ドスケベマン(14)
前回のあらすじ
ついに八景島へ攻め込むドスケベアーミー。
交戦するドスケベ解放同盟、走り出すコウタロウとユウキ。
―――
振動とともにバリケードがまるで綿のように千切れ飛ぶ。
辛うじてハルカのいる位置はまだ壁が残っているが、もう瓦礫のほうが多く思える。
「うあああああああああっ!!」
ハルカは吠え、最後の手榴弾をこちらへ走ってくるドスケベアーミーの真ん中へ投げる。
爆発とともにドスケベアーミーの塊の一部が海へ落ちたが、残りは鉄の盾を先頭にじりじりとこちらへ寄ってきていた。
もはや手はない。
口元を歪め、壁から半身を出し、ライフルで頭の出ているドスケベアーミーを狙って撃っていく。
それでも削り切れない。
周りの仲間たちは、バリケードの崩落に巻き込まれたか、もしくは島の奥に逃げた。
時間稼ぎはもうできないだろう。
ライフルを撃ちながら、ハルカ自身も後退する。
死んでたまるか。
死んでたまるもんか。
駆けだしたハルカは、腕や足をかすめていく銃弾を気にせずに走り出した、が。
「―――!?」
唐突にその背中を大きな衝撃が襲った。
数メートル逆エビぞりで吹っ飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられる。
自分の背中に、人間の頭ほどの岩が投げつけられたのだと気付くのには、その声を聞くまで気付くのが遅れた。
「――……久しぶりだな、ハ60号」
そんな怪力を持つのはこの場には一人しかいない。
「……アーマード倫理観……!」
口の中の血を吐き捨て、ハルカはふらつく身体を銃を支えに起こした。
「待って――待ってよ!」
強く手を引くコウタロウにユウキは叫ぶ。
「どこに行くの?私もみんなと――」
「――俺たちは!」
ユウキのほうをちらりと振り返り、足は止めずにコウタロウが言う。
「この奥に、脱出口がある――緊急時はみんな、ばらばらにそこから逃げるんだ」
「逃げる、って」
銃を構えたハルカの姿が、タカシの姿がまだ残像のように残っている。
「私たちだけなんて、そんな」
「俺たちだけじゃ、ない」
コウタロウは感情の無い声で言葉を続ける。
「俺たちは、誰か一人でも残らなきゃいけないんだ。だから、みんなもばらばらに逃げるはずだ」
「そんなの――」
反論しようとして、ユウキはコウタロウがぐっと唇をかみしめていることに気付いた。
「俺だって――!」
地面を揺らす轟音が、島の入り口から聞こえてきた。
爆弾か何かだろうか。びりびりと空気を震わせるその音に、一瞬二人は足を止めた。
轟音は散発的に続く。少し様子をうかがってから、コウタロウはユウキの手を握ったまま、いつの間に持ってきたのだろうか、カバンをユウキに渡した。
「荷物、いるだろ」
無言でうなずき、ユウキはカバンを掛ける。
コウタロウの手には、どうやら島に隠してあったらしいハンドガンが握られていた。
「お前も、これ」
小ぶりのサバイバルナイフをユウキに手渡す。
「ほんとは銃がいいんだろうけど」
ユウキはずしりと手に載せられたナイフを握って、ごくり、と息を飲む。
戦いの音がだんだん近づいてきている気がした。
もはや猶予はない。
「行こう」
コウタロウが手を引いたが、ユウキはまだ迷っていた。
「まさかドスケベアーミーだったお前がレジスタンスに与しているとはなあ」
そう言いながら、まるでボール遊びをするようにふらつくハルカへアーマード倫理観は石を投げつけた。
石はアーマード倫理観の怪力により、一つの弾丸となる。
「――っ!!」
右足にその弾丸は当たり、ハルカは声にならない声を上げ、その場にもんどりうった。
右足の骨は恐らく砕けているだろう。
這いずりながら必死に身をよじって、ハルカはアーマード倫理観の眼に狂った喜びが浮かんでいるのを見た。
楽しんでいるのだ。
現にアーマード倫理観の周りの数名を残し、他のドスケベアーミーたちは次々に島の中へなだれ込んでいく。
「ドスケベマンとやらと遭遇して、お前たちの隊はみな死んだかと思っていたが」
アーマード倫理観はやや不満げに鼻を鳴らし、小石をピンポン玉のように手のひらで転がした。
「まさか生きていて、よもやドスケベに魂を売るとは、奇妙なこともあったものだ」
本心から面白そうにハルカを眺めた。
「色々あったのよ」
血反吐を吐きだしながら、ハルカは身を起こす。
「あんたたち本隊が助けに来なかったからね」
――そう、ハルカの隊は見放されたのだ。
ズタボロになったハルカは本部に戻ろうと走った。
だが、アーマード倫理観に虐げられていた民衆はハルカを捕まえ、そして、言いようもない拷問や、性的虐待をハルカに加えた。
それを助けてくれたのが。
「私を助けてくれた人のために、私は――ぐあっ!!」
ハルカが言葉をつづけようとした瞬間、猛スピードで小石が腕に当たる。
「おや、外したな」
にやにやと笑いながらアーマード倫理観は首をひねる。
「腕が鈍ったかな」
ハルカは直感した。アーマード倫理観は、この状況を楽しんでいる。
弱い者をいたぶることに快楽を覚えている。
「――こ、の、異常者――!」
折れて感覚のない腕で無理やり銃を引き寄せ、折れていないほうの腕で銃を撃つ。
反動がハルカ自身にも痛みと衝撃を与えるが、それでも、それでも少しでもアーマード倫理観に傷を負わせたい。
しかし、アーマード倫理観の鎧に銃弾は弾かれていく。
「おや――何かしたのか?」
青ざめるハルカに、にたにた笑いのまま手の中の石を投げつける。
肩、折れた足、脇腹。
衝撃でまたハルカの身体が踊るように飛ぶ。
もはやハルカの声は出ない。
必死に顔を、体を起こそうとしたハルカの頭をアーマード倫理観が掴んだ。
「残念だなあ、そろそろ終わりだ」
ハルカの視界に、アーマード倫理観の顔が映った。
続く