とした口調だった。
「裂けちゃったんだよね、羽が」
「そうなのぉ」
「私が殺しちゃったのかなぁ」
最後に聞こえたその声は、
先ほどよりも重たかった、と私は思う。
気がつけば私はアリの行列の中心にいた。
それから鞄の中からビニール袋と弁当の割り箸を
取りだして、迷う事なく、アリの半年分の食料を
横から奪った。彼らアリは混乱の絶頂にあるように
忙しく動き回っていた。
その様子を横目に、私は割り箸での先で掴んだ
黒いちいさな物体をビニール袋へ入れた。
「ごめん」
立ち去る間際に私は弁当の米を親指ほど
忙しない彼らの中央へ落とした。
コウモリを拾ってしまった。
この意識はなぜか私を激しく高揚させた。
私は無類の動物が好きだが、コウモリの情報をよく知らなかった。
唯一知っていたのは「感染症を媒介する生き物」であることくらい。
家に帰る前に、私はアブラコウモリについて
様々なサイトを参考に調べあげた。
もっとも学術論文にも目を通してみたが、
その内容があまりに研究的であったため、
外出先でじっくり読むことは出来なかった。
かくして私は、ちいさな命を家に連れて帰った。
コウモリを無断で捕獲することは禁じられている。
しかし、明らかに負傷している場合は一時的な保護
をしても良いようだ。
とりあえず県の保健センターに連絡は入れた。
(※保護した直後)
コウモリはひん死だった。
正直、一晩持つかどうかすら怪しいところだった。
呼吸が浅いのが見て分かる。
日本のコウモリに目立った感染症(狂犬病など)
は見られないが、それだって何が潜んでいるか
知れたものではない。だからもちろん素手では
触れていない。消毒もこまめにする。必ず石鹸で
手を洗った。飼い猫との接触を絶対的に避けた。
私はコウモリに生きて欲しいと願った。
これは明らかな人災だから。
これは自然の中の摂理とはかけ離れている。
コウモリは生きようとしていた。
次の朝、その子は無くなっていない方の腕を
ほんのわずか動かして辺りを探った。
私はその子を使わなくなった水槽に入れた。
保温のために新聞紙とハンドタオルを敷く。
その子のことを、私はA1と呼ぶことにする。
こういった場合に名前を付けてしまうと後で
途轍もなく後悔することになる。
A1はスポイトの先から水を飲んだ。
それも驚くくらいの勢いでゴクゴク飲んだ。
小さな牙は、鋭利で、たしかに血を吸いそうに
も見えた。が、アブラコウモリは基本的に昆虫
を主食としている。他のコウモリも果実を食べる
者もいる。吸血をするコウモリは極わずかの種類
のみだ。皆が皆、血を喰らうわけではない。
(※必死に水を飲むA1/夜)
私は感動した。
必死に生きようとするA1の姿に心打たれた。
小さなミミズクを飼っているので、
その子の間食であるミルワームをあげた。
子猫用ミルクは飲まなかったのに
ミルワームはむしゃむしゃ食べた。
無我夢中で食べていた。
それからA1は、その鋭い牙を器用に使って
自分の腕を食いちぎり始めた。
(※自分で片腕を食いちぎった翌日)
骨は断絶された。しかしそれで化膿は止められた。
野生動物の強さと賢明な選択にまたも感服する。
一刻も早く、A1を治療できる機関に渡したい。
が、県の野生動物受け入れの機関によると
「もう既に受け入れの規定数を超えている」
「なので野生動物の受け入れを行っている動物園へ
連れていって欲しい」
とのことだった。
私はさっそく横浜にある動物園に連絡した。
(…続く)