2025.1月チェロレッスン②:耳に痛い話を聞かされる。
先生はリサイタルを行う際、必ずホールの出入り口に“ご自由にどうぞ。”とのメッセージを添えて飴を入れた箱を置いている。
私は先生のだけでなく、様々なリサイタルに行くが、演奏者自ら飴を用意するリサイタルはなかった。
先月、先生のリサイタルがあった。
「今回リコラのハーブキャンディにしてみた。
これ、包み紙がカサカサしないんだよ。」
とのこと。
クラシックコンサートの観客席では、咳払いをよく耳にする。
生理現象だから仕方がないと思うのだが、止まらないと気まずい。
飴を舐めているお客さんを多く見かける。
咳をしないよう対策をしているのだろうが、飴の袋を開ける音が不快!とおっしゃる方が多いようだ。
そこで先生は、お客さんに気持ちよく過ごしていただくため、“咳と飴袋開封雑音問題解消対策”としてハーブキャンディを置いたのだ。
そこまで気を遣うんかい、センセ…。
コンサート会場で飴を舐める方々、咽頭の痛みに特化した会社の飴を召し上がっているのを多く見かけるが、あれ、美味しいうえにのどの不快感解消に良いけれど、けっこう匂いがするんだよね…。
リコラはそこまで匂いしないし味もいいから、先生良いものを見つけたと思う。
ただ…
「どうも足りなかったみたいで。数をもっと用意しないといけないね。」
あのねセンセ、持っていくのが一人一個であるとは限らないのですよ。
今回からフォーレ“エレジー”のレッスンを受けていく。今年秋の発表会で弾く予定。
曲に入る前に、基本的なフィンガリングの考え方について学ぶ。
「C線はF、G線はC、D線はG、A線はDを基準にフィンガリングを考えること。」
何となくそうかなと思いながら今までいたが、合っていた。
「ポジションが飛ぶ部分がどうしても出てくる。大体飛んだ先の音に注意がいって、その前の1音を捨ててしまいがちになる。1音を捨てることをしてはいけない。」
あー、よくわかる…。気持ちが先に行くと、その前がおざなりになってしまう。
続いて、曲全体について。
「曲はfから始まって、そして急にppに落ちる。次にpに上がり、ffまで登り詰めてpppまで落ちる。つまり、弾き分けをきちんとしないと曲にならないってこと。どう弾くのか全体をイメージしなさい。そして、イメージ通りに弾くには、fやpの音の質をどうすべきか考えなさい。」
音の強弱が激しい曲だなぁ。いかにもフランス音楽だ。
「同じメロディーが3回出てくる。フィンガリング、音の質と量、全て弾き分けなさい。
例えば、fはespuressivio弾く。pはdolce。
前回のシシリエンヌで散々やったから分かるだろう?」
分かるけれど、分かるのと出来るのとは違う。
ここまで解説を聞いて、ますます弾ける気がしなくなってくる…最後まで辿り着けるのかしら?
