小説「最強のフリーコンサルタントへの道」 第7回:マーケティング
こうやって”勉強”するのはいつ以来だろう。
誠人は自分の行動に驚いていた。
自腹を切って自らマーケティング入門の本を買って、朝からずっと読んでいた。
入門レベルだけあって、昼飯を食う頃には2冊とも読み終えていた。
昼飯は買い置きしているインスタント袋麺で済ますことにする。
冷蔵庫を見るとベーコンがあったのでこれをフライパンで炙る。
麺を煮はじめて2分後に卵を入れて、更に一分間煮込む。
最後にベーコンを乗せて完成だ。
ラーメンを啜りながら、誠人は午前中に読んだ本の内容を頭の中で整理していた。
・マーケティングとは営業しなくても買ってもらえるようにすること
・「何を売るか」ではなく、「誰に売るか」から考えること
・消費者を理解することがマーケティング
確かに誠人が今までやってきたことと一致していた。
入社当初、既存の旅行商品をどう売ろうとばかり考えていたが、その時の課長に
「八木くん、今我々が保有している商品を売ることを考えるのではなく、誰に売るかを考えることを癖にしたほうがいいよ」
と、言われたことがあった。
その時の誠人の担当は”教育旅行”。
いわゆる修学旅行や遠足などの学校行事に伴う旅行を扱う担当だった。
『誰って言われても、学校に売るって決まっているからなぁ』
そう思ったので、単刀直入に課長に聞いてみた。
「課長、僕が旅行を売る先は学校に決まっています。しかも支店ごとにエリアが決まっているので、営業をかけられる学校も決まってしまっています。誰に売るも何ももう決まっている気がするんですが。。。」
「はは、それは考えが浅い。八木くんのお客さんは誰だ?誰のために旅行を売っている」
「そりゃあ、学校の生徒さんたちです。彼らにどれだけ楽しんでもらえるかを一生懸命考えて売っているつもりです」
「でも、八木くんが実際に生徒さんたちに旅行の営業を掛けるわけじゃないだろ?」
「あ」
「もう分かったよな」
「はい、僕は学校の先生に営業を掛けています」
「そう、意思決定者は先生なのだからまずは先生に売れることを考えてみるといい」
「でも、それでは生徒たちに本当に喜んでもらえる旅行を企画できないんじゃ」
「そんなことはない。先生方にとって最大の喜びは生徒たちが喜んでくれることさ。俺が八木くんくらいの時、ある中学校の先生はずっと持ち上がりで3年に一回修学旅行の対象の2年の担当になると聞いたことがあった」
「はぁ」
「そこで俺はその3年サイクルで先生たちがどこに修学旅行に行ったかをリストアップしてみた。そのリストをもとに今まで行ったことがないところを重点的に営業したんだが、結果はどうだったと思う?」
「意思決定者の先生たちが喜びそうなやりかたですね。バンバン売れたんじゃないですか?」
「いや、結果は散々だった。俺は消費者理解ができてなかった」
「それじゃ、行き先ではなく提案した内容に魅力がなかったんじゃ。。。あ、すいません、失礼なこと言って」
「はは、自分で言うのも何だがなかなか魅力的な内容だったと思うよ。少なくとも一般的な旅行商品として考えると、一度行ったことのある場所よりは数倍も魅力を感じられる内容だった自信はある」
「じゃあ、なぜ?」
「先生たちは、"鉄板”が欲しかったのさ」
「鉄板?」
「そう、生徒たちにとっては一生に一回の修学旅行だ。先生たちは『絶対に滑りたくない』という気持ちがとても強かった。なので、自分たちで経験したことのない未知の旅行商品より、自分たちが実際に体験した本当に良かった旅行商品を選びたいという気持ちが強かったんだ」
「なるほど」
「それに気付いた俺は各学校の先生たちに『今まで引率で行った修学旅行で一番良かったのは?』というアンケートを取ることにした」
「はい」
「その結果をもとに旅行商品を企画していったら今度は目に見えて売れるようになった」
それ以降、誠人はその課長から教わったことを知らずしらずのうちに実行するようになっていた。
マーケティングの本を読んで分かった主なことは2つ。
・確かに自分はマーケティングの考え方を実践していた
・ただ、あまり体系だって考えたことはなかった。
とても実りのある休日の午前中だった。