徴兵登録とアメリカの公平さ
アメリカ時間でこんにちは。 アメリカに帰化した元日本人です。
私のようにアメリカに十代から住んでいる男性が避けて通れないのが徴兵登録です。
日本では兵役や徴兵は馴染みがないですよね。義務兵役や徴兵は軍隊に強制的に加入させられる事をいいます。義務兵役は平和な時でもある年齢に達したら軍隊に数年間加入する事。徴兵は有事に軍隊に強制加入させる事を言います。
日本の近くでは韓国や台湾で兵役がありますね。ヨーロッパではスイスやスェーデンの義務兵役が知られます。イスラエルでは女性も兵役の義務があります。
徴兵登録とは
アメリカには兵役義務は無く、軍隊は志願制です。でもいざという時にいつでも徴兵できます。そのため男性は18歳になると徴兵登録をする義務があるのです。
これはアメリカ人だけではありません。アメリカに永住していれば外国人でも徴兵登録義務があります。
徴兵登録は兵隊に行くわけではなく登録するだけで、それもハガキ大の登録書を送るだけなのですが義務なのです。
徴兵登録の拒否は犯罪です。起訴されれば禁錮・罰金刑になります。ただし徴兵登録拒否で捕まったり起訴されることはほぼありません。現実には犯罪扱いされていないのです。
その代わり徴兵登録を拒否すると連邦政府の奨学金など援助が受けられなくなります。連邦公務員になる資格も剥奪されます。
さらに徴兵登録を拒否した永住外国人は米国市民権を申請する資格を剥奪されます。永住ビザには影響ないのですがアメリカ人になれなくなります。
なのでアメリカで市民権を申請する男性は、徴兵登録したか申告しないとなりません。もし徴兵登録義務があったのに拒否していたら市民権申請は自動的に却下になります。これに関しても後述のようにルールがありますが。
ちなみにアメリカで徴兵はdraftと言います。新人の野球選手を指名して取るドラフトと同じですね。
徴兵登録拒否
18歳当時、私はオレゴン州のリベラルな私立校に通っていました。ここには若い頃に反戦運動をやってたような元ヒッピーの先生や父兄が多く、教諭たちが男子生徒を集めて「徴兵登録を拒否したいなら協力するぞ」と申し出るぐらいとてもリベラルでした。
私の周りの生徒たちも、そうだそうだ徴兵登録拒否だアナーキーだぜベイビー、みたいな事ばかり言ってました。
その時私はまだアメリカに来て2年ほどでした。両親はまた他国へ転勤してしまって私は一人。家族に相談することもできません。そんな周りの雰囲気の中で私は徴兵登録をしないことにします。
当時は日本に帰るつもりでしたし、徴兵登録拒否で市民権申請ができなくなるのも知りませんでした。軽く考えて面白がっていましたね。今思えばほんとにバカでした。
その後知ったのですが、過激な事を言ってたノリの良い同級生たち、みな大金持ちの子弟なのですが、あの連中は経歴にキズがつかないようにさっさと徴兵登録してました。ちっ、アナーキーは口だけか。金持ちはこれだからな。
その後、徴兵登録拒否したのもすっかり忘れたぐらい年月が経ち、私はアメリカで帰化して人生を過ごすと決めます。
そこで市民権を申請しようと申請書に目を通してみると、なんと徴兵登録拒否者は申請資格が無い、ってなってるじゃないですか。
いやもう真っ青になりました。自分で築いて生きていこうと決めた人生、これが一瞬で手が届かない物になってしまったのです。お先真っ暗とはこの事です。
市民権申請のルール
アメリカのビザや市民権申請は申請書と説明書がセットになっていて、説明書に必要なことが全て書かれています。市民権申請書はN-400という書類で、申請は説明書通りに記入して手続きをすればよく、誰でも自分で申請できます。
この説明書には申請資格についても明確に記述されていて、18歳の時に徴兵登録を拒否した者は市民権申請資格が無い。ただし年齢が31歳以上なら時効が成立しているので資格が復旧し、市民権が申請できる、とあります。
徴兵登録を拒否して市民権が申請できなくなるのは18から30歳の間までで、31歳になれば時効で市民権が申請できるのです。