「前回宿題にした22小節まで、やってきた?」
ハイ。
「じゃあ、弾いてみなさい。そして、フィンガリングを確認しよう。」
ところが。最初の一音から…「Esが1⁈」と言われてしまう。
「だってセンセ、楽譜の印刷がそうなっています。」
私もココ、1で始まるのが変だとは思った。
先生、譜面と睨めっこする。
「…本当だ。最初から書かれている印刷は無視しなさい。」
無視(笑)。
「ボクの書き込みは厳守。」
センセのは厳守(笑)。
「じゃあ、Esは2で取りたいです。いいですか?」
「なるほど、Esを2で取って、次のDは2で下がるのか。いいね。」
ということで、1小節目から変更。
5小節目。
「そこは2ポジじゃなく、2番線7ポジで取る。」
うわぁ…弾きにくい。
「ppだからだよ。高いポジションで繊細に弾く。でも音量落とし過ぎるなよ。次pppがあるんだから。」
ですね。
「16小節2拍目の高いGから低いGに落ちるところ。最初のGは音を抜く。そして、次のGはpくらいまで極端に落とす。」
思わず下のGもffで弾きたくなるが、それはダメとのこと。
「18小節からのpppはビブラートは要らない。掠れるくらいの音量でいい。」
わかりました。
と、こんなような感じで22小節目まで弾いた。
私が考えたフィンガリングはほぼ先生と同じだった。
「それから、10小節2拍目のD、11小節2拍目のH、14小節2拍目のEs、15小節の2拍目Bにアクセント記号があるだろう。」
ありますね。
「それはね、ビブラートでアクセントを付ける。」
先生が弾いて見せる。
「ビブラートアクセント?初めてです。」
「アクセントだから強く弾くって意味だけど、この曲の場合、単に強くしたら変だろう?だから、ビブラートを細かく強くかける。すると、強いうえにドラマティックに聴こえる。聴き映えするだろう?」
本当だ。
「ほかの部分は、ゆったり大きくビブラートかけてね。」
ハイ。
「あと、曲の速さなんだけれど。理想はテンポ62。」
えー…。
「遅すぎてキツイです。」
遅いと、弓が足りなくなってしまう。
意図を察した先生が笑う。
「今夜が弾いたテンポだと70くらいだね。今のところいいよ、70で。」
ホウ…。
「じゃあ、次回は今日指摘したことを踏まえて22小節までまとめてきてね。できれば、次も見てきて。」
わかりました。
★
レッスン後。
「週末本番だったよね。」
私が片付けをしているのを椅子に座って眺めながら先生が言う。
私が所属するオケの定期演奏会。
「そうです。弦セレ1楽章の複雑なパッセージ、弾けるようになりましたよ。」
「ソレ、ホントかなぁー。」
う…先生の言い方にちょっとトゲを感じる。
「そっちばっかりやってたから、エレジーの弾き込みが甘くてすみません。本番終わったら、エレジーに専念できますから。」
「ちゃんと1楽章の複雑な部分弾けるのかなって、T先生(先生の先生)も言ってたよ。」
さらに突っ込んでくる先生。私個人を指しているだけではない言い方。
なんだなんだ、今日の先生は物言いがキツイぞ。
何かあった?
「それぞれいろんな事情がありますから、練習が足りない人だっていますよ。私がオケにいるの、そんなに不満ですか?」
そういうことなのかな、と私は思った。
先生、ちょっと考えてから言った。
「アマオケは幅広い年齢の人がいて、仕事持っている人、退職した人、様々いる団体だからね。事情は色々あるよね。」
私の質問の答えになってない。
先生、別なことを考えている様子。
「そうですよ。私も将来的には歳をとって耳が遠くなって目も見えづらくなります。反応も鈍くなります。合奏を楽しむ人たちの集まりなんだから、思い通りに弾けない人がいたっていいんです。みんなで楽しむ音楽団体なんですから。私だって仕事しながらですから、出来る範囲で精一杯の練習して臨んでいます。当然上手くできないところもありますが、仕方がない部分もあります。」
そう、反論めいたことを私は口にした。
「アマオケは、自分たちでお金出し合って運営して、自ら出した出演料で乗るんだから、それはいいんだよ。」
「センセ、何が言いたいんです?」
「数年前におまえを勧誘したチェロアンサンブル団体の演奏を聴いたんだよ。」
そういえば、そんなお誘いもあったな。先生に反対されて断ったけれど。
「たまたまYouTubeに上がっていた慰問演奏の。酷い演奏だったんだよ。ボクが指導者だったら絶対に慰問なんてさせない。あれじゃあ、自己満足の発表会だ。聴かされたほうはたまったもんじゃないよ。」
