土井武夫 Art of Compromise 伝説の飛行機設計技師
川崎重工のエンジニアとよく話をする機会があった。古い方は特にそうだったが、土井武夫さんの話に及ぶと背筋を伸ばすようにして、氏のことを語ってくれた。
先の大戦前そして大戦中に川崎航空機で開発された飛行機で、土井さんが関わらなかった機体はなかったのではないかと思わせるほどの、一生でこれほどの機種を設計できるのかとびっくりするほどの、そんな伝説の飛行機設計技師だった。
敗戦後、占領軍による航空禁止令が解かれた以降も、YS-11やP-2Jの開発に携わっておられる。
YS-11開発の飛行試験で横安定が足らないことが明らかになり、対策を余儀なくされる重大局面があった。主翼を作り直すだとか、翼端に大きな上反角を持たせたウチワのような、へんてこな翼を取り付けるだとかの案がだされた。
そんな風潮の中で試験機の大改造を土井さんは指導した。今ある翼の上反角を大きくさせると云う大改造をだ。躊躇する若い現役エンジニアを叱咤して、短日時で為したできごとも、理論だけでは飛行機など開発できないのだぞと云う、現代エンジニアへの、いや航空業界への戒めにも見える。
設計は Art of Compromise
土井武夫語録のひとつに、「設計は Art of Compromise 」と云うのがあるそうだ。
Compromiseとは妥協だ。
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設計とは相反する設計要素をうまく妥協させて仕上げる「芸術」のようなものである。
特に航空機の設計は一般的に空力、構造、装備、電装と相異なる要素より成立しており、それぞれの設計を担当する各部門の要求を聞き入れると航空機が成立しなくなる。そこをいかに妥協し、航空機として成立させるかが、設計者として一番重要である。
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と話されている。
コンプロマイズから連想だ
協奏曲はコンツェルトだが、そのコンツェルトの語原はラテン語で、闘いや闘争のことだ。協奏曲でそれぞれの楽器パートが、自己を主張ばかりしていたら音楽は成り立たない。
「自己を主張」しつつ「他のパートと協調」してこそ響きあいハーモニーを生みだし、音楽となる。
コンツェルトはラテン語からローマイタリアに変遷するうちに協調を意味することとなった。
私の現役時代、陸自飛行実験隊に所属していたとき、陸幕観察を受けことがあった。陸幕監察官が私に、分かった飛行実験隊は音楽隊と同じだね、と部隊の印象を語られた。
そのことは私もずっと感じていたことであり、うれしかった。飛行試験はその組織のそれぞれの部門が、「自己を主張」し「他の部門と協調」してこそ的確かつ安全に遂行される。どうして飛行実験隊が監察官に音楽隊と同じように映ったのか、私の想いを監察官に篤く語った思い出がある。部隊観察を受けている側から、コンツェルトの話しがなされるとは、監察官も驚かれたかもしれないが、じっくり聞いてくださった。
「設計とは相反する設計要素をうまく妥協させて仕上げる「芸術」のようなものである」
私の拙い経験のなかでもこんあことがあった。
〇〇〇〇番エンジンは✕✕を離陸し帰投します。と、これはエンジン担当の技術者の電話だった。いや、離陸したのは機体なのだが、彼には気になっているエンジンのシリアルナンバーが飛んでいるように見えるのだろう。
あるいは航空機は多くの機能から成り立っていいるわけだが、自分の設計担当機能をまもるため、その機能部品が危険になったようなとき、機体から電気的に隔離してしまう考え方を設計に組み込んでいたものがあった。それはその機能を本来バックアップするものがあったので、その範囲では正しいのだが、バックアップが機能していないときでも、それは切り離された。いやそこはその部品が壊れても、最後まで機体のシステムを維持させなければ機体が死んじゃうよ。若いエンジニア氏はパイロットはミスしない人間だと思っている節がある。それは自分(エンジニア)もミスしないと思うのと同義でもある。
最近第1線で活躍しだした大型機、つまり成功した大型機の、主任設計を担当された方が述懐されていた。各部門はとにかく100%以上の設計をしようと頑張る。それを大概でいいよと諭して回るのだと。そこを頑張ると別の部門と喧嘩してしまう。
そこに取り纏める者、主任設計者、コンダクターの重要さが見えてくる。それぞれのディクティム(主張)を尊重しつつコンプロマイズし、コンツェルトに仕立てなければならないのだ。
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