
小説マンカンの女 第6話「こちら、なんでもどこでもマンション管理相談事務所」

ピンホーン、ピンポーン
「はい、なんでもどこでもマンション管理相談事務所です。」
ドアを開けると若い男性が立っている。
「あのー、こちらのなんでもどこでもマンション管理相談事務所さんは、マンションのことなら、なんでも相談に乗ってもらえるんですか?」
「はい、こちらのなんでもどこでもマンション管理相談事務所は、マンションのことだったらなんでもどこでも相談に乗りますよ。どうぞ、おかけください。」
この事務所を始めるのに、相談の間口を思いっきり、広げとこうということで、なんでもどこでもマンション管理事務所なんて名前にしたけど、ちょっとダサかったし、第一、長すぎて、未だに自分でも嚙んでしまう。
「管理組合の修繕担当にさせられたんですけど、なにがなんだか分からなくて、それとマンションの大規模修繕工事をやらなきゃならないらしいですけど、お金がなくて困っているんです。あちこち相談してんですけど、どこも相手にしてくませんでした。そんなマンションでも大丈夫ですか」
「大丈夫です。そういったご相談をたくさんいただいておりますので」
確かにそういった相談がこのところ、本当に多い。工事費は高くなっているし、居住者は高齢化して、年金暮らしで、おいそれと修繕積立金の値上げはできないし、困ったものだ。
「マンションの所在と戸数を教えてもらえますか。それから築年数も分かりますか。」
「場所は、中目黒から歩いて8分ぐらいのところにあるマンションです。戸数は108戸で、築年は今年で50年になります。」
東京はマンションが建ち始めたのが早かったので、都内には、築年数が50年を超すようなマンションがかなりある。その頃に建てられたマンションはなんでもありだったので、びっくりするような状況であることもよくある。
「具体的に相談に乗ってもらいたいので、一度マンションに来てもらえませんか」
「大丈夫です。こちらの事務所から近いですし、マンションを見てみたいので一度お伺いします。来週の土曜日の午前中であれば、今のところ空いていますが、ご都合はいかがですか。」
「ありがとうございます。ちょうど来週の土曜日は、理事会の役員で打合せをする予定があったので、都合がいいです。ぜひ、お願いします。それと先程お話ししたお金が無い件なんですけど。200万円しかないんですけど、大丈夫でしょうか。」
「200万ってコンサルタント費用ですか。うちは、なんでもどこでも、安い、早いをモットーにしてますので、大丈夫ですよ。そんなに費用はかかりませんよ。どんなことでも解決しますよ。」
「いや、あの、実は修繕積立金が200万円しかないんです。今まで相談したコンサルタントからは、お金ができたら来てくださいって、みんな断れました」
築50年で、108戸あって、修繕積立金が200万しかない?
どうして、そんなことになった。108戸もあれば、大規模修繕工事をやろうと思えば、軽く1億以上はかかるだろう。それは、どのコンサルタントでも、お金ができたら来てくださいって言うだろう。でももう来週行くって言ってしまった。それを先に言ってくれって感じだけど。
「取り合えず、来週の土曜にお伺いして、詳しい状況をお聞きします」
「ありがとうございます。それと、まだあるんですけど、建物がボロボロで、壁のタイルが落ちてきて、あちこち漏水していて、この前もこんなマンションに住んでいられないと住人が出ていきました。すぐにでも大規模修繕工事をやらないとならないんです。なんとか、なんでもかんでもどんなことでもマンション管理事務所さんのお力をお借りしたいんです!」
建物がボロボロで、壁のタイルが落ちてきて、あちこち漏水していて、こんなマンションに住んでいられないと住人が出ていった。よほど困っているのか、こちらの事務所名がさらに長くなっている。
「わかりました。女の言葉に二言はありません。なんでも解決します!」
そうは言ったものの、その時はその後さらにびっくりな展開が続くことも知らず。