小説マンカンの女 第4話 【修繕担当って…】
はじめての理事会は、突然のトラブルもリアル極道の妻の副理事長の一喝で収束したこともあり、1時間程で終わった。昼には少し早いけど朝から何も食べていないので、ウーバーイーツでなにか頼もう。
理事会の審議事項とやらは修繕担当の決定だけで、それも「高塚さんにお願いします」の一択であっという間に決まってしまい、それ以外は全て報告事項だった。でもその報告事項が驚きの連続だった。
「では、今回の報告事項を管理会社の田中からご説明させていただきます。修繕関係のご報告ですが、今月は3件発生していています。」
「まず1件目ですが、最上階の漏水は雨が降る度に漏水するので、お部屋の中にバケツを並べてどこから漏水しても大丈夫なように迅速に対応いたしました。居住者の方は、いったいどこで寝ればいいんだとクレームを申されておりますので、今度の理事会で修繕担当が決まりますので、その方にご相談くださいと迅速にご回答いたしました。」
「次に2件目ですが、2階に住んでいる中国人の方がトイレにボールペンを流して、1階で詰まり、1号室のトイレから汚水が部屋中に溢れました。夜、帰ってきた1号室の居住者の方がそれを見て、ショックで失神されたようです。2階の中国人の方に「なんでボールペンをトイレに流したんですか」と確認しましたところ、「なんでトイレにボールペンを流したらダメなんだ」と半分日本語、半分中国語で逆切れされましたが、それはスルーしております。ボールペンはまだ詰まったままなので、各階1号室系統のトイレは使えません。1号室系統の住戸にお住いの方にはトイレを我慢するよう、迅速に掲示をしております。居住者の方の不満が爆発しないよう、掲示には修繕担当の理事が迅速に対応しますと記載させていただきました。」
「最後に3件目は、また外壁のタイルが剥がれて落ちました。今回も運よく、駐車場の車の屋根がへこんだ程度で、通行人への被害はありませんでした。車の所有者の方は、「新車なのにどうしてくれるんだ、新しい車に買い替えてくれるんだろうな、また落ちてきたらどうするんだ」とご立腹の様子でしたので、これはスルーしても申し訳ないと思い、迅速に車の上に傘をさしておきました。これ以上、管理会社に言われも困ります。理事会に申し入れしてください。次回の理事会で修繕担当が決まりますので、その人にご相談くださいと迅速にご回答いたしました。」
やたら迅速をアピールしてたけど、部屋中にバケツを並べるとか、トイレを我慢するように掲示するとか、車の上に傘をさすとか、いったいどうなっているいんだ。その報告を聞いていた理事たちは、そうですね。早速、修繕担当の高塚さんに対応してもらいましょうなんて、また間髪入れずリアクションしていた。
「ピンポーン」
あれ、ずいぶんウーバーイーツ、早いな。ドアを開けると、見知らぬ人が数人立っている。どうやらウーバーイーツではないらしい。
「修繕担当の高塚さんですよね。雨が降る度に漏水して、部屋中バケツだらけで寝るところもないですけど、何とかしてください!」
「うちは、トイレが使えなくて困っているいんですけど、何とかしてください。トイレを我慢しろとか、何なんですか!」
「車に傘をさすとか、何かの嫌がらせですか。すぐに何とかしてください。」
見知らぬ人たちがほぼ同時にまくし立ててくる。さっきの理事会の報告事項ではないか。
「すいません。どういうことですか。」
「どうもこうも掲示板に今後の修繕は、修繕担当の高塚理事が迅速に対応することが本日の理事会で決定しましたって掲示されてますけど!」
理事会でやたら迅速をアピールしていた管理会社の担当は、ご丁寧にクレームの対応をこっちに振るのも迅速だったようだ。
「申し訳ないんですけど、今日の理事会に初めて出席して、いきなり修繕担当になって、よく事態が把握できてないんです。今日のところはいったんお引きとりいただけませんか」と言ったと同時にドアを閉めた。
ドア越しに何やらぶつぶつ言っている声が聞こえる。
なんだ、わずか半日の間の急展開は。まったく理解できない。はっきり分かるのは、こんなの手に負えないということだ。