小説「最強のフリーコンサルタントへの道」 第2回:棚卸し
誠人は今田の話にはまだ半信半疑だった。
フリーランスになってそんな簡単に年収を倍にできるなんて話があるのだろうか?
しかも長引くコロナで旅行業界以外も大打撃を被っているはずなのに。
よしんば今田の年収が本当に会社員時代の倍になっていたとしても、それは自分には関係のないことに思えた。
「今田さん、僕はコンサルタントの経験なんかありません。新卒からずっと旅行営業一筋でやってきたので、僕にはフリーコンサルタントなんて無理じゃないですか?」
「『フリーコンサルタントには誰でもなれる』って書いてあるサイトも多々ある。ただし、それはウソだ。フリーコンサルタントにはなれる人、なれない人、言い換えると成功する人と失敗する人は確かに存在する。ここは大事なポイントだ。でも、俺だって24年間旅行営業しかやってきてなかったぜ」
「・・・・」
「俺はこの24年間で自分でも知らないうちに、コンサルタントとして役立てるスキルをたくさん身に着けていたんだ。まずはその棚卸しが必要だな」
「棚卸し?」
「ああ、タグ付けとも言うな。自分が今までやってきた経験、身に着けたスキルなんかをほかの人が一目見て分かるようにするのがこの作業だ。例えば、法人営業スキル、個人営業スキルなんかがこれに当たる」
「なるほど。。。僕の場合は、それが“旅行の個人・法人営業”しかないような気が。。。。」
「ふふ。そう思うだろ?俺も24年間ずっと営業だった。でも1週間色々と考えて、俺の本当のスキルを棚卸した。その結果がこれだ」
今田は、自分で手書きしたらしいA4のレポート用紙を誠人の前に差し出した。
そこには箇条書きでいくつかの短い文章が並んでいた。
・旅行業に関する深い知識と経験
・個人営業、法人営業のスキル
・プロジェクトマネージメントのスキル
・新規事業開発のスキル
・個人、法人向けのマーケティング戦略構築のスキル
誠人はとても親しかった今田に対して、少なからず疑わしい気持ちになった。
コンサルタントになったとか言って、自分ができないことを並べ立てて仕事を取っているのではないかと。
そんなことをして、最初はいいかもしれないが長く続くわけがないではないかと思った。
もちろん、それをそのまま言うわけにはいかないので、なるべく顔に出ないように、でもなるべく率直に聞いてみた。
「最初の二つは分かるんですが、今田さん、マーケティングとか新規事業とかってやってましたっけ?」
「いいポイントだ。それこそが棚卸しの重要性を表しているところだ」
今田はグラスを持ち上げて、ビールを一口ぐびりと飲んだ。
「旅行代理業というのは、交通、飲食、宿泊等の関係協力会社さんと組んで一つの旅行商品を作り上げるよな?それらを組み合わせていかに魅力的な旅行商品を作り上げるのかが旅行営業マンの腕の見せ所だ」
「はい。僕も自分が作り上げた商品でお客さんに満足してもらえることがこの仕事の最大の魅力だと思っています」
「うん。もちろん大規模なものやネットで販売する旅行商品は商品企画部が作り上げることもあるが、誠人もよく知っている通り実際は営業マンが個別にカスタムして作っていくことがほとんどだ。そして、それは自分がお客様と添乗する中でどんな移動手段やホテルやレストランがお客様に喜んでもらえるかを肌で感じて、それを次の商品につなげていくよな?」
「そうですね。僕も経験がなかったころは、ただやみくもに過去実績や料金なんかから組み合わせていっただけだったんですが、だんだんトータルの体験としていかにその旅行商品の価値を上げるかということに重きをおくようになってきました」
「そう、じゃあ誠人はなぜ”旅行商品の価値を上げること”を考えていた?」
「それはやっぱりお客様に喜んでほしいから」
「いや、それは微妙に違う。せっかくいい旅行商品を作っても買ってもらわないと意味がないだろ。つまり誠人は、お客様が本当に喜ぶものを真剣に考えて、その結果として商品が売れるようにすることをやっていたんだ」
「確かにそうですね」
「これは、マーケットインの考え方によるマーケティング戦略の構築と言い換えることができる」
「マーケットイン?」
「マーケットインとは新商品や新しいサービスを開発する際に、顧客の本当のニーズを聞き出し、そこから顧客が本当に必要とする商品やサービスを開発するマーケティングの基本的な考え方の一つだ。ちなみに対極に位置するのが、開発者の技術やアイデアから商品やサービスを生み出す手法でこれはプロダクトアウトと呼ばれる」
「ふむふむ」
「なので、俺は自分のタグに
・個人、法人向けのマーケティング戦略構築のスキル
と
・新規事業開発のスキル
さらに、これらの業務を社内外の関係者を非常に多く巻き込んで推進してきたので、
・プロジェクトマネージメントのスキル
を加えることにした」
誠人は目からうろこが落ちる気持ちだった。
確かに全てウソではない。
いや、ウソではないどころか今田は20年以上に渡って取り組んできた自分の仕事をしっかりと誰にも伝わるように言語化しているのだった。
ピンポーンとインターホンが鳴った。
今田が応答する。
Uber Eatsで取ってくれたピザとパニーニ、フライドチキン、それにフレンチポテトが到着した。
今田はそれをテーブルの上に並べてくれた。
誠人はパニーニを手に取って口に運ぶ。
うまい。
今田はピザを一口だけ食べて、ビールを自分と誠人のグラスに注ぎ足し、今度は一気にのどに流し込んだ。
そして”タグ”が記されたレポート用紙を手に取って、誠人に見せながら話を続けだした。
「このタグこそが俺がファームの連中と対等に渡り合える武器になってるんだ」
まだ午後8時だったが、誠人は今日は夜中まで先輩の話を聞きたい気持ちになっていた。