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フラクタル・ワールド(6) 〜「さっちゃんはね」〜
オレのパパのパパは、吉佐という。きちさ。
両親の第一子であるはずの私のさちよという名はこの人の「佐」から始まっていたんだなぁ、とあるとき確信を持った。(「はずの」と言った理由は、後に回すよ。)
【「さ」の悲劇】
さちよという私の名前は、よく「幸代」のようなやわらかな字で書き間違えられたりもして、いちいち訂正しないといけなくてめんどくさいし、実際の字は幸せも美しさも含まないゴッツイ文字列だし、まったくやっとられんわ、とずっと思っていた。
父は、私が生まれてから14日以内に提出することになっている出生届の期限ギリギリまでひとりで私の名前を考え続けていたらしい。
「もう少しで届出を出さんまま提出期限が過ぎて、アンタは名なしになるとこやったトよ!」
と何度か母が憎々しげに私に吐き捨てていた。なんであの人の言動って、いつもああなんだ。父への日頃の鬱憤やら、私への嫉妬やらの入り混じった声であった。
小学校の頃だったか、ある時、父の枕元のごちゃごちゃしたところから、父が仕事の洋裁で引く型紙の切れ端の丸いカーブの残った小さい白い紙がぺろっと出てきた。
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シャリシャリいう紙。
仕事終わりに不要になった紙を使って考え始めた感じで、鉛筆でびっしりと「さ」から始まる女の子の名前が書き並べられていて、これがあの、母が憎んでいた私の名前選考ひとり会議の記録かと直感した。
【さっちゃん「さ」がつくサンヤのサンスケ】
親戚の中で「さっちゃん」と呼ばれるその音は、この子一人だけ毛色の違う困ったチャンやね全く、といった響きを持って私に届いていたので、自分の名前にはほんの最近まで嫌悪感があった。
こんな「さ」攻めの名前候補群を前にして、それよりどれだけか前に父の家族の位牌を初めて見た時に、私の名と同じ文字があるなぁと吉佐さんの「佐」の文字が目についたこととつながって、ああ自分は「さ」のつく「さっちゃん」から逃れられない運命だったのか、と、つくづくサってサられてサりころされた。
けれどよく見ると私の名の候補の中には「さとこ」とか「さゆり」とかもあって、むーそれだと私はさっちゃんじゃなくてよかったのか、とか、さゆりの方がかわいかったなぁ、などとも漠然と思った。
でも「佐」で始まる呪いからは逃れられない。さゆりはさゆりでも美しい漢字の「小百合」とか「沙有里」とかじゃなくて、どうせまたゴッツイさゆりになってたんだろうなー。「佐湯裏」とか?
佐湯裏・・・なんか廃れた温泉宿の片隅で客をとる夜鷹みたいぢゃねぇか。考え過ぎか。
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【駆け抜けた後半生】
吉佐さんは、30歳を過ぎた頃に10歳ちょっと若い奥さんをもらう。2年半後に下の子のお産で奥さんが亡くなる。その生まれては死ぬ怒涛の日々は、年月で見ればたかだかほんの3年ほどの出来事だ。
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なんという時間の経ち方だったろう。後妻さんの二人目の子が2歳ちょっとの頃に離婚、その2年半ほど後に一人息子を置いて、自らも逝く。
草の根の家系図を眺めれば、フラクタル・ワールドの中で吉佐さん自身も10代前半には既に両親とも亡くしており、大勢の親類を率いる戸主となっている。
【それって、どうなんすか】
吉佐さんはきれいな字を書くひとだということを、父の学校の先生に知られていたほどだったそうで、息子に厳しく宿題のための字の練習をさせた。提出物を徹夜で仕上げさせられたおかげで父はぶっ倒れて学校を休むこととなる。やれやれ。
それでも宿題を期限内に出すという武士(の家柄だったと父は言い張っていた。)の義を果たすため、父に代わって吉佐さんがそのノートを持って学校に行き、ちゃんと宿題はやっております、ズル休みではござりませぬと先生に提出したところ、見事すぎるきれいな文字が並んでいたためこれは生徒ではなく親が書いたのではないか、と疑われちゃった、テヘ。という、目も当てられない三舟の誉くずれみたいなエピソードを、父は誉高く語っていたものだ。
宿題をしあげようとして学校休むってそもそも・・・・と思うけど。もう当事者はだれ一人残ってないから、どうでもいいですけど。
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小学校の頃に「おい、テレビ消せ」と言われて地獄の字の練習を父にやらされていた私としては、なんだよその本末転倒を誉にする父子って、とうんざりして聞いていた話だった。
けれど、まぁ、父のその思い入れの連鎖の元には、吉佐さんに熱心に思いを向けてもらった幼い自分自身への不憫佐おっと、「佐」がつきまとうぜ、不憫「さ」がね、あったのだろう。
私もべつに、そのへんの心情ぐらいなら子供ながらにリアルタイムで推し量って、父の熱心さにつきあってはいたけれども。
もうそういう思い入れの負の連鎖も、わたくしで断ち切らせていただきましたバイ、冥界の父子よ。
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【「さ」からの解脱】
ぽろっとかさぶたが取れるように、オノレへの嫌悪感からするんと脱するに至った感あり。
この春からそれまでとは打って変わってご先祖と共にある日々を過ごし、ガラリと人間関係も入れ替わり、行動パターンも変わってきていた。
そんな流れの中で出会った人たちの一人の名は、さちよさん。生まれて初めて自分以外のさちよさんとしゃべった。
しかも、「佐」で始まるさちよさん。しかも、父方の一族がいた土地のすぐ近くの出身で、今もそこに住むさちよさん。しかも、私と同じ職業のさちよさん。
間もなくその年上のさちよさんは「さちよさん」、年下のわたしは「さちよちゃん」と呼び合うことに決定したのであったメデタイ。
つづくー。
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