救出作戦07
異世界ディベロッパーズ!
23:15 06/05/27
文字数約3500
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07
犬耳と尻尾を生やしたユーレイはガンコムを構え、メニューをオーバーライドに合わせてトリガーを引く。するとパネルモニターに、シーケンスのコードがつらつらと流れ始めた。
〔オーバーライド実行。セキュリティレベル低。セキュリティブリーチ実行……〕
そんな時だった。
ギュポルロン……と、粘土の高い液体の中で気泡が移動するような音を、ユーレイとワンちゃんは聞く……これは、鼓膜で拾った音ではない。
「うおッ!?」
いきなり目の前が真っ赤に染まった。
閃光だ。凄まじい閃光と謎の突風。
赤い光と身を刺す向かい風がユーレイを襲う。
「なんだっ、この空間……ここは、うっ!?」
気づけば、この場は先ほどまでの場所ではなかった。
カースドールの天辺に登っていたはずなのに足場は無く、突如として赤黒い空間にユーレイは浮いていたのだ。
なぜかヘルメットも消えている。
頭髪をなびかせる彼は素顔を晒していた。
突風に煽られて目を細め、たまらず片腕を前に出す。
そして腕の上下からユーレイは、赤い光の向こう側にいる、触手が絡まりうねる歪な球体を目視する……鬼神だ!
「ワンちゃん鬼神に感づかれた! どうする!?」
《ユーレイ怯むな! 光を放て!》
「光を!?」
《ブレイズを全開にするんだよ! お前はオニカヅチだろユーレイ、ウォーガが怖がる唯一の天敵なんだ! 力を見せつけてやれ!》
球体から赤黒い触手が数本、こちらに向かって急速に伸びる。
「うぐっ!?」
それはユーレイに巻き付いたのだが……。
《うわっ!》
巻き付いた触手はユーレイの胴体を透過し、憑依していたワンちゃんのみを拘束して引っ張り出した。
「ヤバイ!? ユーレイ!――」
引き剥がされたワンちゃんは、必死にユーレイへと両手を伸ばす。
「ユーレイ!!」
「くっそがッ!?」
いま手を伸ばせばまだ届く!
横から勢いよく腕を振りかざしたユーレイは、ガッチリとワンちゃんの小さな手を握りしめた。
しかし、凄い力で引っ張られる!
このまま力を籠め続ければ、ワンちゃんの手を握りつぶしてしまうかもしれない!
「おいテメェ鬼神よオ!」
必死の形相でユーレイは、うねり躍動する触手の固まりを凝視しながら叫んだ。
吹きすさぶ向かい風は底冷えする冷気を感じる。死の温度だ。何の準備もなしにこの風を浴びれば、死の恐怖に飲まれていただろう。
だが、今のユーレイにはそれは効かない。
彼の心には、小さな友人より与えられた影狼の牙があるのだから。
死ぬ前に殺す。
やられる前にやるのだ。
(やれるかどうかは……知ったこっちゃねえ!!)
牙を剥いたユーレイ。そのおでこにある白角から、青白いスパークが走った。彼の気概と呼応するかのように、ビヂリビヂリと回数が増してゆく。
「そのきたねぇ手を放しやがれ!!」
叫んだユーレイは、自分のブレイズを全方位に放出させた。やり方はなんとなく分かっていたし、実際に今こうやってできた。
赤黒い空間にユーレイの輝かしいブレイズが広がり、ワンちゃんを拘束する触手は先端からドロリと溶解して吹き飛んでゆく。
「俺の友達を返せ……ッ!」
「わぁ、ユーレイ……!」
解放されたワンちゃんを引き寄せると、ユーレイは両手で抱きしめた。小さな体は筋肉質だが部分的に柔らかく、生命の熱を感じた。若草の匂いがする……。
ビヂリッ、と鳴るスパーク音。
おでこの白角が帯電しているのを感じる。
(角がさっきから反応してる……なんだ、むず痒いこの感じ……分からんが、俺の体が息巻いているのか? ソワソワしてしょうがない、何でだ……今ならアイツを、やれる気がする……なら、やってやるさ!)
