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【緊急公開!】習近平氏の政治思想から香港国家安全維持法の成立を読み解く

2020年6月30日、香港安全維持法が成立し、即日施行されました。1997年、香港はイギリスから中国に返還され、「一国二制度(一国両制)をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって実施しない」とし、「表現や集会の自由」を含む「高度な自治」を約束したにも関わらず、中国政府による香港の抗議デモ取り締まりなど、統制強化を目的とした香港安全維持法施行の結果、その自治が失われる可能性が高まっており、国際社会から懸念が出ています。
 独裁下を強める習近平と中国。彼らはどこへ向かおうとしているのか。『習近平の政治思想形成』の著者であり、気鋭の研究者でもある愛知学院大学准教授の柴田 哲雄さんの書き下ろし記事を緊急公開します。

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 6月30日、香港国家安全維持法(以後、国安法と略記)が成立し、即日施行されました。翌7月1日には、9名が国安法違反で逮捕されました。これらのニュースは日本を含む世界各国に衝撃を与えました。衝撃には二通りの意味があります。
一つは、習近平氏が、1997年7月1日の香港返還に際しての中国の国際公約を、23年目でついに破ったということです。
中国の国際公約とは、一国二制度の下で香港に高度な自治を50年間保証するというものです。習近平氏を除く鄧小平氏や江沢民氏、胡錦涛氏といった歴代の最高指導者は、香港の自由や法治が香港の経済的繁栄の礎だということを理解していました。だからこそ中国政府は今日まで国際公約を曲がりなりにも守ってきたのです。
 もう一つは、習近平氏が、深刻な不況にもかかわらず、香港経済、ひいては中国経済への甚大な悪影響を度外視してまで、国安法の成立を強行したということです。
 日本や米国などと同様に、中国でもコロナ禍による不況は、すでにリーマン・ショック時を超えています。5月に開催された国会に相当する全国人民代表大会で、首相の李克強氏は、今年の経済成長率の数値目標をあえて提示しませんでした。習近平政権はこれまで6%台の経済成長率の目標を掲げてきましたが、目標をはるかに下回ることが確実だからでしょう。習近平政権は不況を乗り切るために、リーマン・ショック時をはるかに超える財政出動を行なおうとしています。
 国安法の制定により、香港の外国企業の間では動揺が広がっています。特に今後、米国の制裁次第では、香港は、外国企業の投資マネーや専門人材の流出により、国際的な金融・貿易センターの地位を失う恐れがあります。そうなれば、ただでさえ不況にあえぐ中国経済に、さらなる大きな打撃となることはまちがいありません。
 仮に今日、中国の最高指導者が江沢民氏や胡錦涛氏であれば、不況からの脱却を優先して、国安法の制定を急ぐことはなかったでしょう。香港の民主化や独立を求める市民のデモに対しても、当面のところは香港警察の装備を強化するなどして、その場をしのぐことでしょう。改革開放以後の中国の「常識」に照らす限り、これが最も合理的な方針と言えます。だからこそ国安法の成立は、これまでの「常識」を超えた出来事として、衝撃を与えたのです。この度の国安法の成立は、習近平氏の特異な政治思想に基づく決断だったと言ってよいでしょう。
 さて、筆者は2016年3月に『習近平の政治思想形成』を出版しました。拙著では、主として1990年代の習近平氏の論文を分析するなどして、地方官僚時代の習氏の政治思想を読み解くと同時に、そうした政治思想が今日の習近平政権の諸政策にどのように反映されているのか考察しました。
 習近平氏は地方官僚時代に、鄧小平氏の遺訓とも言うべき経済発展を重視する協調外交(「韜光養晦(とうこうようかい)」)に対して、暗に異を唱えていました。習近平氏は、米国やその同盟国との摩擦を恐れることなく、経済発展を少々犠牲にしてでも、安全保障や主権・領土の問題をよりいっそう重視すべきだと考えていたのです。
 国安法の成立も、まさに習近平氏のそうした政治思想に基づいています。すなわち習近平氏は、米国や英国、日本、EU諸国との摩擦を恐れることなく、香港の国際的な金融・貿易センターの地位、ひいては中国の不況からの脱却を少々犠牲にしてでも、香港に対する中国の主権や、香港と中国の領土の一体化をよりいっそう重視すべきだと考えているわけです。
 このように今日、中国の重要政策を分析する上で、習近平氏の政治思想を理解することは欠かせなくなっています。拙著は、習近平氏の政治思想に関する本邦初の研究書です。研究者だけでなく、中国と関わる実務家、また現代中国に関心を寄せる読書家にお読みいただければと思います。


柴田 哲雄(シバタ テツオ)
愛知学院大学教養部准教授。
著書に、『協力・抵抗・沈黙―汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、
『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)、
『習近平の政治思想形成』(彩流社、2016年)、
『フクシマ・抵抗者たちの近現代史―平田良衛・岩本忠夫・半谷清寿・鈴木安蔵』(彩流社、2018年)等がある。


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『習近平の政治思想形成』
柴田 哲雄 著
定価:1,900円 + 税


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