31歳を越えていた私はほっと胸を撫で下ろします。まるで人生をやり直すチャンスをもらった気分でした。
私は説明書通りに事実を記入し書類を揃え、市民権を申請しました。
でも徴兵登録を拒否したと正直に申告して本当に問題ないのかとても不安でした。移民局の面接で待ち構えていた屈強な男たちに頭から袋を被せられて連行される、そんな場面が脳裏を横ぎります。
でも面接では連行どころか何も言われず、無事合格しました。
その際、担当官に徴兵登録拒否は本当に問題が無いのか確認しました。すると「あなたはルール通り申請資格があるし事実を申告したのでなにも問題はない」と言われ一安心しました。
担当官は無表情な女性だったのですが、続けて「もし徴兵登録拒否を隠したり虚偽を言っていたら却下されペナルティーが課せられていたわよ」と言いニヤリとしました。
嘘ついたらやっぱり袋かぶせて連行してたんですね、きっと。
Kさんの場合
親と一緒にアメリカに移住し、子供の頃からアメリカに住んでる若い日本人男性のKさんという知り合いがいました。Kさんは私より一回りぐらい歳下だったと思います。
Kさんは日本国籍でしたが永住ビザを持ち、ほぼネイティブとして過ごしてました。日本語は少し変だったかな。こういう人はアメリカに時々いますね。自分もそうですが。
Kさんは二十代後半で日本人の可愛い彼女ができ、二人は結婚してアメリカでやっていこうと決めます。ですが彼女は永住ビザを持っていません。
アメリカ人と結婚すれば外国人は簡単に永住ビザをとれます。なのでKさんはまず自分が市民権を取り、アメリカ人になってから結婚して彼女の永住権を取ろう、と市民権を申請します。
ところがKさんは徴兵登録をしていなかったのです。さらに悪いことに時効成立前なので市民権申請は却下されてしまいます。
Kさんに話を聞くと、なんで日本人がアメリカで徴兵されなきゃならんのじゃ、そんなの間違っとる。と鼻息が荒いです。
いやいやそこじゃなくて、市民権申請資格のとこに徴兵登録拒否者は却下ってはっきり書いてあるじゃん。しかも31歳になれば時効で申請資格が復旧するだろ。だからあと2、3年待って申請すればよかったのに。
市民権申請が却下されるとその後10年間は申請資格が剥奪されます。二十代後半のKさんは再度市民権を申請できる頃にはアラフォーになってしまいます。
Kさんは失意の中あきらめて日本に帰ってしまいました。その後どうなったか知りません。
Kさんは彼女のビザが切れるのでその時すぐ市民権を申請したかったようですが、あれだけ明快なルールを無視して却下以外のどんな結果を期待してたのでしょうか。いまだにちょっと不思議です。
アメリカの公平
アメリカでお役所が関わる申請や申告は必ず詳しい説明書が用意されていて説明通りにすればすんなり行きます。移民局だけでなく例えば税金申告でも同じ事です。ただルールを無視したり裏をかこうと嘘や隠し事をしたら容赦ないですが。
私とKさんは年齢こそ違いましたが似た境遇で同じように徴兵登録拒否をしました。私はルールに則って時効成立後に申請しアメリカ人になりました。私よりさらにネイティブだったKさんはルールを無視して却下され10年のペナルティを課せられアメリカ人になる事を諦めることになりました。
これはお役所に限った事ではなく、アメリカの職場でもルールは誰でもわかるようにはっきりしています。
暗黙の了解や空気読めは、表向きには存在しないルールに従えという事ですが、存在しないものに従うという思考はアメリカ人にはありません。アメリカの人事考課で明記されていない目標の評価はできません。必要ならルールを作って明記しろ、となるのです。
そしてルールを破る、もしくはルールの裏をかこうとするとペナルティーが課せられます。例えばアメリカに入国する際、嘘をつくと問答無用で入国拒否になります。時々Xで見かけますが日本人でもいますね、そう言う人。
ルールをはっきりとさせ、理解して従えば得して、無視する嘘つきは損をする。そういう意味でアメリカはとても公平な国だと思います。