リレーストーリー「どすこいスパイ大作戦#10」
第10話「ソラマチ」
黒豹丸からのLINEがようやく届いた。
相変わらずの“張り手”の暗号。
「誰?もしかして女子?」
土佐嵐が蒙古龍のスマホを覗き込む。
「いえ、違いますっすっす!」
焦った蒙古龍の口から何やら不自然な日本語が飛び出した。
「なにこれ?手がいっぱい」
「は、張り手っす!あ、あいさつ代わりみたいなもんっす」
「あ、そうなんだ」
「じ、自分、もう行くっす!失礼しますっす!」
「あっ、カーンちゃん!」
力士らしからぬ小走りで土佐嵐のもとを去ると、物影に隠れ、黒豹丸からのLINEを改めて見た。
“そらまち いっかい つりー がた すごい ぱん いっぱい”
そこには、張り手の暗号ながらも切羽詰まっていることを感じさせる、たどたどしい言葉が並んでいた。
「ソラマチ1階のパン屋さんにいるのか?」
ソラマチとは、東京スカイツリーに併設されている商業施設のことだ。
「そういえば、スカイツリー型のパンを売っていると聞いたことあるな……。“パンいっぱい”ってそんなにたくさんあったのか」
蒙古龍はソラマチ1階に到着すると、案内図でベーカリーを探した。
「あった」
ソラマチには複数のベーカリーがある。
が、1階には1店舗しかない。
商店街の入口にあるその店は、日本一有名と言っても過言ではない薬用の酒を造っている某企業がプロデュースしているベーカリーだ。
蒙古龍が店内を見渡す。
意に反し、黒豹丸の姿はない。
あれだけの巨漢が隠れられるスペースもない。
これは本当にいないのだろう。
それだけではない。
“すごい”“いっぱい”あるはずのスカイツリー型のパンがひとつも見当たらない。
「おかしいな。黒豹丸、階を間違えたのかな?」
東京スカイツリーは自分が今、何階にいるかを見失うことがある。
例えば、「展望デッキ」に上がるためには4階の入口フロアでチケットを購入し、エレベーターで「フロア350」まで上がる。
一方、帰りのルートはふたつ下の「フロア340」からエレベーターに乗り、5階の出口フロアに降りてくる。
空港の出発ロビーと到着ロビーの階が違うようなものだ。
そんなこともあり、蒙古龍は黒豹丸が自分が今いるフロアを間違えたのではないかと思った。
「カーンちゃん!」
再び聞き覚えのある声が。
「嵐関!」
「ちょっと探しちゃったよ。いきなり走り出すもんだから」
「あ、あの、ト、トイレに行きたくて」
「ここでパンでも買うの?ここのパン、美味しいよね」
「いえ、あの……」
“そらまち いっかい つりー がた すごい ぱん いっぱい”
そのとき、蒙古龍の頭にあの暗号が再び浮かんだ。
そして、あの単語の羅列の意味、さらには、“パン”が“すごい”“いっぱい”あることをわざわざ伝えた意味も理解できた気がした。
“そらまち いっかい つりー がた すごい ぱん いっぱい”
“そ”“い”“つ”“が”“す”“ぱ”“い”
蒙古龍に緊張が走る。
この暗号が指す“そいつ”とは、土佐嵐のことなのか?
思い返せば、土佐嵐と会話をしているときにこのLINEは届いた。
しかも、土佐嵐はわざわざ自分を探しに来た。
「嵐関はどうしてここに?」
自分が土佐嵐を怪しんでいることを感づかれないため、間を埋めるように口をついて出た質問。
しかし、あまりスマートな問いかけではないことは自分もわかっていた。
「どうしてって、そりゃスカイツリーが好きだからだよ」
「ああ、そうっすよね!」
焦りを悟られまいと、無理に笑顔をつくった。
そのとき、蒙古龍はもうひとつの重要なことに気づいた。
もしも、目の前にいる人物が本当にスパイならば、あのとき、張り手の暗号を覗き見られてしまったことを……。
(つづく)