ドスケベマン(10)
前回のあらすじ
ドスケベ解放同盟のコウタロウとタカシに出会ったユウキ。
3人はアジトのある八景島へ向かう。
一方、村ではアーマード倫理観がユウキの母を手に掛けていた。
―――
ユウキの母だったものから赤い液体があふれ出る。
まるで水に飢えた民衆のように大地はその赤い液体を飲み干そうとするが、それでも溢れたものがゆっくりと円状に広がっていった。
強い鉄の臭いにおびえた子供が一人逃げ出そうと駆けだしたが、乾いた銃声がその足を止め、地面にはもう一つ赤い水たまりができた。
「あ……ああ……」
村長は声を出そうとするが、その声は言葉にならない。
「なあ、村長よ。この女が娘を逃がしたことは、お前は知っていたのか」
笑顔で問いかけるアーマード倫理観に、村長は必死に首を横に振る。
「村の者誰も知らなかったと?」
舐めるように周りの村人を見回す。
「し、知らない」
「俺も知らなかった!」
「知りません!」
口々に人々が返答する。
その波が収まるのをアーマード倫理観は笑顔で見つめていた。
「なるほど、誰も知らなかったなら仕方ないな」
笑顔で答えるアーマード倫理観は、村長に近寄る。
村長がその返答に顔を上げた瞬間。
ぐしゃり、と鈍い音がして村長の頭が爆ぜた。
アーマード倫理観の鉄の拳が村長の血で赤く光った。
「残念ながら、連帯責任だ」
その言葉を合図に、ドスケベアーミーたちから次々と銃声が鳴り響いた。
枯れた村の大地が次々に赤く染まる。
「後は任せた。先に次に行く」
「逃げた娘はどうしましょう、探しますか」
ドスケベアーミーの一人が問いかけると、拳についた血を愉悦の目で見つめるアーマード倫理観は笑顔で答えた。
「よい、どうせ行先はわかっている」
アキは、西関東地区のある農村に生まれた。
それはアーマード倫理観が統治する前のことだ。
生まれたときからドスケベアーミーの指示のもと、許婚が決められ、日々農業に明け暮れ貧しい暮らしをしていた。
「やーい!ブス!不細工!!」
少年の声に、アキは無感情にそちらを見た。
『不細工』はアキにとっては物心ついてから言われ慣れた言葉だった。
アキの鼻は奇妙に上向きに潰れ、頬骨は張り出し、目は開けているのどうかわからないほど細くはれぼったく、肌はあれた大地のようにでこぼことしていた。
自分は不細工だ、とアキはわかっていた。
当然のことをなぜこの少年たちは何度も何度も言ってくるのだろうとアキは冷めた目で見つめていた。
「やめなさいよ!」
怒鳴り声がし、蜘蛛の子を散らすように少年たちが逃げる。
振り返ると、アキの後ろには美しい少女が顔を真っ赤にして立っていた。
「リョウコ、いいのに」
アキは怒鳴った少女に声をかける。
「だってあいつら!」
リョウコはまるで自分のことのように怒っている。そんなリョウコを見てアキは少し頬を緩めた。
「いいんだよ、あたしブスだし」
「そんなことない、アキちゃんはかわいいよ」
リョウコが言うその言葉を聞いて、アキは所在なさげに苦笑いした。
「アキちゃんが言い返さないからあいつら調子に乗るんだよ」
そう怒りながら話すリョウコは美しかった。
美しい人は怒っている顔もきれいなんだなあとアキは感心していた。
「ありがと、あたし家に帰るよ」
まだ何か言いたげなリョウコを制し、アキは踵を返した。
もうすぐ家につく、という時、アキの眼に許婚の姿が映った。
アキより3つ上のすらりとしたその少年は、アキに気付かず少年たちと喋っていた。
「アキが許婚ってほんとにきついよな、あれと子作りできんのかよ」
そう言われた許婚は笑いながら答える。
「いやー、目をつぶってリョウコだと思ったら何とかなるかなって」
