小説「最強のフリーコンサルタントへの道」 第9回:ノウハウ
「10年間に及ぶ営業経験を御社でも活かせると思います」
誠人は今回の依頼元であるコンサルティングファームの担当者とオンライン面談をしていた。
「そうですね。期待しています。でも、うちで活かしてもらうというより、実際のエンドクライアントであるA社で活かしてもらうことになるんですけどね」
「あ、はい。すいません。理解しています」
今回の案件は、商流で言うと、
エンドクライアントであるクラウド経理システムメーカーであるA社
⇒今話しているコンサルティングファーム
⇒エージェントであるみらいワークス
⇒誠人
ということになる。
2社にピンハネされているような気もするが、コンサルティングファームからはチームで4名派遣されるとのことで誠人もそのチームの一員としてコンサルティングファームの名刺を持って働くことになるらしい。
まぁフルリモートでの業務の予定なので名刺を使う機会があるかどうかは不明だが。
エージェントに仲介料を抜かれるのは、仕事を取ってくる営業マンを雇うことを考えたら全然納得できた。
「それでは、早速ですが明日以降でA社との面談を設定しますね」
「あ、はい。この後すぐ候補日時をメールしておきます」
どうやら依頼元であるコンサルティングファームとの面談だけで稼働決定ではないようだ。
「ほかに何か質問とかありますか?」
「そうですね。本職の会社の業務の隙間を縫っての対応になるので、会議とかが被ったときにどうするかが一番気になるんですが」
「先方は週二日の稼働日は基本的にフルコミットしてもらうつもりでいます。なので、稼働日にA社案件の会議が入れば優先して欲しいです。ただ今回の案件はうちもチームで入っていますので、そこらへんはうまく調整していきましょう」
何となく融通も聞いてくれそうだ。
「では候補日のメールお待ちしています」
「はい、すぐ送ります。ありがとうございました」
誠人はGoogle Meetsを閉じるとそのままGmailとGoogle Calendarを開いて、候補日をすぐにメールした。
翌日。
早速A社との面談が設定された。
想像以上に展開が早く、今一つ頭が追い付かない。
「八木さんの会社での経験をなるべく活かして頂いて、うちの営業改善に充てたいんですよ」
A社の担当者は40代半ばに見える明るい男で名前を高橋と言った。
「はい、私もできる限りお役に立てれば嬉しいです」
高橋との面談はほんの15分程度で終わった。どちらかと言えば顔合わせ的な意味合いだったのかもしれない。
一つ気になったのは、A社が求めているのは誠人という人材よりも、誠人が務める会社の営業ノウハウなのではないかということだ。
もちろん間接的にはそれを身に着けている誠人を求めているということになるだろうし、なんのノウハウもない人間を高い報酬を支払って雇うわけがない。
誠人が気になっているのは、それが会社への裏切り行為にならないかということだった。
その晩、誠人は今田に電話していた。
「今日、エンドクライアントと面談しました。捕らぬ狸の皮算用になったら恥ずかしいんですが、自分でも手応えはありました」
「おお、よかったじゃねぇか」
「それがなんかちょっと不安になってきて」
「業務が手に負えるかってことか?大丈夫。だってコンサルファームのチーム案件なんだろ。いきなり任せられるというより最初はきちんと一緒に行動できるから」
「いえ、その点は心配してないんですが」
「じゃあ何が不安なんだ?」
「どうも僕というよりウチの会社の営業手法なんかを欲しがっているようなんですよね。それがウチの会社的にいいのかなって」
「うん、もちろん会社の機密情報を漏らししたら重大な背任行為になるな」
「はい」
「でも競合でもないA社にそんな情報渡すわけないだろ」
「それはそうなんですが、どっちかと言えばノウハウ的な部分です」
「それは全く問題ない。いいか誠人。営業のノウハウというのは機密事項でもなければ特許でも何でもない。それはお前がこの10年間で自分で身に着けたものだ。確かに会社に教えてもらった部分は大きいだろうが、実際にそのノウハウを身に着けているのはお前なんだよ。大体そんなこと気にしてたら、もし転職する時もそれまでに培ったスキルやノウハウや経験をなにも活かせないということになっちゃうんじゃないか」
確かに今田の言う通りだった。
今田の話を聞いていると、やはりA社も誠人自身を欲しがっているような気がしてきた。
「すいません、いつも相談に乗ってもらってありがとうございます」
「また、いつでも電話でもLINEでもしてこいよ」
誠人は今田という相談相手がいて本当に良かったと思った。