抱き着くワンちゃんの頭を押さえながら睨みを利かせるユーレイは、うねり躍動する触手の塊に片腕を向けた。
すると、その固まりから。地獄の底から轟くような悍ましい声が響いてくる……。
《 我 ハ 全 テ ノ 者 ニ 死 ヲ ――》
「うるせぇ死ぬのはテメェだアホが!!」
食い気味にユーレイが叫ぶ。最後まで喋らせるつもりもない。
伸ばした右手から太い青白の雷撃が飛び出した。
激しい閃光とやかましい雷鳴がとどろき、その電撃は触手の塊に直撃する。
それは光の速度、まさに一瞬だった。
直撃を受けた触手の塊は粉みじんに吹っ飛び、周囲の色は赤から白、そして黒へと変わってゆく……。
「んぬはーっ!? はっ、はっ、はっ……」
勢いよく顔を上げ、息を荒げたユーレイ。
見渡せば、ここはカースドールの上だ。ガンコムも片手に持ってる。シーケンスは進んでいるようだった。
表示されている内容はこうだ。
〔セキュリティブリーチ……成功。構造解析……完了。オーバーライドを実行中……残り時間、約六十秒……〕
《おいやったな! 助かったぜユーレイ! 死ぬかと思ったよ!》
ワンちゃんの声。
「い、今のは……いったい、何が起きたんだ?」
《今のは精神世界だ。『一体化』だよユーレイ》
「なんですって? 精神世界、『一体化』?」
《そうだよ。いま僕がお前とひとつになってる状態の、もっと高位の状態だ。鬼神は神様だから、無理やり僕達に繋がってこれるんだよ。でもお前がアイツをとっちめた》
「繋がり……その精神世界で、俺がやったのか……」
体が少し冷たい。ブレイズがごっそりと減っているのを感じる。
という事は、やはり先程の出来事は現実に起きた事らしい……。
《僕もびっくりだよ。さすがオニカヅチだな。あの世界でも自由に動けるなんてさ。もうカースドールから、音も気配もなくなったみたいだね。からっぽだよ》
「マジか? フゥー! なんだよ、意外に楽勝だったな! こんなん俺にかかりゃーちょちょいのちょいだぜぇ……しかし、ワンちゃん、あのぉ~……正直なところ。九割はアンタのおかげだ」
《きゅーわりってどれくらい?》
「えぇとまぁ、ほぼ全部だな……」
《えーそんなにぃ? でも僕、なんにもしてなかったけど》
「いや……この成果は確実にアンタのものだ。ワンちゃんの助言が無かったら……それに。さっき俺に教えてくれただろ? 死ぬ前に殺せってよ。ハッ、やってやったぜ。あのアホが」
《なるほどね? やっぱりお前、僕がいないと駄目だな?》
どうにもワンちゃんは、ユーレイに対してその台詞を言いたいらしい。
もしかしてワンちゃんは、単純に構って欲しいからそう言ってくるのだろうか?
それとも無知なユーレイに世話を焼きたいがため?
その理由が、いまいち掴めない。
(色々勘ぐってはいるけど……もしかしたら。理由なんて、ないのかもしれん)
ユーレイはワンちゃんとひとつになる事で、彼に関して分かったことがある。
ワンちゃんからは、自分の方が立場は上だと誇示するような態度は感じられない。もちろん子供っぽい強がりな主張、という側面は少なからずあるだろう。
だがそれを踏まえてもユーレイにとって、心に流れてくるダーク=ワンの竹を割ったような性格は清々しく、気持ちよさすら感じるほどだった。
現実世界の息苦しい人間関係が骨の髄まで沁みついているユーレイ。
勘ぐり合いと足の引っ張り合いの泥沼で、彼は今まで生きてきたのだ。
(これほどまでに……無垢な人を相手にしたことはない)
そしてユーレイはそう考えると……裏表のないこの幼い影狼の事を、なんとも可愛げのある奴だと思え始めてきた。
(……信じても、いいのかな)
この感覚の共有と理解もまた、コンポジットブレイズの成した成果だ……無垢なワンちゃんの心に触れたことで、ユーレイの心は、そっと。錆びついた重い扉を開いたのである。
実際、何度目かの台詞を聞いたユーレイからは、自然と笑みがこぼれたのだから。
「あぁそうだな? どうやら俺には、高潔なる影狼が。傍にいてくれないと駄目らしい」
《ホントかぁ? えへへへ~~》
胸の奥に、じんわりと嬉しい気持ちが込み上げてくる。
やはりこれもコンポジットブレイズから流れてきたもので、ユーレイが発した感情ではない。ワンちゃんはガチで喜んでいるようだ……きっと別々になっていたら、長い尻尾をぶん回していたに違いない。
こんなにも正直な人を足蹴にする事など出来ようものか……と、口角を上げつつも困り眉になったユーレイは強く思うのであった。
《あっ》
「あっ」
そんな時、ユーレイとワンちゃんは二人同時に気づく。
敵の気配だ。
ミニマップにもバッチリ表示されている。
それもそのはず。ユーレイは今、鬼神の意思を始末するためブレイズを全開にしたのである。いくら灰色のコンポジットブレイズといえど、その気配はごまかしようがなかった。
「ですよね。重要物をインタラクトすると、大体敵が出てくるもんよね……ワンちゃん、ワンちゃんちょっと」
《なんだぁ?》
「俺から離れて、連中の気を逸らしてきてくれ」
《えーっ!? どうすりゃいいのさ!?》
「適当に世間話でもすりゃいーんだよ! 今日はお日柄も良くっつって。元々ここに居たんだろアンタ!」
《そりゃそうだけど、すぐにバレちゃうよ! 殺した方が早くない?》
「殺すのは最終手段だっ、てか早く行けって! 俺はこっから動けねぇ、だからアンタがいねーと駄目なんだよ俺! 早く早く!」
《あれ、さっきのってそういう感じの奴?》
「早く早く早く!」
《分かったって! 早口で急かすなよまったくぅ~……》
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