う…容赦ない。
「だから先生は私がアマオケの演奏会に乗るの、反対なんですか。下手な演奏聴かせるなって。」
それなりにがんばってるんだけどな。
悲しくなった。
「いや。だから、アマオケはいいんだよ。演奏会のお客だって、聴きたい人だけが来るんだから。
でも、慰問は違う。無償とはいえ依頼を受けて出向くんだから、それなりのクオリティのある演奏をしないと、お客さんに失礼だ。」
同じ演奏者として許せない、そういうことのようだ。
それから、と先生が続ける。
「先日、T先生がトラとして隣市のアマオケに乗ったんだよ。」
T先生はプロオケを引退して、現在フリーランスで演奏活動をしている。
隣市のアマオケは団員が少ないから、たくさんのトラを呼ぶ必要があった。
「どういう経緯でかはわからないけれど、大して弾けもしない二人の人がトラとして先生の後ろで弾いていたのだって。
T先生思わず『そんな練習不足の状態でトラとして乗るなんて楽団に失礼です。今後呼ばれても乗らないでください。』と言ってしまったって。」
うわぁ…。
T先生、私には好好爺だけれど、チェロ界隈ではおっかないことで有名だから、言われた人は震え上がったろうな。
「トラは団員と違ってギャラをもらって弾くのだから、団員以上に上手く弾けないといけない。
そういうプライドのない人は、トラとして乗ってはいけない。」
先生の言わんとすることはわかった。
肝に銘じておきます。
「隣市の弦楽合奏団の誘い、どうなった?」
昨年12月に、私に対してトラのお誘いがあった。
声をかけてきたのは、私の所属する楽団で2ndヴァイオリンを弾いているKさんだ。
「あれから声かけられていませんし、私から話を出すこともしていません。」
「そっか。人数間に合ったってことかな。」
先生にはその誘いは断るよう言われていた。私が下手だからということではなく(それもあるだろうけど)、その弦楽合奏団がトラブルを抱えているからだ。
巻き込まれないように、と先生に釘を刺された。
Kさんから正式な打診がないので、お返事しないまま日が流れた。
「そもそもKさん、今度のウチの演奏会降り番(休み)だそうで、練習に参加していないんですよ。」
「え?そうなの⁉︎」
先生、軽く驚く。
「用事があるらしいですよ。」
「用事なら仕方がないね。でも、ホントかな。」
今日はとっても疑心暗鬼な先生。
「Kさんがそっちの楽団に入ったの、ただの隣市弦楽合奏団へのスカウトだったりして。」
「センセ、今日は物言いが意地悪な感じがしますよ。Kさんはちゃんと年会費払っていますから、今回たまたま乗れないだけでしょう。
練習には来ていませんが、Kさんとは毎週会ってますよ。」
先生が首を傾げた。
「どういうこと?」
「事務連絡のためです。」
私はスマホの画面を開いて、メールの受信画面を開いた。
直近の画面全部がKさんからの受信だと、先生は見て取ったはず。
「本番が近いので、プログラム作成が追い込みでした。Kさんとは日に何度かメールをやり取りしていました。
Kさんとてもプログラムの仕事に熱心で、私はメール添付で構わないと言ったにもかかわらず、練習会の休憩時間目掛けてやって来て、私に直接校正原稿をくれてたんです。」
先生、手にした私のスマホから顔を上げて、
「毎週?わざわざ?隣市から?2時間車を運転して来るの?」
「はい。そして、私に原稿渡したら帰っていきます。本番乗らなくても団員なんですから、練習参加されたらいいのに。」
先生、スマホを私に返しながら言った。
「夜。紙一枚渡すためだけに遠くから来るなんて、それは変だ。プログラムの仕事のためとは思えない。」
今度は私が首を傾げた。
「そうですか?なんで?」
先生、呆れてため息をついた。
「どうしておまえはそう鈍いんだ。ちゃんと自分をガードしなさいよ。バリア張ってさぁ!」
「…はぁ。」
今いちピンとこない。Kさんはそんな感じの人じゃない。
先生ちょっとイライラしながら、
「明後日ゲネプロだろう。早く帰って寝なさい。」
と言う。
「はい。明日朝出勤したらそのまま当直でして。明後日午後7時からのゲネプロには遅れるかもです。早く仕事上がれるよう、がんばります。」
「おまえ、メチャクチャだな。」
呆れる先生を横目に、玄関へ向かった。
「おやすみなさい。」
「はい、おやすみ。」
なんだか説教くさいレッスンだったな。
何はともあれ、定期演奏会がんばろう。