「リョウコなら美人でエロいからな」
何か言葉をつづけかけた少年たちは、立ち尽くすアキの姿を見てバツの悪そうな表情をした。
いつものように、気にしていないとアキが口を開こうとした瞬間、許婚は言った。
「そんな顔すんなよ、美人はエロいんだから仕方ないだろ」
少年たちは去っていき、アキはその場に残された。
美人はエロい。
ドスケベは禁止されているのに。
自分はエロくないから忌み嫌われるのか。
「おかえり、どうしたのアキ」
帰宅したアキの顔を見て母親が声をかけた。
その顔を見て、アキは感情の無い声で言った。
「あたし、ドスケベアーミーに志願する」
アキは、それから血を吐くような訓練を積み重ねた。
恵まれた体格もあり、ドスケベアーミーの中でアキはぐんぐんと頭角を現していった。
容姿に左右されず、己の実力だけでのし上がれるドスケベアーミーはアキにとってはうってつけの場所だった。
そしてドスケベキングの考えに触れるほど、アキはドスケベが、性欲につながるすべてのものが悪であるとの考えを確信した。
村の少年たちはドスケベに支配されてしまったのだ。
彼らはそこから変わろうともしない。ドスケベに支配される側なのだ。
だがその間違いは正さなければならない。
そのために支配する側に自分は立つのだ、とアキは思った。
愚かな民衆にドスケベアーミーたちがドスケベを禁止し、ドスケベの愚かさを力をもって説いてもあのザマであった。
ならば徹底的にドスケベから民衆を遠ざけ、ドスケベを排除して管理を強めるしかない。
西関東地区の長となったアキは、まず生まれ育った村に行った。
鋼鉄の鎧を身に着けた巨躯、それにかつて自分を馬鹿にした男たちは一瞬おびえたようだったが。
「……あれ、アキじゃねえか?」
「ほんとだ……」
殆どがアキだと認識した瞬間に小馬鹿にした表情に変わった。
「不細工が出世したもんだな」
「ってことはこの村もいい思いができるんじゃねえか?」
ぼそぼそとそんな声の中、村の中を歩く。
ああ、ここは何も変わっていない。アキはそう思った。その時。
「アキちゃん!」
足を止め、声のした方向を見ると、美しい女性が駆け寄ってきた。
「私だよ、リョウコだよ!立派になったんだねえ、アキちゃん!」
輝くような笑顔で女性はアキに声をかけた。
「リョウコちゃん」
アキの頬が緩む。
「アキちゃん、どうしたの?長いこと帰ってこないから心配してたよ」
そのリョウコの声は、表情はあの頃と何一つ変わらない。
いや、それどころかあの頃よりもずっとずっと綺麗だ。
「みんなに知らせることがあって来たんだ」
そう言ってアキはリョウコに歩み寄る。
リョウコは不思議そうにアキの顔を見上げ、そのまま固まった。
鈍い衝撃とともに、リョウコの腹部は鉄の拳に貫かれていた。
拳の先は血にまみれ、背中から飛び出している。
ひ、と周りの男たちが声にならない声を上げた。
アキがゆっくりとその手をリョウコの腹部から引き抜くと、リョウコは何が起きたかわからないという顔のまま、その場に倒れる。
「美しい女は、ドスケベであり、抹殺せねばならない」
低く、しかし大きな声でアキは言葉を続ける。
「あたしが西の将、アーマード倫理観である」
リョウコの血の臭いは、色は、確かにアキに支配の愉悦をもたらしていた。
「アーマード倫理観様、間もなく次の村につきます。」
ドスケベアーミーの声にアーマード倫理観は目を開く。
逃げた少女の行く先もわかっている。
焦らなくてもいい。この西関東地区は自分が支配しているのだから。
「――次の村には確か、美しい少女がいたな」
南へと走る車の中で、アーマード倫理観は少女を殺すことを考え、愉悦ににたりと笑った。
続く