凶鳥、朱に交わりて
「今日はこれで失礼します。ご協力どうも」
老刑事は不機嫌そうに告げ、部下を連れて引き上げていく。警官たちはドカドカと足音を立てて去り、事務所に残ったのは老刑事のタバコの煙と、脳裏にまで焼き付いた鋭い眼光。
捜査の手から逃れ遂せたのは幸運でしかなかった。予期せぬ来訪。そして令状。できたのは、祈ることだけ。
シドは窓を全開にした。風が煙の染みた熱気を冷ましていく。抑えてきた胸の高鳴りが、深い溜息となって吐き出された。
「悪運尽きねえな俺も」
シドは右手をソファの方に振り上げる。ドカッという音。一拍の後、突如ソファの上に黒のケースが現れた。右手にはまだその重さが残っている。現金一億。至福の重み。
あと一息だ。この闇の金をロンドンの仲間の下へ転送し、洗浄。そして俺も現地に赴き、豪遊。
シドはほくそ笑む。後は転送者を待つだけ。人生勝利待った無しだ。
「お晩どす」
ギョッとして声の方へと向くシド。その首筋に、冷たい刃の感触。
だが、声の主は?
「”超対”言うたら、分かります?」
シドは目を見開き、瞬時に言葉の意味を察する。令和におけるそれは、ある組織の略称だ。
警視庁超能力対策部。俄かに現れ始めた超能力者たちへの対策に設けられた新興部署。彼らは、異能の暗殺者たちを飼っているという。
ひゅん。空を裂く音。シドは顔を苦悶に歪ませ、首を押さえて蹲る。
「かはっ」
「うふ。堪忍な、これも仕事なんよ」
シドはやがて地面に倒れ伏し、その体は空気に溶けるようにして、消えた。
入れ替わるように現れたのは、まだ齢十六ほどの少女だ。黒い長髪、装いはカラフルな水玉模様の着物で、右手には血塗れの日本刀。人形のように美しい彼女を彩るのは、てらてらと光る赤黒の血飛沫。恍惚の笑みを浮かべる少女は刀の血を払い、夕焼けに染まる街の景色を窓から眺め、ほうと溜息をついた。
と、その時少女の目の前に突如手榴弾が!
「あら、無粋やわあ」
【続く】