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小説 マンカンの女 第2話 【管理人細井のボヤキ】

管理人室に戻った細井は思わずひとりボヤく。
「やれやれ入居して間もないとは言え、総会資料もろくに見てないとか無関心過ぎる。でもそんな人多いけどな。メールボックスの前にゴミ箱なんか置いているもんだから、せっかく配った総会資料が封も開けられないで、怪しいダイレクトメールやらピザ屋やら不動産屋やらのチラシなんかと一緒にそのままゴミ箱に捨てられていることもある。それを片付けるのはこっちだ。そんな人は総会に出やしないし、委任状も出しやしない。総会は出席数が足らないと成立しないから、総会のたびに理事長からも管理会社の担当者からも総会の出欠票が出てない住戸を回って催促してくれって言われる。インターフォン越しに総会の出欠票を出してくださいとお願いすると、すいませんすぐ出しますと言う人もいれば、総会資料なんて入っていましたっけととぼけられたり、それって強制ですかなんて開き直られたりする。いやいや、チラシと一緒に捨ててましたよね、管理組合員の義務ですよね、これって管理人の仕事でしたっけって、こっちが開き直りたいわ」
マンションの管理人は基本的に一人なのでボヤく相手もいないので、細井の長い独り言になる。管理人の仕事はとかくストレスが溜まるので、独り言でも言っとかないとやってられない。それでも管理人室の外に聞こえてはいけないので、少し小声で独り言を言うように気をつけている。

「コンコン、管理人さん、ちょっといいですか?」
その声は理事長の斉藤さん。「はい」という間もなく管理人室のドアを開けて中に入ってくる。管理人室はどうしてこんなに狭く作るんだろうという具合に作られているので、大人2人が入るときつきつだ。
「今週の理事会もいろいろ大事な議題があるので、管理人さんも出てもらえますか。管理会社にはこちらから言っておきますので。」
「はい、分かりました。日曜日の9時からでしたよね。休日出勤になるので、いつものようにその分、どこかで早退でよろしいですか?」
「そうしてください。」
「それと新しく理事になる高塚さんには、今週の理事会に必ず出席するように念を押しておきました。」
「ありがとうございます。では、そういうことで」
 それだけ言って理事長はそそくさと管理人室を出て行った。
「今週の理事会も?。このところ理事会に出るのは毎月じゃないか。そもそも管理会社の担当はころころ変わるし、こんどの担当者も不甲斐ないので、こっちにお鉢が回ってくる。その分、早退って言ってもせいぜい2時間だろう。早退すると清掃の時間が短くなるので、次の日にしわ寄せがくる。早退すると、そういう日に限って何か問題が起きて、管理人がいなかったなんて、会社にクレームが入って話がややこしくなることもあった。本来は休日出勤手当だろう!それを管理組合も管理会社も払いたくないんだ!。こっちは最低賃金の時給1,163円でこき使われているんだ。かんべんしてほしい!」

細井は40年にわたるサラーマン生活の定年退職後、やっとのんびりできると家でごろごろしているとどうにもやることがない。毎日ぶらぶらしていると何かと妻から邪魔者扱いされる。粗大ゴミ扱いっていうやつか?。そんな時、ふと新聞広告を見てマンションの管理人でもやってみようかと応募した。採用された管理会社が管理するこのマンションに勤務してもう10年になる。「管理人の仕事って、管理室に座っていればいいのかと思っていたら、毎日の仕事のほとんどが廊下や階段の清掃、秋は落ち葉の掃除、雪が降れば雪掻きに追われる。それだけじゃなく管理組合の総会や理事会にも駆り出されることもある。そこで話しを聞いているのも苦痛だし、それって管理人さん、どうなってるんですか!なんて、クレームがこっちに飛び火してくることもある.。トホホ」
今日も独り管理人細井のボヤキは続く。

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